Dream


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ring



※長編終了後の時間軸です。ご注意ください。



「どうしても嫌なのか?」
「どうしても嫌」

高級店が建ち並ぶ通りで立ち止まって向かい合う男女が一組。

「僕が頼んでも?」
「零が頼んでも嫌」

この日、降谷と名前が珍しく時間を合わせて早退した。結婚を決めた2人が揃って帰ろうとしている。これ幸いと囃し立てようとした周囲はその様子にたじろいだ。降谷はひどく気難しい顔をしており、名前に至っては不機嫌を隠していなかった。この2人に限ってまさかと思うが男女の仲など何があるかわからない。警備企画課の面々は並んで歩く背中を心配そうに見送ったのだった。

「名前の好きなのを選んでいいぞ」
「零は自分が選んだものを身につけて欲しいんじゃないの?」
「それは……否定しない」

店の前で堂々巡りを続ける会話に降谷が天を仰いだ。

「そんなに嫌か? 結婚指輪」

降谷零と苗字名前は誰もが知るジュエリーショップの前にいた。
結婚指輪を選びに行こうと誘った降谷に「いらない」と名前が言い放ったのはおよそ1ヶ月前。今日までの懸命な説得は実らず、それでも実物を見たら気が変わるのではと引っ張って来たはいいが、頑なに店へ入ろうとしない。

「男避けになるぞ」
「今までもつけてなかったんだから同じよ。それに私ももう30過ぎたのよ? もっと若くて可愛い子がいるでしょう」
「名前、ちゃんと鏡見てるか?」

降谷と出会った20代前半は、生い立ちからくるものか少し影のある表情が彼女を実年齢より上に見せていた。
しかし過去に決着をつけた現在の名前は、逆にその綺麗な顔立ちにどこか幼い笑みを浮かべることがある。
男の降谷からすれば、それは彼女の『隙』であるように見える。実際はそんな隙など存在しないのだが、勘違いする男がいるのがわかっていてみすみす放置するのもいただけない。

「僕が安心したいからつけて欲しいんだけどな」
「それなら尚更必要ないじゃない」
「僕を翻弄している自覚はあるか?」

言外に『降谷以外に靡くはずがない』と含まれてしまってはそれ以上反論できるはずもない。
すると今度は名前から問いかけられる。

「零は何でそんなに指輪にこだわるの?」
「……もう名前はゼロじゃなくなるから」

内々に決まっている大阪府警への出向。しかし出向を終えても名前はゼロへ戻る予定はない。あの組織が壊滅した今、彼女がゼロにいる理由はない。名前を取り戻し本来の自分として人生を歩んでいける。だから彼女がゼロ以外の道を選ぶなら降谷は快く後押しする。
だが彼女がこれから苗字名前(降谷名前になる予定だが)として生きていくということは、多くの人の目に入るということでもある。しかも待田ケイの姿ではない、苗字名前の姿をだ。

「名前は今までと同じだって言うけど、絶対に違うぞ」

潜入捜査を終えた彼女は警察庁へ顔を出すことが増えた。「彼女の所属はどこだ」「名前を調べろ」といった囁きがそこらかしこで聞こえてくるのだと、ゼロのメンバーが言っていた。
個人的な好みを差し引いても彼女の素顔は男を刺激する。

「だから、私は零じゃないと意味がないんだから気にしなくていいのに」
「僕が連れ帰りたくなるのを狙って言ってるのか?」
「ペラペラの理性ね」
「名前だけだよ」

クスリと小さく笑うと、降谷が名前の頬に触れる。

「名前だけだ」

親指の腹で撫でるたび、熱が集まるように頬が朱を重ねていく。こんな往来でなければキスできるのにと思ったのが伝わったのか、名前が恥ずかしそうに視線をそらした。

「……零はつけないでしょ」

口を尖らせた名前が辛うじて耳に届くほどの声で呟く。伏せた長い睫毛は僅かに震えていた。
降谷はゼロに残る。管理職にはなるだろうが現場での指揮がないわけではないし、指輪のような個人を特定する要素はやはり除外するに越したことはない。
降谷はそれが当然だと思っていたし、もちろんゼロであった名前も理解している。

「でも零と結婚するのに私だけ指輪をしてるのは寂しいから……。私は零と一緒がいい」

目を丸くした降谷が頬に触れていた手を止める。

「ごめん。ワガママ言って……」

この場合、降谷に指輪を強要すればワガママだろう。しかしお互いの立場を理解した上で『一緒がいい』という気持ちを晒すことがワガママなら、名前に指輪をして欲しいという降谷の気持ちの方が余程ワガママだ。

「指輪はまた今度にしよう」

名前の手を取ると愛車が待つ駐車場への道を引き返す。
大股の降谷に小走りの名前。途中、背中に躊躇いがちな声がかけられた。

「いいの?」
「今はいい。指輪より、一刻も早く名前を抱きたい」

法定速度ギリギリで自宅に帰ると、靴を脱ぐなりその場に押し倒した。
口内を舌で荒らしながら、胸元のボタンを全て外して柔らかな双丘を押しつぶすように包み込む。
銀糸を引いて離れた唇は2人とも弧を描いていて、指輪なんてもう頭の中から抜け落ちてしまっていた。

「僕の奥さんになる人は可愛すぎないか?」
「……零にだけだよ」

だからベッドがいいな、と上目遣いでねだられてしまっては従うしかない。自身の熱を堪えて名前を部屋まで運んだ後は、朝まで寝室の扉が開くことはなかった。



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