いつも通りの日常、いつも通りの時間はいつものように過ぎていく。

所属しているサッカー部での活動を終えて剣城が帰宅すると、テーブルの上にちょこんと輸血パックが鎮座していた。
辺りを見回しても兄である優一の姿はない。
珍しいと思ったが、窓の外を見て納得した。

「今日は満月じゃないか」
暗くなった夜空に浮かぶ月。
それは見事なもので、こんな気持ちの良い夜は久しぶりのような気もする。
優一は恐らく羽を思い切り伸ばして空中散歩でも楽しんでいるのだろう。

「俺も散歩……そうだ、散歩してから飲もう」
時間を延長しても結局飲まなくてはならないことに変わりはないが少しでもそれを遠ざけたかった。

輸血パックはそこに置かれているだけでも独特の臭いが鼻へと流れ込んでくる気がして、剣城は一歩後ろに下がると、肩の力を抜く。

すると人間の肩甲骨にあたる部分が隆起し、黒い羽が噴き出るように現れた。
窓を開け、自分の靴を片手に持ち外へと身体を乗り出す。
ふわりと身体が浮いて外へと出たところで靴を履くと、後ろを振り向いた。

テーブルに鎮座し続けている輸血パックを忌々しげに見ながらも「帰ってきたら飲むからな」とまるで言い訳するように呟き、空中散歩へと繰り出すこととした。

◆◆◆

人目につかぬよう高く飛びながらある場所を目指す。
それは人間たちの間で自然公園の名で親しまれている場所。
その一角には薔薇園が存在する。

ここの薔薇は不思議と季節を関係なく咲き誇りそのどれもが品質も高く素晴らしいものである、と薔薇愛好家や専門家から高い評価を受けていた。

それもそのはずで、自然公園及びに薔薇園はイシドシュウジという名の“こちら側”で大変な有名人によって運営と管理をされている。

そのおかげでこの公園ではいつ来ても四季折々の植物、そして薔薇を365日見ることが出来るのだ。

剣城はとある人物を介してイシドと顔見知りになり、事情を話したことがある。
すると「ここの薔薇の生気を吸うといい」と許可を貰っていた。

花屋で買うものは単価が高く、おまけに温室育ちが多いせいか大変にまずい。
それに比べて薔薇園の薔薇は手入れが通っておりいつでも新鮮で、剣城にとっては大変ありがたいものだった。

音を立てず、着地すると目の前には白い薔薇が雲の隙間から洩れる月明かりと夜露に濡れて咲き誇り、芳醇な香りを一面に蔓延させている。
剣城はその内の1本にそっと指で触れると薔薇は花弁が萎み枯れ果ててゆく。

代わりにほんのり剣城の陶磁器のように白い肌に血の気が戻った。

「もう1本……ん?」
新しい薔薇に手を出そうとした時、剣城の鼻腔に新たな匂いが届く。

それは目の前の白薔薇より甘く、果物で例えるとシャルドネのような瑞々しさを持っており、剣城の大変好みの匂いだ。

もしかしてイシドが新たな品種の薔薇を植えたのであろうか、そう考えながらゆっくり匂いがする方に歩いてく。
白薔薇から黄薔薇に変わった花壇の前で、黒い影が蹲っていることに気が付いて身を怯ませた。

「誰だッ?!」

「その声……剣城?」
むくり、と黒い影は起き上がるとこちらへ大きな双眸を向ける。
その声と顔は見間違えようがない。

「――松風、なのか?」
信じられずに言葉が一瞬、上手く出てこなかった。

「そっか、剣城は吸血鬼だったんだね」

「そういうお前こそ……人狼だな」
月明かりの下でお互いの、本来の姿を晒し合う。

天馬の本来なら丸い耳の部分からは髪と同じ栗色の耳が生え、ふさふさとした尻尾と人間のモノとは言えない鋭い爪を携えた姿。

一方の剣城は蝙蝠のような漆黒の羽と鋭い八重歯、そして瞳は黄色ではなく金色に輝いている。

「剣城の羽、かっこいいねー触ってもいい?」

「ま、待て!なんでお前そんなに冷静なんだよ。もっとこう……驚かないのか?」

「え? だって俺は嗅覚でわかってたからなぁ」
その言葉と共に鼻を器用に動かして見せると天馬は言葉を続ける。

「俺の鼻は人間の姿でも狼に変わった時と同じなんだ」

「驚かなかった理由はわかった。じゃあなんでここにいるんだ?」

「それは、」
急に口ごもり何やらモジモジし始めた天馬に気味が悪いとばかりに剣城は見る。

「俺たち人狼にとって満月って発情期なんだ……それで、その。俺は満月の夜はここで走り回っていいって許可を貰って発散してるんだよ」

「発情するのか」

「口に出して言わないでよ!俺だって好きでなってる訳じゃないんだ!!」

頭を振ってやめろと言う天馬。
動いたことでふわりと甘い匂いが剣城の鼻腔に届く。

「松風、お前どこか怪我してるな?」

「え、あ、そう言えばさっき走り回った時に」
そう言ってむき出しの肘を見ると、かすり傷がある。
その傷口からあの芳醇な匂いが漂っているという事実に剣城はただ黙ってそこを見つめた。

「まさか狼男の血がこんなにいい匂いなんて」

ひとりごちて言った言葉に「もしかして朝、飲めないって言ってたのは血の話?」と天馬が問いかける。

「ああ。俺は今までどんな人間の血液を飲んでも口に合わなかった。けど、これなら……」

「いいよ」
短く天馬が返事をした。

「俺の血を剣城にあげる」

「あげるってなんでそうあっさり言える」

「でも、俺からも条件があるから」
雲が流れ、満月が綺麗に顔を出し2人の顔も照らし出す。

「俺の相手して?」

「はぁ?!お、お前それって、男同士だぞ!」

「触り合いっこならいいでしょ?」
息が荒くなった天馬が首筋に顔を埋め始め、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

「お願い……血、あげるから」
顔をあげた天馬の目はすっかり興奮しきっている。
それは月の影響なのだろうが学校で見せる顔とは違った一面に剣城は目を逸らすことができない。

そして鼻腔に届く香りが甘く誘いかけ、まるで酒を飲んだ時のように頭がぼうっとなる。
いつの間にか剣城も興奮状態になっているらしかった。

天馬の手はズボンの中心部の形を確かめるように撫でさすると、視線をこちらへと向ける。

「す、っ、……好きにしろ。俺も好きにするからな」

どうにでもなれと思いながら剣城は傷一つない天馬の首筋に牙を突き立てた。


はたして剣城と天馬が慰めあいだけで済んだのか、それは顔を歪めて笑う下品な満月のみが知る。

***
ハッピーハロウィン!
一度はやりたかった人外ネタ。

タイトル:にやり



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