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Valentine's Day



いつもなら車移動なのだが寝不足なのもあり、電車通勤にしたその日の帰りだった。ぼんやりと車内の中吊り広告を眺めていると『バレンタイン』の文字を見つけた。腕時計で今日の日付を確認すると2月13日。
13日なのは知っていた。しかし明日が2月14日だという認識はなかった。

「マズイ」

慌てて次の駅で降りて駅ビルへ向かった。ここには大きな催事場があったはずだ。
名前は確認もせずにエレベーターに乗り、ある階で続々と降りて行く女性客の後を追った。


□ □ □


玄関を開けた名前を出迎えたのはリビングでビールを飲む降谷だった。すでに風呂を済ませているらしく名前の部屋に置いてある部屋着姿だ。来る連絡はなかったはずだが、そこに言及するのはやめた。
両手に持っていた紙袋をテーブルに置くと、名前も同じように冷蔵庫からビールを取り出してプルタップを開ける。生憎グラスに注ぐ几帳面さを発揮する気にはなれない。

「随分買い込んだんだな」

降谷が苦笑する目線の先はテーブルに置かれた複数の紙袋たちだ。どれもチョコレートで有名なメーカーであるし、この時期だ。目的がバレンタインであることは明白だが、それにしても多い。

「それは潜入先の会社分。上司とその他の社員の皆さんと、当日来社予定のお客様用」

降谷の目の前にある大きめの黒い紙袋だ。

「こっちは公安用。警視庁にいる部下たちの分もある」
「なるほど」

名前が掲げた紙袋の中には大箱のチョコが幾つか入っている。

「これが毛利探偵事務所と探偵団の子供たちの分で、こっちはポアロ用。有名なクッキーの詰め合わせ。明日ポアロに出勤でしょ?安室君、持って行ってね」

突き出した3つの紙袋を受け取った降谷が「了解」と笑った。

「義理チョコだけでこんなにあるのは大変だな」
「これで人間関係が円滑に進むなら安い出費よ」

バレンタインが面倒だと思う人間が多いのは理解できる。しかし名前にとってはありがたいイベントだ。待田ケイが微笑んでチョコを渡せば相手の男はまんざらでもない。それを利用して目的の人間に近付いたことは一度や二度ではない。
一方で職場への大箱のチョコはあくまでお世話になっている感謝の意味合いと、女性が少ない部署でもあるので景気づけも兼ねている。これをしないと先輩たちは拗ねるので毎年恒例になっていた。ちなみに先輩たちはお返しに缶コーヒーを奢ってくれる。
毛利探偵事務所や探偵団の子供たち、ポアロはどちらかと言えば名前個人の義理チョコに近い。

「それで、僕の分は?」
「降谷は公安分から、安室君はポアロ分から食べてください」

露骨に嫌な顔をした降谷はポーカーフェイスなど脱ぎ捨ててしまったようだ。部下たちにはとてもじゃないが見せられない。ついつい可笑しくて揶揄ってしまう。

「今年は2ヶ所で食べられるわよ?」
「数の問題じゃない」
「自分が貰える立場だと?」
「バディだろ」
「義理チョコで充分じゃない」

子供のようにむくれてビールを煽るというチグハグな姿に耐えられず、名前は声を上げて笑い始める。
腹いせなのか、降谷は名前の手にある缶ビールを取り上げて残りを飲み干した。

「チョコ欲しいの?」
「欲しいか欲しくないかで言えばすごく欲しい」

ビールをゴミ箱へ放り投げた降谷の手はそのまま名前の腕を掴む。引っ張られて背中が壁に張り付けられると鼻と鼻が触れそうな距離に青い瞳。酔っていないだろうその目は据わっている。

「ポアロでたくさん貰えるでしょ」
「客から貰うわけないだろ。第一そんなの怖くて食べられない」
「安室君ならチョコ作って渡してくれそうなのに」
「残念だな。降谷零はもらいたいんだ」

降谷の手が名前の頬に添えられた。
そっと唇が重なる。1回、2回、3回、角度を変えるたびに深くなっていく。

「ただし苗字名前からしか欲しくない」

名前が首に腕を回したところで体が浮く感覚がした。どうやらこのままベッドへ連れて行かれるらしい。シャワーくらい浴びたいが、そうはさせてもらえないだろう。

「チョコが貰えないなら名前を貰う」
「じゃあチョコはいらないわね」
「……やっぱりくれないのか?」

降谷が忘れるわけはないだろうが、名前はRX-7のスペアキーを持っている。降谷の代理で修理に出した後にそのまま持っていていいと言われていた。
そして名前は帰宅途中、近くの駐車場に降谷の愛車が停められていたのを見つけている。

「今日はまだ13日よ」

名前が降谷の耳元で囁く。ここまでは予定通りだ。
しかし翌朝部屋を出た降谷が見覚えのあるチョコを片手に引き返して来て、名前をもう一度抱いていったのは予定外だった。



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