花火大会の夜に
※ゼロの日常2巻(TIME.2)ネタです。
※未読の方にざっくりあらすじ⇒キャメルがジョディとの合流時間までにたまたま入った店はなんと安室がいるポアロだった!コーヒーもハムサンドも美味しいが安室の態度は喧嘩腰。追い出されるように店を出たキャメルはある事実を知る…詳しいオチはコミックス2巻で確かめてね!「接客態度がなってないんじゃないの?安室君?」
カランと鈴が鳴って扉から入って来たのは待田ケイの姿をした苗字だった。
「誰かと思ったら君だったのか」
外からの視線は感じていたが害はなさそうなので気にしていなかった。そもそもポアロにいる時は店内・店外問わず誰かに見られていることが多い。
「キャメル捜査官でしょ?さっきの」
「ああ。ここが僕の働いている店だと気付かず入ったみたいだ」
「爽やか笑顔が売りの安室君にしては邪険に接客してたけど…。それにキャメル捜査官、やけに慌てて出て行ったけど」
「気付いたか。間に合うと良いけどな」
苗字が見た様子では花火大会の影響でこの付近に交通規制が敷かれることがわかったのだろう。コーヒーのカップを差し出して苗字の言う『邪険な接客』の理由を説明する。
「普通に教えればいいのに」
「FBIにそこまでしてやる義理はない」
「喫茶店のウエイターならその親切はあってもいいと思うけど」
カップを受け取りながら苦く笑う苗字の言葉は敢えて無視した。
「珍しく早いな」
「この頃残業続きだったから今日は上がらせてもらったのよ」
「良かったじゃないか。まぁこの後何の用事もなく家に帰れればの話だけど」
眉を顰めているのはコーヒーが苦いからではないだろう。
安室は入り口に向かって歩き出し、表に下がった『OPEN』の札を裏返した。
「今日は花火大会でポアロの閉店も早いんだ」
エプロンを外してカウンターへ置く。
「乗ってくだろ?行き先が本庁なのは残念だけど」
隣の席に腰かけて顔を覗き込む。顔に垂れた髪を耳に掛けてやると、擽ったそうに笑う。
「安室君もせっかく早上がりなのに大変ね」
「全くだな。でもその前に……」
チュッと軽く啄むキスを落とす。
「花火が見えるレストランで一緒に食事はどうかな」
ニッコリと微笑んでみせるが「今日はどこも予約でいっぱいで無理でしょ」とムードがないことを言ってくる。
苗字は知らない。
この半月潜入先の仕事が残業続きで彼女の本庁での仕事が溜まってしまっていること。花火大会の混雑の煽りをもろに受ける立地である潜入先の会社を、今日にあわせて早上がりを申請するだろうこと。その後は本庁へ行き仕事をする予定だろうこと。そして降谷がそれらを予想して意図的にポアロのシフトを入れたこと。
苗字が知るはずもないのだ。
すでにレストランの予約をしていることも。実はキャンセル待ちをしてようやく予約できたことも。
苗字は知らない降谷の秘密だ。
「いったん家に寄るか?そのまま本庁には行けないだろ?」
降谷が苗字の全身を指差した。待田ケイの見た目で苗字が庁舎へ入ったことは一度もない。徹底しているので本庁で待田ケイの姿を見たことのある人間は殆どいないはずだ。
すると苗字が得意げに持っていたバッグを掲げた。
「何のためにこんな大きなバッグ持ってると思ってるの?」
「一式入ってるのか?」
「服以外はね」
改めて見ると今日の服装は待田ケイらしくもあり苗字名前も来ていそうな中間の系統だ。このまま本庁に行っても違和感がない。そして庁舎に入ってしまえばロッカーに着替えのスーツは用意してあるのだろう。本当に抜け目ない。
「でも……やっぱり一回帰ろうかな」
「それはいいけど。そこまで準備してたのに急にどうしたんだ?」
不思議に思って尋ねると苗字の目が泳ぎだす。理由を言わない苗字をじっと見つめることで追い詰める。
「せっかく出掛けるならちゃんとお洒落したいなって……」
小さな声だった。俯いてしまった苗字の顎を持ち上げる。視線が交差すればそっと目が伏せれた。ゆっくりと顔を近づけていき、鼻が触れそうな位置でふと止まる。
「不意打ちで煽るな。襲いたくなる」
反論しようと開いた口は塞いだ。舌で口内をなぞればそれに応えて舌を差し出してくるので更に口づけは深くなる。10分後に2人が裏口から出て来るまで静かなポアロに唾液が絡み合う音が響いていた。