『傷、治ったな』
暫く見つめた後、京介がぽつりと言った。

飼い主を通し、初めて網戸越しではなく出会ったとき。
天馬は嬉しさのあまりから京介の頬を舐めた。
京介は今までそんなこと、兄を覗いてされたこと……ましてや犬にそうされたのは初めてで、つい本能的に前足で天馬の鼻先を攻撃してしまったのだ。

赤い筋が3本ほど、天馬の鼻に残る形となってしまい京介は咄嗟とはいえ、やりすぎてしまったと反省をしていた。

『え? あ、うん。薬塗ったらすぐに治ったよ』

『……悪かった』
急に項垂れてそう呟く京介の傍に天馬が寄り、身を屈めて下から見上げる姿勢をとる。

『オレ、全然気にしてないよ? 元々オレがはしゃぎ過ぎたのも悪かったし』
そう言って笑う天馬に、京介は心が解れていくのがわかった。

『もう突然舐めたりするなよ』

『うん!……じゃあ、許可取ったら舐めていい?』
数秒、京介が固まる。

『お、お前なぁ……!』
いつもは余裕を携えている切れ長の目も同様から見開かれ、フワフワの毛は逆立っている。
それに気が付いた京介は慌てて毛繕いを始めた。

『えへへ……あ、そうだ、京介もしよかったら一緒に集会に出ない?』

『集会?』
聞き慣れない単語に京介が小首を傾げる。

『うん。木枯らし荘の庭って広いでしょ?たまに野良猫さんたちの集会場になってるんだ。オレは犬なんだけど、特別にってことでたまに参加させてもらってるんだ』

『そういう集まりは苦手だ』
幼少期から兄と2匹で路上を彷徨っていた記憶が多く、あきお以外の人間や動物たちとの交流に京介は苦手意識をもっていた。
それでも嬉しそうに『話を聞くだけでも楽しいよ』という天馬を見ていると、出てもいいという気分になってしまうから不思議だった。

『……考えておく』

◆◆◆

そんな話で盛り上がっている時、木枯らし荘の方からいい匂いが漂ってくる。
晩御飯の合図だ。

『うぅ、お腹空いて来た……京介は家に帰らなくて大丈夫?』

『ああ。平気だ』
すっかり空を見上げれば藍色に染め上げられ、星明かりが目につく。
普段であれば用意されているキャットフードに口を付ける頃だが如何せん今日は事情が違う。

きっともうこの時間、あきおと鬼道は部屋で仲睦まじく過ごしている。
そこに自分がいるのは空気を乱してしまうのではないだろうか、という一抹の不安とあの甘い空気に当てられるのはどうしようもなく恥ずかしくなるので嫌だった。

『……もし、帰らなくても大丈夫なら……家に泊らない?』
正確にはこの小屋に、だけど。と小さく呟かれた提案に京介の尻尾がピンと張る。

『いいのか?』

『勿論! 京介が眠れるスペースぐらいはあるけど……ちょっと待ってね』

天馬は1度中に入ると鼻先で何かを小屋から出す。
それは使い古されてボロボロになったサッカーボールであった。

『なんだこれ』

『オレの命の恩人!』

『恩人?』
元は白と黒の六角形が織りなしているはずのボールは濃灰色と茶色に変化している。

『オレがまだ、母さんたちと沖縄ってところに住んでいた時にちょっと事故があって』

『事故?』

『うん。工事現場の木材が倒れてきて、避けるのが間に合わないって思った時に……これを蹴って助けてくれた人がいたんだ』

『へぇ……ずいぶんと使い古されているんだな』

『多分、サッカーが好きな人だったんだと思う。オレもそれからサッカーを見るのが大好きなんだ』
ボールをちょんと前足で転がして天馬が中へどうぞ、と施した。

『お邪魔します』
律儀にそう言って中へ入ると少し暖かく、なんだが居心地がよい。
しかしそれ以上に天馬の匂いが少し強くなった気がして京介は少しドギマギしながら辺りを見回した。






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