「剣城、剣城」

何かを期待するようにサッカー棟から出て2人きりの下校時に天馬が学ランの裾を引っ張る。
しかし剣城はチラリとそんな天馬を横目で見るだけだ。

「ねぇよ」

「え」
短いその返事に大きな目は更に大きく見開かれて、そして次第に泣きそうな顔になる。

「チョコくれないの?」

「あのなぁ、買える訳ないだろこの時期に!」

世はバレンタインデー。

2月に入ってすぐに雑貨店やスーパーなどはチョコレートや手作りキット一色である。
そこに女子学生たちが華やかに笑って彼や憧れの人への思いなどを語るところに留まってチョコレートを手に取りレジへ向かうといった勇気を剣城は持ち合わせていなかった。

天馬のことは勿論好きだ。言葉だけでは言い表せないくらいには好きだ。
しかし、その思いを持ってしてでもあの独特のコーナーに1人で立ち入ることは出来なかった。

「えーでも今は友チョコとかあるよ?」

「それでも無理なモノは無理だ」

「えー残念 ホワイトデーに返してね。はいこれ」
がっくりと肩を落としてから天馬は自分の学生鞄を漁り、中から小さな小包を取り出して剣城に渡した。

「秋ネエと一緒にチョコクッキー作ったんだ」

「ああ……」
まさか天馬が準備しているとは思わず、剣城は驚いた顔をしてそれを受け取る。

「倍返しなんて言わないけど、期待してるからね」
そう冗談めいて言いながら天馬は帰路へと足を進め始めた。
その背中はどこか寂しそうで、剣城は決行するかしまいかずっと悩んでいたことを、決行すると決める。
ポケットの中に入っている小さなそれを取り出すと口元へ持っていく。

「ん?剣城なにして―……」
暫く歩いて、隣を歩いているはずの剣城がいないことに気が付いて振り返る天馬の鼻腔に届いた甘い匂い。それは紛れもなくチョコレートで、しかし天馬の目の前に迫ったのはチョコレートではなく剣城の唇だった。

ちょんと触れるだけのキスをした剣城が「これで我慢しろ」と小さな声で呟く。その右手にはチョコレートの香りがするリップクリームが握りしめられていた。

「チョコレートより嬉しいかも」
そう言いながら天馬の顔がどんどん緩む。嬉しそうに自分の唇に触れていた。

「現金な奴」

「でもあんまりチョコの匂いわからなかったから、もう1回して欲しいんだけど」
贅沢な願いだとわかっていても口に出さずにはいられない。


「……お前の部屋で、な」
暫し間が空いた後に言われたその言葉に天馬顔は更に緩んだ。

「じゃあ行こう!早く行こう!」

「おい押すなよ」
剣城の背中を押して早足で木枯らし荘へと天馬はずんずん足を進めていった。

「本当に効果があるんだな」

「ん? 今何か言った?」

「なんでもねぇよ」
剣城はそう誤魔化しながらも、リップクリームのパッケージに書かれていた商品名と謳い文句を脳裏に思い出していた。


チョコレートトラップ
甘いキスで彼はご機嫌に。

***
0214 ハッピーバレンタイン!



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