いつから付き合い始めたのか、と聞かれると染岡ははっきりと答えられない。
中学時代、仲が悪かった時期もあったが気が付いたら傍にいる。
そんな関係になっていた。

ヨーロッパを思わす街並みが続く道を暫く歩いていくと、ポップコーンを売るワゴンの傍に見慣れた人影を見つける。

「吹雪」
声を掛ければ嬉しそうに吹雪が笑ってこちらへと近づいてきてニコリと笑う。
その両手にはたくさんの買い物袋が下げられており、少し染岡は驚いた。

「女の子たちと一緒に見てたらつい、ね」

「そうか」

「……妬いた?」
悪戯を仕掛けた子供がその反応を待ち望む時に見せるような、緊張と仄かな期待を込めた眼差しを吹雪は向ける。

「いや。お前が女子から話しかけられるのは前からだし」

「なんだぁ、ちょっと期待してたんだけどな」
ちっとも残念ではなさそうに唇をツンと尖らせた吹雪に染岡は「これからどうするんだ」と切り出す。

「ちょっと夜景、見てから帰らない?凄く綺麗なんだ」
こっちこっち、と吹雪は染岡の袖を軽く引いて港のようになっているエリアまで引導する。

「お、おい」
辺りの人が見ているのではないかと懸念した染岡が焦るが吹雪はただ短く「大丈夫」と答えてそのまま歩き続けた。
何がどう大丈夫なのかも聞きたかったが、夢中で先を歩く吹雪にそんな言葉を掛けることは出来ずにいた。
足だけはどんどんと先へ進む。

こうして歩き続けて染岡と吹雪は港を一望できる場所へと到着した。
港に泊まっている船やその向こうに見えるカフェテラスなどに付けられた電飾がキラキラと小さく優しい光を放ち夜の演出を一役かっている。
その光景は普段、イルミネーションなどにあまり興味を示さない染岡ですら静かに見つめてしまうほどの美しさだった。

「綺麗だね」
嬉しそうに吹雪が言う。

「……ああ」
それに答え、ちらりと横にいる吹雪を見やり染岡の心臓は小さく跳ねた。
普段となんら変わりのない吹雪の横顔が、その佇まいが、何故か儚くいつもより一回り小さく見えた。吹雪はこんなに小さかったか?と自分自身に問いかけると同時に、その小さな肩に手を差し伸べたくなる。

未だ無言で港の光景に夢中になっている吹雪の右肩にそっと自分の右手を伸ばす。
だがこの肩に触れたらもしかして崩れてしまうのではないだろうか、という不安が染岡の心にシミの様に広がった。
この肩に自分の手が置くことで雪のように、ほろほろと崩れてしまうのではなかろうか。

もう少しで肩に触れそうになるその寸前で染岡は触るのを止めて手を引っ込めようとした時。

「触ってよ」

「え、」
目の前の光景に夢中になっていたはずの吹雪がこちらを見上げてそう言う。

「触って、染岡君」

「けど……よ、なんかお前に触ったら壊れちまいそうで」

「壊れる?ははは、変なの」

「あ、おい!」
触れる寸前で戸惑っていた右手を吹雪は捕まえると自分の肩に置いた。
吹雪の着込んでいたカーディガン越しに暖かさが伝わる。

「ね、壊れないでしょ。僕はそんなに脆くない」

「まったく、お前ちょっと大胆だよな」

「そうかな?」
その言葉と同時に猫が甘えるように、吹雪が染岡の腕に擦りよる。
甘えた仕草に慌てて辺りを見回すが、周りのカップルや家族などの通行人もそれぞれが自分たちの時間にすっかり夢中になっており、自分たちを気にも留めていない。

「染岡君にいっぱい触って欲しいから」

「なっ……」
いきなり誘うようなその言葉に染岡は自分の全身がザワリと震えた気がした。
今ここが外でなければ自分がどんな行動を起こしていたか、考えただけで血が沸騰しそうになる。

「そういうことを軽々しく言うんじゃねぇよ」
どうにか騒ぎ立てる心臓を落ち着かせるために、冷静なフリを装ってそう言うが吹雪にはどうやらお見通しらしい。

「染岡君ちょっとドキドキしてるでしょ」

「う、うるせぇ! 今日は本当にどうしたんだ 吹雪」
染岡との接触を図る際、確かに大胆な発言やこちらの劣情を煽る行動をすることは多々ある。

だが、そのどれもが2人きりの時の場合だ。例え周りが自分たちを認識してないからといっても野外でこういったことをしてきたのは今回が初めてのことである。
困り顔で染岡がそう問いかけてみると、吹雪は拗ねたように唇を尖らせた。

「だって今日は朝からずっと女子に囲まれてさ、途中で染岡君と何回かすれ違ったのに半田君たちと話すのに夢中で気が付いてなかったみたいだし」

「それは、お前に話しかけると女子の顔が怖いんだよ。睨みつけてくるから」

「僕も本当は染岡君と周りたかった。アトラクションも乗りたかった……一緒にもっと楽しみたかった」
喋るにつれて言葉尻が小さくなっていく吹雪の顔は今にも泣きそうで、ああ脆く見えたのはそういう訳かと染岡は納得する。

寂しかったのをずっと押さえていたのだろう。本当に言いたいことをずっと我慢していたのだろう。

「そんな顔すんなって」
ぽんぽん、と肩に回していた手で吹雪の左頬に触れる。

「だったらよ、その……今度2人で来ようぜ?」

「いいの?」

「ああ、案外面白かった。吹雪と回ったらまた違った面白さがあるんじゃねぇかなって」
安心させるようにそう言って笑いかければ吹雪の顔が暗い中でも熱を帯びているのがよくわかる。

触っている頬の熱さに「ああ、こいつでも照れるんだな」などという感想を心内で呟きながら右手を離そうとした。

「染岡君のそういうところ大好き」
頬から離れようとした右手にそっと唇を寄せてそんな言葉を紡いだ吹雪に、また染岡は心臓が跳ねて右手が止まってしまった。

「あーもう、帰るぞ!!」
それを誤魔化すようにその右手でやや乱暴に吹雪の手首を掴む。
そのまま大股歩きで出口のゲートへとずんずん進む。

「ね、染岡君は?」

「口に出さないとわかんないのか?」

「ううん。だって右手が熱いし顔も赤い」

「覚悟しとけよ、吹雪」

「え、なにされちゃうのかな?」
まだ熱い右手に掴まれた自分の手を見て吹雪は嬉しそうに顔を綻ばせると、遊園地を後にした。

***
2人でイルミネーションを見ている話が書きたくて書きました。



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