Dream


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降谷さんが帰宅したら酔っぱらった夢主が甘えてきた話(長編終了後)



その日、降谷は日付が変わる直前に帰宅した。
結婚を機に引っ越して来た今の3LDKのマンションは、セキュリティがしっかりしていることと、近くにある品揃えのいいスーパーが決め手となった。元々家にいる時間が少ない者同士。夫婦二人にはこれでも広すぎるくらいだった……はずが、妻の異動により更に広さを持て余している。
彼女のいない家に帰るのも虚しく、このところ降谷は上司や部下から仕事を奪うように残業を続けていた。周囲も降谷の気持ちを察して見過ごしてくれていたが、さすがにこれ以上はと無理やり鞄を持たされたのが約三〇分前。押し問答の末、駐車場に連行されて渋々エンジンを掛けた。部下たちはRX-7が駐車場を出て見えなくなるまでその場から離れなかった。
 
(休暇を取って会いに行くか。でも名前の休暇が合わないとどちらにしても一人になるし……)
 
赴任して数ヶ月。彼女の大阪府警での活躍は風の噂よりも正確に降谷の耳に入ってくる。それは主に大阪府警に知り合いのいる職場の先輩や後輩だったり、服部平次経由の工藤新一だったりする。そう、名前本人以外だ。
名前からは美味しい店を見つけただとか、和葉と買い物に行っただとか、そういう日常の話題ばかりだ。それも楽しそうで何よりなのだが、降谷としては少し気がかりだった。
 
(前はよく愚痴を言ってくれたけど)
 
彼女の所属がまだ警備企画課だった頃は深夜の残業で愚痴を言い合うこともあった。だが最近の彼女からは愚痴っぽい言葉は出てこない。
SNSのメッセージ、電話。たまの休暇にはどちらかが会いに行く。どの時間も決して長くはない。その貴重な時間を仕事の愚痴で終わらせたくないのは降谷も同じで理解できた。だがキャリア女性の出向が手放しで歓迎されるものでないことは想像するに容易い。名前が日々ストレスをためているだろうことも。
 
(どこかでガス抜きをさせてあげたいな。……ん?)
 
自宅玄関のドアノブを握った瞬間の違和感。音を立てないよう慎重にドアを開くと、リビングから明かりが漏れていた。三和土には見覚えのある女性物の靴。
まさか、と思った時には動いていた。靴を放るように脱ぎ捨て、リビングへ転がり込む。
 
「名前!」
「零おかえりー」
 
リビングのソファから振り返ったのはずっと会いたいと思っていた妻の名前だった。
一瞬誰かの変装ではないか疑ったが、降谷は自分が名前だけは確実に判別できるのを知っている。目の前にいるのは間違いなく名前だった。
しかしどうしてこの家にいるのかがわらかない。携帯を取り出して確認しても帰ってくるというメッセージはどこにもなかった。
 
「帰って来るなら連絡くれれば迎えに行ったのに」
「急に会いたくなったの」
 
ポツリと落ちた小さな声に、ネクタイを緩めていた手が止まる。
 
「会いたくなって気づいたら新幹線に乗ってたのよ」
 
思いがけない言葉に心臓の鼓動が速まっていく。
抱き締めたくなって名前に近寄った降谷は、この日二回目の違和感を抱く。
 
「……名前、これは何だ?」
「ビール缶」
 
ニコリと笑って答える名前の頬は赤い。
 
「空だな。じゃあこれは?」
「ワインボトル」
「やっぱり空か。おい。このスコッチ、まだ半分は残ってたはずだぞ」
 
空のビール缶は一本や二本ではなく、ワインボトルとウイスキーも合わせるとかなりのアルコール量だ。慌ててソファ越しだった彼女の正面に回ると、トロンとした目が降谷を見上げた。
名前ははっきり言って酒豪だ。飲んでも全く顔に出ない。職業柄自分の許容量を把握しているので、外では酩酊状態はおろかほろ酔いにすらならない。演技はするかもしれないが。
彼女が酔うまで酒を飲むのは降谷と一緒に家で飲んでいる時だけだったはずだ。しかし今の彼女はどうだろう。手には飲みかけのチューハイの缶。直前まで口にしていたようで唇は濡れて光っている。アルコールに加えて疲労も含んだ瞳は潤んで揺れていた。
確実に酔っている。あの名前が。
降谷は軽く息をついて眉を下げる。
 
「おかえり。名前」
 
大きく腕を広げると飛び込んできた名前を抱き締めた。
 
「ただいま。零」
 
僅かに身体を離し、両頬に手を添えて覆いこむようにキスを落とす。
久しぶりのキスは酒の味がした。
最初は触れるだけを繰り返す。角度を変えて、時折チュッという音を立てる。次第に我慢できなくなり舌でトントンと唇を叩けば素直に入り口が開いた。口内を荒々しく蹂躙してしまったのは許して欲しい。会えない間ずっとこうしたいと思っていたのだ。大人しく降谷を受け入れてくれる名前もそうだったのだと自惚れてもいいだろうか。
お互いの唾液が行き交い顎を伝う。唇が腫れてしまうかもしれない。そう思って僅かに離す素振りを見せれば、降谷の首に腕が回され引き寄せられた。柔らかく大きな胸の感触に覚醒してしまいそうな下半身を自覚して慌てて名前を引き離した。
 
「何で?」
 
降谷が後ずさって距離を置こうとするが、口を尖らせた名前はそれを四つん這いで追いかける。そらそうとして失敗した視線は胸の谷間に釘付けだ。それでもどうにか抵抗の意思表示を見せることには成功した。
 
「何ではこっちの台詞だ。ちゃんと説明してもらうからな」
「……勃ってるけど」
「勃ってるけど!」
 
真面目な話をしようにも膨らんだスラックスが説得力を欠いた。しかし名前をここまで追い詰めている理由があるはずだ。このままなし崩しにセックスする流れは避けたい。
 
「事前連絡もなしに帰って来て酔うほど酒を飲むなんて、理由がなければしないだろう?」
「零に会いたかったって言ったでしょ」
「それは前半分の理由だな。後半は? どうしてこんなに飲んだ?」
 
久しぶりに会ったのだから酔っぱらった状態ではなく素面で話をしたい。もちろん多少酒が入っても構わないがその場合には一緒に飲みたかった。そう告げると名前は目に見えてしょげて小さくなった。普段なら高速回転する頭で反論の一つや二つも出てくるはずだがそれもない。やはり相当酔っているらしい。
決心できないのかしばらく沈黙を続けた後、名前はようやく口を開いた。
 
「零に会いたかったのよ。嘘じゃないわ」
「僕も会いたかったよ」
 
ゆっくりと二回頭を撫でる。すると名前の顔がくしゃりと歪んだ。
 
「零と一緒なら笑って過ごしたいの」
「うん」
「でも今零に会ったら私絶対にグチグチ言っちゃうから」
「うん」
「それなら無茶苦茶に抱いてほしいって思って」
「うん。……うん?」
 
最後の言葉に一度打った相槌が疑問形へと変わる。きちんと聞いていたはずだが、前の話との脈絡はあっただろうか。
首を傾げた名前の黒髪が肩から落ちる。
 
「もしかして気づいてない?」
「いや、自覚はある。どちらかと言うと名前が気づいてたことに驚いてる」
 
降谷は酔った名前に歯止めがきかない。手加減を忘れて彼女が何度意識を飛ばしても朝までグズグズに抱き潰す。それは名前が酔った時に限ったことではないのだが、酔った時は絶対と言えた。
理由ははっきりしている。ただでさえ感度が高い彼女は、酒が入ると数倍の反応を見せて乱れるのだ。快感を求める様は美しく、漏れる嬌声は愛らしい。強固な理性を自負する降谷でも雄の本能を抑えられる自信はない。微塵もない。皆無だ。
 
「まとめると『会いたかったけど愚痴は言いたくない。だから酒を飲んで抱き潰してもらおう』ってことか?」
 
素直に頷かれたのは喜んでいいものか。降谷は額に手を当てて唸ってしまう。
名前の言葉全てが降谷を好きだと告げている。正直堪らない。理屈も正論もかなぐり捨てて彼女を抱いてしまいたい。
だがまだ耐えられる。ギリギリではあるが。
 
「……一つずつ整理していこうか」
 
絞り出した声は色々なものを抑えた反動で思いのほか低くなった。
今にもこぼれそうな涙を湛えて降谷を見上げる名前は殊勝にも正座だ。
 
「一緒にいる時間はなるべく笑って過ごしたいのはわかる。でも無理して笑ったって駄目だろう」
「無理はしてないわよ」
「そうだな。無理はしてないのかもしれない。今は一緒にいられる時間が少ないから余計にそう思ってしまうこともわかってる。でも名前、僕は君に何て言った?」
 
『僕の隣で怒って泣いて笑って、生きていてくれ』
 
まだ二人ともゼロだった。あの組織を追い込むために降谷は潜入捜査をしていて、名前とはバディを組んでいた。言葉にしない曖昧な関係に周囲は呆れ顔だった。それほど昔ではないはずなのにとても懐かしい。
 
「怒ってもいい。愚痴を言ってもいい。名前の感情の全部が欲しい。隠さなくていいんだ」
 
小さく細い手に自分のそれを絡めれば、きちんと握り返してきた。この手は降谷を決して離さない。更に強く握れば、名前の口元がようやく微笑みを作った。
 
「ちょっと疲れたの」
 
降谷はただ黙って耳を傾ける。
 
「毎日毎日おじさんたちに嫌味言われるしセクハラ発言されるし」
 
年配刑事が10も20も年下のキャリア女性相手にすんなり従うはずもない。例えその場における最善の指示だとしても文句をつけずにはいられないのだ。
降谷も昇進して階級が上の人間と接することが増えたので身に染みて理解できる。
セクハラについては後日詳しく聞くことに決めた。
 
「毎回断ってるのに食事に誘ってくる人もいるし」
 
警備企画課を異動した名前は公の場に姿を現す機会が増えた。周囲の人間が放っておかないのは当然だろう。
しかも、と降谷はチラリと名前の左手に目を落とす。
既婚者がつけるはずの薬指のリングはそこにない。
 
「零。顔が険しいわよ」
「だから指輪をつけた方がいいって……まぁいい。この話はまた今度改めてしよう」
「それに、家に帰っても零がいないのよ」
 
大きく見開かれた青い瞳に映された名前は笑っていた。困ったように、それなのにどこか嬉しそうに笑っていた。
 
「ずっと一人暮らしだったし、零と結婚して同じ家に住んだ期間なんて本当に少しだったのに……寂しいって思うの」
 
名前は決して口下手ではない。しかし喜怒哀楽といった感情を言葉にするのを避ける癖がある。必要以上に自分を語らないことを強制した生い立ちに、公安という仕事がより拍車をかけた。それが名前の本心であればあるほど顕著になると降谷は考えている。
 
「……僕も」
 
アルコールが入っているせいかもしれない。取り繕う余裕がないほど降谷を欲してくれているのかもしれない。どんな理由でもいい。
こうして直球で気持ちを伝えてくる名前がただただ愛しい。
 
「僕も、名前がいない家は寂しい」
 
細い身体を腕の中にすっぽりと収める。数ミリの空間すら惜しくて自分の胸板に押し付けるように抱き締めた。
降谷だって同じなのだ。一人でいることが長かったのに、名前がいないというだけで家から足が遠のく。毎日残業していたら煙たがられて追い出されたと白状すれば、名前はクスクスと肩を揺らした。
 
「今日、来てよかった」
「僕も名前に会えて嬉しいよ。来てくれてありがとう」
 
軽い10秒程のキス。それだけで身体の奥からゾクリとしたものが這い上がってくる。名前の眼も熱を持ち始めていた。できることならこのままベッドに行きたいのをグッと抑える。
 
「今日はもう寝るぞ」
「……は!?」
 
ポカンと口を開けた名前は本当に意味がわかっていないようだった。だが徐々に言葉を咀嚼すると鋭く降谷を睨みつけた。名前の怒りはもっともだ。目の前に愛する妻がいて、頬はまだほんのり赤くて、柔らかい胸が当たっている。これで抱かないなんて選択、まずあり得ないのだ。圧倒的に降谷が悪い。
それでもここで本能に身を任せるわけにはいかなかった。
 
「名前。明日の予定は?」
「…………午前に会議が入ってる」
 
案の定だ。気づいたら新幹線に乗っていたというくらいだから衝動的だったのだろう。休暇の申請どころか仕事の調整すらしていないはずだ。会議なら遅刻するわけにはいかない。明日は始発の新幹線だ。
名前もわかっているので頬を膨らませている。
 
「僕だってシしたい。すごくシたい。でも久しぶり過ぎて一回や二回で終わらない。名前は酒も飲んでるだろ。絶対に僕の理性は吹っ飛ぶし、何を言われてもやめられない。中途半端にされたら次まで僕は欲求不満で風見に八つ当たりするぞ」
 
無茶苦茶な言い分だったが、相手が風見限定であれば否定しきれなかったのだろう。名前は大きく息を吐いて肩を竦めた。
彼女が日々耐えて積み重ねてきたものの価値を降谷は知っている。ここで欲に負けて手放していいものではない。遅刻はさせない。仮病も駄目だ。自分のためにつく嘘はバレる。今から始発の時間まででは十分とは言えないが、最低限の睡眠くらい確保できるだろう。
 
「だから、名前は明日府警に行って仕事をする。それで休暇の申請をすること。できれば二日以上」
 
降谷はニヤリと笑うと、その彼女の目の前に人差し指と中指を立てる。
 
「どちらかの日はずっとベッドの上だからな。覚悟しておいてくれ」
 
それから二人は抱き合うように眠りについた。お互いの呼吸音が心地よい子守歌のようだった。
短時間にもかかかわらずスッキリと目覚めたのは降谷だけではなかった。朝食のハムサンドを作る傍らで、鼻歌交じりに名前がコーヒーを淹れた。向かい合いに座って食べる朝食は二人にとってどんな高級レストランよりも贅沢なものだった。
RX-7で駅まで送ると「ここまででいいわ」と降谷を運転席に残して名前は駅へと入っていった。一度も振り返らない背中は凛として美しかった。
夕方前に名前から入ったSNSメッセージには、きっちり二日の休暇をもぎ取ったと書かれていた。そしてその数分後には降谷も休暇の申請を出していた。上司や部下から諸手を挙げて喜ばれたというのは大げさでも何でもない事実だ。
一礼しての去り際、上司から「大阪土産よろしく」と言われたのには、さすがの降谷も苦笑せずにはいられなかった。



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