Dream


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庁舎内で見せつける2人(過去編番外/2人がくっついた後)



「おはようございます」
「おう。……珍しいな」

先輩が珍しいと口にしたのは降谷が朝から警備企画課へ顔を出したからではない。すました顔をした男の斜め後方に、憮然とした表情で彼のバディが立っていたからだ。

「今日は二人揃って登庁か」
「……グウゼンソコデアイマシタ」

名前のあからさまな棒読みに降谷以外の面々が苦笑する。
この二人が朝から一緒にいるということは、つまりはそういうことだ。
付き合っていないと公言している降谷と名前がただの同僚の関係に収まっていないことは、この部屋にいる誰もが知るところだ。だから『タイミングをずらして登庁しようとした名前を、降谷が強引に引っ張ってきた』だろうこともこの部屋の人間には容易に察することができた。

「スッキリした顔してるな、降谷」
「こっちは徹夜明けだって言うのにな」
「あはは。それにコメントすると怒られるので黙秘します」
「爽やかな顔して喧嘩売るなよ」

機嫌がいい降谷を横目に名前は自席でパソコンを立ち上げる。さっさと仕事に没頭してしまいたかった。これ以上触れないでほしい空気を大量に出している名前に、先輩たちが顔を見合わせて苦笑した。

「苗字。例のデータ揃ってるか?」
「はい。ちょっと待ってください」

名前は予めデータを保存していたUSBを鞄から取り出し、先輩のデスクまで渡しに行く。

「どうぞ」
「ああ。助かる」

USBを受け取った瞬間、先輩の動きが止まる。そして名前の顔をじっと見つめたかと思えば、眉を顰めた。

「どうかしましたか?」
「いや……。うん、気にするな」

明らかに言葉を濁した先輩に、今度は名前が表情を険しくする。

「気にならないはずないでしょう。何ですか?」
「何でもない」

そう言って目をそらされる。いいから席に戻れと追い払われても名前は納得できない。

「何かあるでしょう」
「言いたくねぇ」

頑として動かない名前に先輩が再度口を開こうとすると、小さく吹き出すのが聞こえた。

「……何がおかしいの?」

睨みつけたところで臆することなどないバディは愉しそうに目を細めている。

「素直に言ったら怒らないでもらえるかな」

その発言からあまり嬉しくない内容だということだけは理解した。しかしこのままなのはあまりに気持ち悪い。

「怒らない」

渋々の了承だが、嘘がないことを見て取った降谷は先輩の方へ向き直る。

「『匂い』ですよね?」

先輩の苦虫を噛み潰したような顔が、それが正解であることを物語っていた。そして今度は名前に肩を竦めてみせた。

「苗字は香水をつけないからな。僕も次から気をつける」
「あ」

思い至ったのは今朝のことだ。
だるい身体を無理やり引っ張ってシャワーを浴びた。数えきれないほど重ねてきたいつもの朝だ。だが決定的に違ったことがある。
目覚めたのは降谷の家だった。
降谷の家と言うのも正しくはない。安室透の家だ。名前の家には頻繁に訪れる降谷のためにアメニティが揃っているが、彼の家には名前の私物どころか存在を匂わせるものは何一つ置いていない。だから名前は躊躇いつつもそこに置いてあるシャンプーやボディソープを使うしかなかった。

「昨日と同じスーツだしな」
「コンビニに行けばミニサイズの売ってるだろ」
「このところ暑いからって髪をアップにしてたのに今日はしないのか?」

先輩たちが詰めの甘い部分を次々と指摘してくる。名前の潜入捜査先の会社にいるおじさんたちなら見逃すことも、ここにいる先輩たちにとっては気づいて当然のことばかりだ。
言い訳をしたい気持ちはある。昨夜安室の家に行ったのは予定外で、まさか泊まることになるとは思っていなかったのだ。朝も、登庁前に自宅に寄って着替えようと思っていたのに「起きたら自分の部屋に名前が眠っていて興奮した」とベッドに引き戻されてギリギリの時間まで離してもらえなかった。だからコンビニに買いに行くこともできなかった。化粧水を含む最低限の化粧品をバッグの中に常時携帯していたのだけが救いだった。今度からはダミーの香水も用意することに決めた。

「先輩方もそれくらいで勘弁してあげてください」
「どうせ全部お前のせいだろ、降谷」

明るく割って入ってきた降谷を先輩が嗜める。

「そうです。悪いのは僕なので、苗字を苛めないでくださいね」

 
『彼女を苛めていいのは僕だけなので』

 
声に出なかった声は、その場にいた全員に確かに聞こえた。
キーボードを打つ音も、資料を捲る音も、全てが消えて静まり返る。

「……コーヒーいる方いますか?」

沈黙を打ち消したのは名前だ。
逃げたと言われてもいい。どうしてもこの場から立ち去りたかった。
降谷以外の全員の手が挙がったのを確かめて名前は足早に部屋を出ていった。


■ ■ ■


「降谷。ほどほどにしないと愛想尽かされるぞ」

名前が出て行った警備企画課の部屋で、先輩が呆れて溜め息をついた。降谷は少し考えた後にニコリと笑う。

「心に留めておきますが、おそらくご心配には及びません」
「やけに自信満々だな」
「ええ。まぁそれは……」

降谷はベッドで彼女が乱れて自分を求めてくる姿を知っている。今朝も自宅に着替えに行きたいと降谷を突っぱねてもよかったのだ。でも名前は間に合わないと悪態をついたものの受け入れてくれた。
先程のように先輩たちが揶揄ってきても(言い訳はしたかっただろうが)降谷との関係を嘘でも否定することはしない。付き合っていないという建前上、否定することもできたはずなのに。
彼女は降谷が抱えきれなくなった独占欲をこぼすことを許してくれる。

(うぬぼれるくらいする)

降谷の心の声はまたしても先輩たちには十分伝わったらしい。複数の舌打ちが聞こえてきたのは甘んじて受けることにした。



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