※口移しネタ


放課後の帰り道。

剣城は自販機の前に立っていた。
兄との面会も終わり、変わらず元気そうな姿を見て安堵したと共に喉が渇いた。

帰路につく前に潤すのも悪くない。
そう考え、ポケットから小銭を取り出すと投入口に入れる。
チャリンと小気味のいい音と共に小銭が落下し、飲み物を選ぶランプが点灯した。

「……」
剣城は並ぶ缶ジュースを見つめていたが、赤いデザインの炭酸飲料を選ぶ。
取りだし口から掴んだそれは冷たくて心地よい。
どこかに腰を下ろして飲むとしよう、そう考えると剣城は脳裏に浮かんだある場所へ向かって足を動かした。

◆◆◆

茜色と藍色が混じり合う夕方の河川敷。
剣城は河川敷へと下りることが出来る階段に座り込み、いざ炭酸を飲もうとしたところで気が付いた。

「あいつ、ここで練習してんのか」
その目線の先にはカラフルなタイルの上でドリブルをする同い年の少年の姿。

松風天馬が、一生懸命にドリブルをしていた。
暫く見ていると、どうやら赤いタイルと青いタイルを踏むステップごとに動きを変えているらしい。
出会った当初からドリブルが機敏であった理由はこれか、と剣城は納得する。
プルタブを引っ張り、一口喉を潤しながら天馬の練習を剣城は眺めることにした。

まだまだ動きは粗い。
それでも一生懸命だ。

あいつは練習すればするほど、これから上手くなるのだろう。
いつか自分と真剣に張り合えるほどの腕前となったら試合はかなり面白い物になるかもしれない。
そんな考えを巡らせながら観察していると、ふいにその顔がこちらを向いた。

「……!」

「あ! 剣城!!」
嬉しそうに顔を綻ばせた天馬はボールを抱えると、汗を拭いながらこちらへ走ってくる。

「どうしたの?」

「兄さんの見舞いの帰りだ。お前こそ、こんな時間までずっと練習か?」
部活が終わってから結構な時間が経っているはずだった。

「うん、ドリブルの練習は日課になってるんだ。やればやるほど何か、新しいことが見えてくる気がして」

「ふーん」

「それに、まだまだ俺は下手だから」

「そうだな」

下手という言葉を否定しない剣城に、少し恥ずかしそうに天馬が笑う。

「剣城と張り合えるくらい上手くなってみせるよ!」

「俺はどんどん先を行くぞ」

「いいよ、俺も追いついてみせる」
皮肉のつもりで言った言葉も、天馬は真っ直ぐにそう返す。

松風天馬はそういう奴だ。
だから嫌いになれない。

「ん、飲むか?」

先ほどまで練習していたのだ、天馬も喉が渇いているだろう。
そう思って目の前に缶ジュースを差し出す。

「回し飲みくらいするだろ?」
驚いた顔をする天馬にああ、と思って付け足すが、どうやらそうではないらしい。

「これって炭酸だよね? ごめん、炭酸って苦手なんだ。口がビリビリする感じがしてたくさん飲めなくって」

「へぇ、じゃあ口移しで飲ませてやろうか? 一旦口に含んだ奴なら炭酸も飛んで飲めるかもな」
剣城は冗談のつもりでそう言って缶ジュースに再び口を付けたが。

「してくれるの?」
思わぬ天馬の返答にジュースを吹き出しそうになる。

「口移し、してくれるの?」
期待を込めた目で天馬が自分の口元を指さしている。
しまった、コイツに皮肉は通じない、と剣城は焦る。

「人が通るかもしれないだろ」

「もう暗くなってきたし、大丈夫だよ」
天馬が少しこちらへ詰め寄る。
その顔は緩んでニマニマとしている。

「言い出しっぺは剣城だよ?」

「……チッ」
からかうつもりで言うんじゃなかった、と悪態を噛みつぶして剣城は缶ジュースに口を付ける。

そのまま相手の了承を待たずに、天馬が着込んでいたジャージの襟刳りを掴んで引き寄せた。

「んっ……」
舌を天馬の口内へ割り入れると相手の舌へ絡ませながら炭酸水を送り込む。

「ぅ、ん……ん、」
なかなか含んだものを全部送り込むのは難しく、口元をジュースが伝って落ちるのがわかった。

「ん……ぷ、はぁっ……」
唇を離すと真っ赤になった天馬の顔がそこにある。

「情けねぇ顔」

「だ、だって今のキス、凄かった……」

凄かったなんて感想を言われてしまうと、こちらまで恥ずかしくなってくる。
ぐいっとシャツで乱暴に口元に垂れていたそれを拭うと、剣城は誤魔化すように立ちあがって帰る、と告げる。

「練習 ほどほどにしとけよ」

「剣城! 明日の練習、付き合ってくれる?」
了解の代わりに歩きながら手をあげると、ありがとうと返ってきた。


そして帰途、残りの炭酸を口にしている時。

「――ッ!」
剣城は天馬の舌や息遣いを思い出し一気に動悸が激しくなる。

「暫く、炭酸は飲めねェかも……」
赤いアルミ缶に映える白いロゴを見て、少しだけ恨めしそうにそう呟いた。

***
「炭酸飲料を口移しで飲むと媚薬効果があるらしい」という噂?が元ネタです。
媚薬効果発揮まで力及ばず


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