雷門学園。
それは1人の創設者の私財によって建てられた巨大な学園である。
「ここが雷門学園……!」
松風天馬は目を見開いてぐるりと辺りを一望し、その規模の大きさに驚きの声をあげた。
校門から続く道を行く先に堂々と聳え立つ校舎は以前、自分が在籍していた学校の数倍は大きく、そして広い。
親の転勤という都合でここに越してくることが決まった時は友人との別れが辛く、新しい環境に馴染めるかという不安で天馬は一杯であった。
しかしこの立派な校舎を見ていると不思議と胸が高鳴り、不安は既に薄らいでいた。
「君が松風天馬くんね?」
「はい!」
声を掛けられた方を天馬が向いてみると緩くウェーブのかかった藍色の髪に赤い眼鏡が印象的な女性が笑顔を携えている。
首から下げられた写真付きのカードには「現代国語担当教諭:音無春奈」という表記が読み取れる。
「初めまして。あなたのクラスの担任の音無春奈です」
「松風天馬です!あの、よろしくお願いします!」
緊張してやや声が裏返ってしまった天馬に音無は優しくほほ笑むと赤いフレームの眼鏡を頭上へとあげた。
「ええ、こちらこそ。教室まで案内するわね。広いから戸惑うかもしれないけれど、こっちよ」
先導する音無に続き天馬もゆっくりと校門から中に入ると中央に聳える1番大きな校舎へと歩みを進めていく。
「ここが本校舎よ、そしてすぐ右に見える東校舎は特別棟。音楽室や理科室などの移動教室で使う施設が揃っているところね。本校舎から見て左にあるのは体育館」
「えっと、右が移動教室で左が体育館……」
「新入生の子たちも最初、よく間違えちゃうのよね。今日早速、移動教室授業があるから注意してね」
「はい!」
元気よく返事した後に、天馬はなんだか不思議な感覚を覚える。
「それじゃ、こっちが下駄箱よ。ここは1年から3年になるまで場所を移動せずに同じところを使うの……」
使用する下駄箱について説明を始めた音無の後を追わず、天馬はロータリーで足を止める。
「(誰かに見られてる?)」
キョロキョロと周りを見渡してみても、生徒らしき影は見えない。
だが確かに自分を見つめている。
責めるような鋭い物ではなく、興味と関心、そして好奇心から注がれているような少しくすぐったい視線。
天馬が首を傾げながら何気なく上を見上げた時にその視線の正体に気が付いた。
「……!」
恐らく屋上となっている場所からこちらを覗き見る人物が1人。
遠目でもわかる切れ長の目を楽しそうに細め、青藍色の髪が風に靡き揺れ動いている。
青空の下でそうしてこちらを眺めているだけだというのに完成された絵画のように綺麗に、そこに在った。
その人物はまさか気付かれると思っていなかったのだろう。
一瞬、驚いた顔をしたがそのまま微動だにせず天馬を見つめ続けている。
「……」
「天馬君?どうしたの?」
下駄箱まで歩いて行ったところで天馬が後を追っていないことがわかり、音無は不思議そうに戻ってきた。
「屋上って使えるんですか?今、ツリ目で青い髪の人が……あれ?」
音無にその少年の特徴を伝えながら再度、屋上へと目を向けてみるが既にそこに人影はない。
「それは、きっと剣城くん……ね」
少し気まずそうに音無が眉を寄せ、どう説明しようか迷うように「うぅん」と短く唸ってから続ける。
「同じクラスよ。詳しいことはクラスの皆が教えてくれると思うわ。さ、行きましょ」
それ以上、屋上と剣城という名前の少年に触れず天馬の背中を押して下駄箱まで案内をした。
◆◆◆
説明を受けながら天馬が辿りついた教室は「1-3」という札が下がっている。
「無理って言われそうだけど、あまり緊張しないでね? 3組は皆いい子だから」
「は、はい!」
天馬はズボンの裾を一度ぎゅっと握って深呼吸をする。
その様子を見て音無がゆっくりと教室の引き戸を開けた。
それまで聞こえていた話声や笑い声は止み、深閑とする教室に天馬は生唾を飲む。
教室へと入って来た自分に生徒たちの視線が一斉に集まり、突き刺さった。
屋上で感じたものよりも人数が多いせいか天馬は少しだけその視線が痛く感じる。
足に震えが走り、頬が少し熱くなるのがわかったが己を叱咤すると背筋をシャンと伸ばす。
「朝のHRでも言ったけど、転校生を紹介します」
白いチョークを持ち上げて音無が『松風天馬』という名前を丁寧に書き綴る。
「松風天馬です。好きなものはサッカーで見るのもプレイするのも好きです。宜しくお願いします!」
そう言ってから一礼すると笑顔で拍手が送られる。
印象は悪くないようだ、と安堵する天馬に音無が席を指定した。
「影山君の隣の席でお願いね」
音無に指定された場所は窓際の後ろから2番目。
天馬がそこへと移動すると右隣の青くモコモコとした髪の少年が少しだけ机を近づけて挨拶をしてくる。
「初めまして、クラス委員の影山輝です。あ、あの……何かわからないことがあったら聞いてください」
「ありがとう!よろしくね」
そう言って笑顔で礼を言うと突然、ぐるりと天馬の前の席の小さな少年がこちらを向く。
「僕は信助。西園信助、よろしくね!」
「うん、よろしく!」
それに続け、とばかりに他のクラスメイト達も自己紹介を口にしようとするが音無が手を数度叩いてそれを中止させる。
「そこまでよ。早く名前を覚えて貰いたい気持ちはわかるけど今は授業に集中してください」
そう言うと残念そうにしながらも生徒たちは素直に頷いて、授業を受ける準備を始めた。
天馬もカバンから真新しい教科書とノートを出すと授業を受ける体制を作るが、そこで自分の後ろの席が空いていることに気が付く。
その席を見つめていると何故か不思議と屋上で見かけたあの人物……剣城の席だということが感じ取れた。
同じクラスだと言われたからには教室内にいるはずであるが、教科書越しに辺りを見てもそれらしき生徒の姿は見えない。
昼休みになった時に影山に聞いてみようと決めると、天馬はシャーペンを取り出し黒板へと目を向けた。