Dream


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Episode1. 10



深夜に近い時間にようやく帰宅すると、玄関に男物の靴が揃えられていた。しかし家の中は真っ暗でどの部屋も電気が点いていない。名前は玄関の靴が誰ものであるか知っているので不審に思いつつリビングへ入る。

「降谷?いるんでしょ?」

呼び掛けても返答がない。
リビングから寝室へ移動すると、ベッドに寄りかかって座っている影があった。やはり部屋は真っ暗でその影が降谷であることを確認できたのはすぐ隣にかがみ込んでからだった。

「降谷、何かあった?」

返答はない。
名前はそのまま隣に腰を下す。
表情の見えない降谷の気配が過去のものに重なって胸の奥がざわついた。
問いかけておきながら答えを聞くのが怖くて口を噤んでしまえば時折遠くで鳴る車のクラクション以外はひたすらに静寂が流れた。
しかし無言の空間はそう長くはなかった。

「伊達が亡くなった」

小さく掠れた声だった。

「交通事故だそうだ」

伊達とは伊達航のことだろう。警察学校の同期で降谷とは同じ班の班長だったと聞いた。責任感が強く統率力もあり、次席という優秀な成績で今頃は捜査一課で活躍しているはずだと語っていた降谷を思い出す。

「もう1年も前らしい」

そこには大切な友人の死も知らなかったのかと自分を叱責する音が含まれていた。
今日は警視庁で先日の事件についての再聴取があったはずだ。
降谷は伊達に会いに行ったのだろうか。いや、会うつもりはなかったかもしれない。わかるのは、伊達と関わる何かを確認しようとした結果、伊達の死が判明したということだ。

「1番先に死ぬのは僕だと思ってた。なのに僕だけが生きてる」

肩が引き寄せられ降谷の頭の重みがかかる。
どうすることもできなくて自分の頭をそこにコツンとぶつけた。
降谷が警察学校時代の友人たちをどれほど大事に思っていたか。そして毎回どういう想いで送ってきたか。

「名前………。いや、何でもない」

飲み込んだ言葉は手に取るようにわかった。
降谷はきっと言えないだろう。だから名前は自分で言うことにした。

「私、梓ちゃんと他愛もない話をしたり、探偵団の子供たちの笑顔を見ていたりするとね、ただ平穏に暮らすのも悪くないなって思うことがあるの。だからたまに考えるんだ。ゼロを辞めて結婚して子供を産んで…それもいいかなって」
「……!」
「でもそれは全て解決してから。私は私たちの子供に同じ道を辿って欲しくない」

もう残されたくない降谷の気持ちを否定したりはしない。だが今ゼロを辞したところで本当の意味での望んだ平穏など訪れないことを名前はよく知っていた。

「とてもすごい告白を聞いた気がする」

フッと降谷が笑う気配がする。

「相手が誰かなんて一言も言ってないけど?」

白々しく首を傾げると降谷の顔から悲しみの色が僅かに薄くなる。

「ハギに松田に伊達に…ヒロ。失いすぎた」
「知ってる。ずっと隣にいた」
「それでもまだ失いたくない人がいるんだ」

名前の手がぎゅっと握られる。
降谷の手は名前のそれをすっぽり包み込んでしまうほど大きいのに、どうしてみんなこの手をすり抜けてしまうのだろうか。

「私はゼロに入ることを選んだから、安全な場所で待ってることはできない。戻ることも立ち止まることもしない」

温かい家で降谷がいつ帰ってきてもいいように待っていてあげることはできない。
降谷を献身的に支える内助の功を尽くすことができる女にはなれない。
ゼロでいる限り一般人よりも危険な目にあうことも多い。

「君がゼロを選んだように、僕は君を選んだ。待っている必要なんてない。君には僕の背中を預けているんだから、僕が進む限り一緒に進んでもらわないと困る」

きっと降谷は名前がいなくても自身の道を進んで行くだろう。
そして名前もまた降谷がいなくても自身の道を進んで行く。
そういう2人だ。
しかしそういう2人がお互いを必要だと思っている。
名前が目の奥からこみあげてくるものを必死で抑えていることはきっと気付かれているに違いない。

「ヒロの時と同じ轍を踏みたくなかったんだが…」

降谷が眉を下げて困ったように笑う。

「抱きたい」

名前は降谷の首に腕を回した。


□ □ □


「ハギが生きてたら名前はナンパされてたと思う」
「あー…そんな感じね。特に待田ケイの方」
「松田とはいい友達になれたかもしれない」
「確かに。降谷の愚痴を言い合えたわね」
「ヒロには僕と同じで心配ばかり掛けてそうだ。というか掛けてた」
「それは悪いことをしたわ…というか心配掛けることしたっけ?」
「僕たちのことを心配してたよ。半分以上は僕が悪いって言われたけど」

一度だけ言葉を交わしたあの時のことを思い浮かべる。彼はとても優しく親友の話をしていた。今の降谷のように。

「ヒロ以外にも会わせたかった」
「うん。会ってみたかった」

警察学校という短い期間で降谷の中に大きなものを残していった彼ら。
その分失った悲しみは大きい。しかし羨ましいという気持ちも少しある。
彼らは嘘偽りない降谷零を知っていてくれた。だからこそ降谷は安室透という皮をまとっても揺らぐことがないのだ。

「ねぇ降谷。伊達君のお墓参りに行ってきたら?」
「墓参り…?」
「伊達君、降谷のこと心配してたんでしょう?ちゃんと報告して来なさいよ」

多くの友人を亡くしている降谷があまり彼らの墓前に立っていないのは、忙しさからだけではないだろう。

「今度行ってくるよ」

そう言った降谷に暗い影はもうない。
そっと名前の手を取ると、手の甲に唇が落とされた。

「名前、忘れないでくれ。君がいれば僕は失うだけじゃないと思えるんだ」

名前はずっと欲しかったものがある。
降谷はそれを名前に与えると言った。
その約束をしたのはずいぶん前になってしまったけれど、決して忘れることなく2人を繋いでいる。



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