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Behind the Zero 01



公安警察の仕事の一つに協力者からの情報収集がある。もちろん苗字名前にも協力者はいる。
会う場所は様々だがその日は定食屋で落ち合った。祝日にもかかわらず客の半分はスーツ姿だ。協力者の男も名前が指定した通りビジネススーツに身を包んでいる。昼食時の店内は会話を楽しむ人の声や、大型無人探査機『はくちょう』のニュースを流すテレビの音が入り混じり、名前たちの会話を気に留める者はいない。

「最近はどう?」
「おかげさまで落ち着いています。どうぞ。これが頼まれていた資料です」

受け取ったUSBを鞄から取り出したノートパソコンに差し込み、表示された大量の文字に目を走らせる。名前が欲しいと思っていた情報が過不足なく盛り込まれている。

「大したものね。短期間でこれだけの情報を集めるなんて」

その時だった。店内に置かれていたテレビが臨時ニュースに切り替わる。真新しい近代的なフォルムのビルから響く爆音と巻き上がる黒煙。

「エッジ・オブ・オーシャン……。確かサミットが予定されていた場所ですよね」

協力者の男は食い入るようにニュースの画面を見つめていた。
来月オープンする大型施設の会議場で予定されている国際サミット。もちろん公安の名前が知らないはずはない。

「報告ありがとう。次の依頼の話をしていいかしら」

問い掛けを無視しても協力者の男は気を悪くする様子はない。良く弁(わきま)えている彼は頷くと名前の話に耳を傾けた。もうエッジ・オブ・オーシャンのニュースは聞こえていないだろう。
淡々と話を進める名前の様子も平静そのものだ。だが身体(からだ)は凍っていくようだった。サミットまであと数日。今日は警備点検が行われているはずだ。そしてその担当は降谷だ。彼なら大丈夫。だが万が一……と過(よぎ)る不安。協力者との定期報告を終えた名前は足早に車に乗り込むと携帯を鳴らした。
 

□ □ □

 
「被害状況は?」

扉を開けた名前が口を開くより先だった。沈痛な面持ちで低く呟いた降谷の頭には包帯が巻かれている。周囲にはやはり怪我を負った公安警察官が手当を受けている。
警察病院の一室には降谷をはじめとした公安警察官が集められていた。風見の姿も見える。ここにいる者たちは精密検査を必要としない軽傷者ばかりだ。だが今回の爆発はそれだけの被害には収まらなかった。

「死亡者が出たわ」

確認された二名の名前を告げればギリギリと降谷の奥歯が唸った。
協力者と別れた名前からの電話を三コール目で取った降谷は開口一番「調べてほしい」と言った。怪我はあるのか。動けるのか。聞きたかった言葉を名前は全て飲み込み、現場と搬送先の警察病院双方に連絡を取り被害状況をまとめあげた。
名前の報告に部屋にいる者全員が集中している。

「また一歩遅れた」

そこには後悔よりも自責の念が強く滲んでいた。周りの屈強な部下たちも拳を握り締めている。

「どんな手段を使っても捕まえるぞ」
「それは最後でしょう? 選べるなら選ぶのが手段よ」

名前を振り返った瞳は冷静さを保ちながらも燃えていた。赤より黄、黄より白、白より青。青い炎は何よりも熱い。

「そうだな。選ぶことにしよう。この事件を解決に導く最善の道を」
 

□ □ □

 
警備企画課の自席で電話を置いた名前は大きく息を吐いた。綺麗な仕事だけでないのはわかっているし、その一つ一つに心揺らぐほど経験が少ないわけでもない。それでもあの純粋な笑顔が涙に濡れることに無関心にはなれなかった。

「どうした? 問題があったか?」

浮かない表情だったのだろう。正面の席から先輩が声を掛けてきた。

「いいえ。岩井統括検事は了承しました。毛利小五郎は送検されます」

サミット会場の爆発。警視庁の刑事部は事故で処理するつもりのようだが、あそこのガス栓はネット経由で操作できるものだ。点検前だったので不具合があった可能性は十分にある。だがもし事故でないとしたら……。
降谷が警視庁公安部に出した指示は『毛利小五郎の逮捕』だった。
事故から事件に捜査を誘導する。証拠もでっち上げた。もちろん毛利小五郎は否認するだろう。だが風見たち公安部は必ず彼を連れて来る。だから名前はそこから彼を検察へ移す手筈を整えた。

「担当検事は?」
「日下部検事です」
「日下部かぁ……。真面目過ぎるんだよな。公安検事には向いていない」

日下部が優秀な公安検事であるのは間違いない。だが彼は公安警察の言いなりになることを受け入れきれないのだろう。だからこそ一年前のあの事件は起きた。
検事としての自負ゆえに道を誤った日下部と、強者に阿(おもね)ることで地位を得た岩井。皮肉なものだ。
そして今回も公安的配慮が大きく働く事件だ。岩井統括を通して毛利小五郎を送検、そして起訴の根回しをすることになるだろう。

「しかしどうして毛利小五郎だったんだ? 冤罪だとしても他に適当な奴がいただろう」

先輩の指摘はもっともだ。名前も最初は突飛すぎると反対した。だが病室で降谷は白い包帯が巻かれた頭を横に振った。

「事件性があると確定すれば無罪放免ですから。下手に余罪がある人間よりも完全潔白である方がやり易い、と降谷は言っていました」

毛利小五郎は元警察官で指紋データもある。彼の一番弟子である安室透ならば後日のフォローもしやすい。名前はそう説明をした。先輩がどこまで納得していたかはわからない。しかし担当の降谷が判断しバディの名前が容認しているのなら口を挟む必要はない。それがゼロのやり方だった。

「噂をすれば降谷からです」

名前の携帯が着信を告げる。

『怒らせてしまったよ』

通話に切り替わった瞬間に届いた声は諦めの色の中に僅かな疲れが混ざっていた。
一日入院を勧められたのを拒否したばかりか、その足でポアロに向かったことにもはや小言も出ない。

「当然でしょう。私だってちょっと怒ってるもの」
『それは蘭さんを泣かせたことかい? それともコナン君を巻き込んだことかい?』
「両方に決まってるでしょう」

名前は降谷が『毛利小五郎を逮捕する』と言った時から、彼の本当の目的がコナンであることを理解していた。

『風見に例のアプリも入れさせた。苗字も確認するか?』
「結構よ。覗き見は趣味じゃないの」

公安仕様の盗聴アプリ。コナンにこのアプリを入れたのは、彼の捜査の進捗を確認するためであり、その途中で危険に巻き込まれそうになった場合には助けに行けるようにするためだ。

「当然、毛利さんには公安の息のかかった弁護士をつけるのよね」
「風見から2291をつけると聞いている」

風見の協力者2291番。弁護士の橘鏡子。
昨年までは弁護士事務所を持っていたが、現在は畳んでいる。そのきっかけになったのが、彼女の事務員として働いていた男の逮捕だ。
元々は公安がマークする要注意人物だった。自身の正義に固執していたため司法修習生を罷免され、納得がいかなかった男は所長に詰め寄った。風見の協力者である橘鏡子の事務所で働かせることは監視の役割を果たしていたのだ。
しかしうまくいかないもので、監視対象だった男と橘鏡子は恋仲になった。それだけではなく、男は日下部検事の協力者になっていた。男はある窃盗事件で逮捕され、公安警察の取り調べの直後に自殺した……ことになっている。
男が公安検事の協力者であったことを彼女は知らない。だから取り調べが公安警察によって行われた本当の意味もまた知る由もない。男が死んだという事実と、そのきっかけを作ったのが取り調べをした公安警察だったのではないかという疑念だけが残ったはずだ。
彼女は自分が協力者であることに今も納得しているのだろうか。


□ □ □


「ええ。ありがとう。急に依頼を変更したのに助かるわ。そのまま調べを続けて」

報告の電話を切った名前が空を仰ぐと灰色が全てを覆っていた。この分では一時間もしないうちに雨が降りそうだ。
なかなか光の見えない捜査。気分転換をと思い外へ出て来たというのに、ここにも光は差さないらしい。
警察庁に戻ろうとした名前は公園のベンチで項垂(うなだ)れている男を発見した。

「風見さん?」
「……苗字さん」
「どうしたんですか? また降谷ですか?」
「実は……」

風見は言いにくそうにしつつも口を開く。
捜査会議の途中で降谷に呼び出されて来てみれば、自分が盗聴器を付けられていると言う。降谷が風見の袖口で見つけたそれを仕掛けたのは小学生の子供だった……という説明をされ、名前は苦笑するしかない。

「いつ付けられたのか身に覚えは?」
風見が静かに首を横に振る。

「前回コナン君と会ったのはいつですか?」
「それは覚えています。毛利小五郎が送検された日です。警視庁で降谷さんに報告事項を伝えた後に、押収したパソコンを返してほしいとしがみつかれて……あ!」

押収品を返してほしいなどコナンが言うはずもない。盗聴器を付けられたのは間違いなくその時だ。きっと捜査状況を知るためだろう。公安としてはその他に知られてはいけない情報が山ほどあるのだが。

「そこから今日までの風見さんの行動を聞いてもいいですか?」

厳しい表情をした名前に気圧(けお)されながらも風見は順を追って答えた。

(やっぱり2291番にも会っていた)

しかも裁判所で直接だ。毛利小五郎の弁護のための公判前整理手続であれば妃や蘭がいただろう。もしかするとコナンもいて音を拾っていた可能性がある。
毛利小五郎の裁判において対立するはずの風見と橘鏡子が一緒にいるのは不自然だ。

(さぁ。手元にピースが集まっているわよ。コナン君、あなたはどう組み合わせる?)

父親の逮捕で悲しむ蘭を助けるため、この瞬間も奔走してるだろう小さな探偵を想う。
再び見上げた空からはポツポツと雨粒がこぼれてきた。



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