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Behind the Zero 02



サミット会場爆破に続いての、都内で起きた電化製品の暴発。人々が混乱を起こし収拾がつかなくなりそうなところで、これらがIoTテロであるのがわかった。突き止めたのは刑事部の目暮……に教えてきたコナンだそうだ。
IoTテロだとわかれば対処はできる。ネット接続を切断すればいい。だが全ての機器をネットから切り離すことはできないし、警察の発表で携帯のネット接続を切った人々もあと一時間もすれば再びネットへアクセスを始めるだろう。
応急処置ではない。このテロを起こした本当の犯人を捕まえなければならない。
指定された場所は人気(ひとけ)のない路地だった。車を端に寄せて停めて待つこと五分。コンコンとウィンドウを叩いたのは、ずぶ濡れになった降谷だった。

「傘を持ってなかったんだ」

助手席に乗り込むなりそう告げた彼にタオルを渡す。乱暴に髪を掻き回して後部座席に放るとニヤリと笑った。

「NAZUの件、さすがだな」
「直接調べたのは私じゃないわ」
「だが調べるように言ったのは君だろう? 的確な指示だ」

名前は全く嬉しくない誉め言葉に肩を竦めると、わかりやすく話を変える。

「本当に刑事部の手柄にして良かったの?」

ゼロはNorのシステムがNAZUにあるという情報を掴んだ。本来であれば公安部から捜査会議で報告するのが筋だ。
だが降谷はサイバー犯罪対策課に情報を流すように言ってきた。

「公安部は仲間を失った上に、テロを防げなかったバッシングを受けてる。自分たちが捜査を進展させたいと思っているはずよ」
「しかし僕たちは刑事部を巻き込んで利用した。サミット会場爆破を事件のまま捜査できているのは彼らのおかげだよ。それにあの人には報告してくれたんだろう?」

裏の管理官にはNAZUの件がゼロからの情報であることは報告済だ。

「何か言ってたか?」
「『そういうことなら心置きなく利用させてもらう』ですって」
「相変わらず苗字には軽口を言うんだな」

そこにいるだけで威圧感を与える裏の理事官は、ゼロのメンバーでさえ若干恐々(こわごわ)と接している節がある。だが元警備局長のような強面の大男を幼い頃から見ていた名前は他の者ほどの恐れはない。理事官もわかっていて名前に対しては軽口を叩く。

「毛利小五郎の不起訴は……」
「もう手回し済みよ。今回のIoTテロでもNorが使用されていた。サミット会場爆破とIoTテロは同一犯の可能性が高い。しかも今回テロで彼のパソコンに不正アクセスがあった。足のつかないスマートフォンから公共のWiFiを使ってのアクセス。その時間彼は拘置所にいたからアクセスポイントにはいられない。だから彼はシロ、という筋書き」

IoTテロとサミット会場爆破の関連性が認められた以上、後者も事故ではなく事件だ。事件として捜査をさせるために存在していた被疑者・毛利小五郎はもうお役御免となる。これ以上無罪の彼を拘束する理由もない。
彼は不起訴となり釈放される。

「サミット会場の指紋はどうした?」
「焼き付いた指紋の転写。彼に容疑をかけるための偽装工作」
「僕が検事なら納得できないな」
「日下部検事もそうでしょうね」

逮捕も釈放もかなり強引だ。特に公正を重んじる日下部は公安警察のやり方を快く思っていない。彼の上に統括検事として岩井検事が存在していなければここまでスムーズに進んではいないだろう。

「降谷。2291番は本当に公安のシナリオ通りに動いてる?」
「……なぜ?」
「彼女と羽場二三一はただの所長と事務員ではなかった。彼女からすれば、公安警察は彼を助けなかっただけでなく尋問の後にみすみす自殺させてしまった」
「だから公安を恨んでいる?」
「平たく言えば」
「彼女から協力者を辞めたいという申し出はない」
「それはそうよ。彼女としては公安との繋がりは切りたくないでしょう」

公安と繋がっていればいつか彼の自殺の真相がわかるかもしれないと一縷の望みを抱いているか、もしくは……。

「君に隠しても仕方ないから言うが、今回の件で彼女からは毛利小五郎が起訴されればいいという言動が見受けられた」
「風見さんは……」
「わかっていないだろうな。結果的に毛利小五郎は不起訴まで辿り着いたし、彼女の発言はコナン君の盗聴アプリ経由で聞いたから風見は知らない」

明らかに強引な操作で公安が逮捕したはずの毛利小五郎を不起訴にしろという依頼。毛利小五郎は有名人だ。仮に彼が冤罪で、起訴された後に真犯人が捕まることがあれば大ニュースになる。サミット会場爆破もあわせて公安警察への非難は大きく膨れ上がる。
彼女が公安警察を裏切るには絶好のタイミングだ。

「羽場は窃盗事件で逮捕された。公安検事の協力者であったと知らなくても、彼女を裏切ったのは明白だ」
「彼女だって頭ではわかってるわ。でも心が冷静でいられないのよ」
「……これは誘われてるのかな?」

座席シートから背中を離した降谷が、こちらを覗き込む。青い瞳に自分の顔が映っている。
金の前髪が名前の額を濡らした。目を伏せると今度は唇に熱が降ってきた。両頬を包む大きな手がひんやりとしているのは、名前の頬が火照っているからかもしれない。
狭い車内にピチャピチャという唾液が絡み合う音と息遣いが充満していく。

「降谷……! ストップ!」

降谷が座席横のレバーに手を掛けたのを慌てて止める。

「これ以上は駄目!」
「……わかってるよ」

頭の中でこの先へ進むための言い訳をこねくり回した結果、どれも名前を納得させられないと諦めたのだろう。降谷は小さく溜め息をついて覆い被さっていた身体を起こした。

「言われた通り愛車は届けたから私は捜査に戻るわよ」

名前が運転席のドアを開けたので、降谷も同じように外へ出て来る。

「助かったよ。やっぱり足がないと不便でね。……おっと」

降谷の神経が左耳に集中しているのがわかった。

「どうやら何か閃いたらしい」

言いながら運転席のドアを閉じた。
誰が何を閃いたのか。そんな愚問はしない。

「任せたわよ」

ウィンドウに手を添える。

「ああ。必ず捕まえる」

ガラス越しの拳がコツンと音を立てた。


□ □ □
 

降谷と別れた名前が警察庁へ戻ろうとした時、また周囲がざわめき出した。
数台の車が玉突き衝突をしている。その車内からは煙が上がっていた。

「IoTテロ! またなの!?」

犯人の目的が掴めない。
サミットを潰したいのであればなぜ事前に会場を爆破したのか。犯人は間違えたのだろうか。だからIoTテロを起こしているのか。

(違う。サミットが標的ならもっと違う場所を狙えばいい)

空港やターミナル。もっと被害が大きくなる場所はたくさんある。それにもかかわらず一般の家電という小規模なものしか狙われていない。

(全て犯人の思惑通りだとしたら……?)

 サミット会場を事前に爆破したのは計画通りだった。だとすれば出た被害こそ犯人の目的だったのではないか。あの爆破の被害は――。
 その時、ポケットの携帯が震えた。警視庁にいる部下からだった。急いで通話に切り替えて話を促す。

『NAZUから無人探査機への不正アクセスが報告されました』

このタイミングでの不正アクセス。一連の犯人と同一人物だ。
今日戻ってくると話題になっていた無人探査機『はくちょう』。これが犯人の目的だったのだろうかと思い、即座に否定する。それならIoTテロはいらない。最初から無人探査機だけを狙えばいい。Norの件でNAZUの警戒を強める必要はなかった。

「不正アクセスの影響は?」
『カプセルの切り離しができなくなっていることと、カプセルの落下地点が計画と違う場所になっています』
「予定では太平洋上だったはずね。どこになっているの?」
『警視庁です』
「……っ! 軌道修正は?」
『探査機へ送るコードが書き換えられていました。犯人によるものでしょう』
「不正アクセスで探査機の軌道を変え、修正させないためにコードも書き換えた」
『はい。今警視庁周辺の避難誘導を行っています。ですが……』

部下が言い淀むのは理解できる。石か人工物かの違いで、カプセルの落下は隕石の落下と同義だ。

「まずは人命優先よ。コード解析はNAZUに任せて、私たちは自国を守りましょう」
『はい!』

通話を切った携帯を握りしめる。
やはり、だ。犯人の目的は警察。サミット開催前の会場爆破は犯人の意図したものだった。
名前の手の中で再び携帯が震える。

『状況は?』

前置きはない。名前が何か言う前に降谷が短く尋ねる。

「今聞いたわ。犯人の目的は警察ね」
『ああ。犯人の目的は我々公安への復讐だ』
「復讐? 誰の?」
『羽場二三一』

その一言で頭の中で全てのピースが嵌っていった。答え合わせをするように降谷が一連の事件についての推理を淡々と話し始めた。日下部検事が犯人であり、動機は自身の協力者であった羽場を自殺に追い込んだ公安警察への復讐。そして、彼からNAZUへのアクセスコードを聞き出すための作戦も。

『苗字。協力してくれ』
「羽場二三一は死んだのよ」

自分でも驚く程冷たく低い声が出た。名前の部下であれば間違いなく竦み上がる。それくらい強い怒気を孕んでいた。だが降谷は全てを承知で臨んでいる。

「今すぐ彼が必要なんだ」
「……」
「頼む」
「……」
「苗字」

ギュッと瞼を閉じる。
ゼロとして最善の方法を選ぶべきだ。それが道理に背いていても。名前自身が許し難いことだとしても。

「阿笠博士の自宅は米花町二丁目だったわね。十五分で向かうわ」

降谷の返答を待たずに電話を切る。そして今度は通話履歴の上から三番目を選んで呼び出す。コール音がやけに遅く聞こえる気がした。


□ □ □


タクシーに乗りながら名前は一年前のことを思い出す。
NAZUへの不正アクセスが発覚しその犯人が逮捕される事件があった。その裏側では公安の思惑が目まぐるしく動き、名前も各所の調整に追われていた。
四月が終わろうとしている夜だった。隣の席で電話をしていた降谷が終えるなり大きなため息をついた。そしてやはり前置きもなく尋ねてきた。

「羽場二三一を覚えているか」
「覚えてるわ。2291番に監視をさせている元司法修習生」
「彼を逮捕した。窃盗でね」

羽場はあるゲーム会社に侵入してデータを盗み出そうとしたところを逮捕された。そこはNAZU不正アクセス事件の被疑者が出入りしていた会社だった。

「2291番は彼にそんな調査を頼んでいないと言っている。羽場はNAZU不正アクセス事件に思うところがあり、自分で勝手に行動したと供述している」
「矛盾はないようだけど。他に何かあるの?」
「今日、岩井検事から連絡が入った。『羽場二三一は日下部誠の協力者であった』とね」
「公安検事の協力者!?」

寝耳に水だ。検察に協力者がいるはずがない。

「僕も知らなかった。だが日下部検事の協力者であれば彼の行動の説明がつく。日下部は何度か羽場の面会にも足を運んでいるし、まず間違いはないだろう」

羽場を協力者にしたのが日下部であれば面会に行くのは口止めのためか。だが羽場は協力者のことを供述していないのだから、そう何度も口止めを重ねる必要はない。

「日下部検事は自分の協力者だと証言させるつもり?」
「これまでの彼の言動からすれば可能性は高い。羽場一人が罪を被り、自分だけが逃れるのをきっと彼は許さない」

協力者の罪は自身の罪。それだけを取ってみれば真っ直ぐで高尚な精神に見える。だが、名前はそう思わない。

「甘いわね」
「ああ。甘い。羽場を切り捨てる覚悟もない。救うための手立てもない。協力者を得るという意味をわかっていない」

名前たちは公安警察だ。持っている力はこの国の安寧のためだけに使われる。決して自分自身の正義のためであってはならない。協力者の存在もまた然りだ。

「羽場をどうするの? 彼の気が変わって口を割るかもしれないのに公判に立たせるわけにもいかないでしょう」
「もちろんできない。できないから、君に頼みたい」

ようやく降谷が羽場の話をしてきた理由を把握した。

「……わかったわ」
「君にこんなことを頼むなんて最低だと思ってる」

悔しそうに歪んだ顔に笑って首を横に振る。

「私はゼロよ。ゼロになるのは私が選んだ道。だからいいのよ」

そうだ。全て受け入れる覚悟でこの道を選んだ。どれだけ道理に外れていて、恨まれることだとしても選んだ道は放棄してはいけない。
待ち合わせをした場所にタクシーが停車する。
そこに佇む人影。シルエットから男だとわかる。運転手に後部座席のドアを開けるよう伝えると、腰を曲げて顔を覗かせた。

「苗字さん。どうしたんですか。急ぎの用件って仰ってましたけど」

困惑した顔をしたのは、三日前に定食屋でサミット会場爆破の初報を共に見た名前の協力者。かつて羽場二三一と呼ばれていた男だった。



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