おもちゃのボールが1つ転がっているだけのシンプルなその場所。
それでもこんなに居心地良く感じられるのは一体何故なのだろうか。

『やっぱ住んでいる奴が奴だからか』
そう呟くと京介が天馬を見上げる。

『俺がいることで、狭くならないか?』

『全然!誰かと一緒に寝たりするって初めてだから嬉しいよ』
天馬が身を屈めて京介と視線を合わせる。

『……言ってろ』
気恥ずかしさが増し、それを紛らわせるように長い尻尾で天馬の鼻先を擽る。

『わっくすぐったいよー』
ふるふると首を振って払うと、顔を京介の方へと近づける形になった。

『初めて会ったときから思ってたんだけど、やっぱり京介の目って綺麗だね』
改めて見入る様に二つの目を覗き込む。

『おい顔が近いぞ』
くりくりとした大きな目で見つめられるとどうしてか顔を逸らすことができない。
濡れた栗色の鼻が自分の鼻先に近づいているのがどうしてか恥ずかしくなる。

『京介……』
名前を呼ばれて小さく心臓が跳ねあがった気がした。

そっと同じように『天馬』と言葉を返そうとした時、不意に小屋を覗く人影が1つ。


「やっぱ、ここだったか」



にぃっと悪戯っぽく笑いながらそこにいたのは飼い主の不動だった。

「邪魔した?」

『…………!!!』
何の邪魔をしたのか、その意味がわかった京介は恥ずかしさに尾からブワワッと毛が逆立つ。

「不動、居たか?」
不動の後ろから独特の眼鏡をかけた人物、鬼道も天馬の小屋を覗き込む。

「んー むしろ余計なことしたかも。悪いな、天馬」

『あきおさん、もうちょっと遅く来てくれたらよかったのに』
耳の後ろを撫でられて気持ちよさそうに天馬は目を細めるが、その眉間には複雑な小じわが一筋。

「京介、お前このまま天馬の家に泊るのか? それでも俺はいいけど」
毛繕いをして逆立った毛を綺麗に整えていた京介の目が驚きで見開かれる。

勝手に連れて帰られるものばかりだと考えていた。

「ただし、明るくなったら帰ってこいよ」
じゃないと鍵を閉めちまうからなと軽く警告をすると、ちょんと京介の黒い鼻先を指で押した。

「あー鬼道、悪いけどちょっと待っててくんない?木野にも京介が居るってこと伝えておくから」

「いや、俺も行こう」

「余計なことすんなっての」
さりげなく指を絡めた鬼道に不動は呆れたように振り払うと、スタスタと先に木枯らし荘の中へと入って行ってしまった。

あっという間の出来事に2匹揃ってパチパチと瞬きを数回。

『えっと……京介どうする?』
目線の高さを京介に合わせた天馬がゆったりと尻尾を横に揺らして返答を待っていた。

京介は暫くその揺れ動く尻尾を見つめていた。


答えはとうに決まっている。
黙って天馬のふわふわとした首に顔を擦りつけて隣に腰を下ろす。

『京介……っ』

『ちょっとそういう気分になっただけだ。だから、泊って……やる』
恥ずかしさを誤魔化すように顔を天馬の首筋に埋めながらそう応えた京介に、天馬は自分の口元が緩くなったのがわかった。

『さっきの続き、してもいい?』
そっと柔らかく聞いてみると、チラリと黄色い目がこちらを見る。

『大丈夫。きっと秋姉は夕飯を2人に勧めてるから』

そう言って『だめ?』と小首を傾げる天馬を見ていたら京介は断ることなど、できなくなっていた。
了承の代わりに顔をあげると、目を瞑る。

その鼻先にそっと優しく天馬の鼻が触れた。
それだけなのに、どうしてか京介の心は何かに満たされたようだった。

『(カレンダーに赤マルの日も悪くないな)』
そんなことを考えながら京介はもう一度、今度は自分から天馬の鼻先に顔を擦り寄せた。

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ここまで読んで下さりありがとうございました!
動物同士の鼻ちゅーって可愛いと思うのです……



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