京介は知っていた。

この部屋にたまに来る、鬼道有人という人間が飼い主である不動と恋人関係であることを。
高級そうなスーツと妙な眼鏡をかけたその人物が、この部屋で飼い主と甘い睦言を交わしていることを。

『あきおのあんな声を聞いたら、部屋にいらんねぇよ』
脳裏に甦ったやりとりに恥ずかしさで毛が逆立つ。
なんとか毛づくろいをして、毛並みを落ち着かせると部屋をぐるりと見回した。

『はぁ……とりあえず……』
目線の先に、5センチほど開いた網戸。

『久しぶりに、出るか』
ひょいと軽い身のこなしでソファーから下りると、京介は網戸の傍に行く。
野良猫から飼い猫になって、暫く外を見ていない。
さほど変わらないのではあろうが妙に緊張してしまう。
ゆっくりと前足でその網戸をずらし、身体を外へと滑り込ませた。


『さて、どこから行くとするか……ん?』
ブロック塀から辺りを見回していた時、見覚えのある人物を見つける。
嬉しそうに袋を抱えて、ゆっくり歩くその女性。

天馬の飼い主だ。
名前は確か……秋姉ぇと呼ばれていた。
しかし今日はどうやら買い物のみを済ませたらしく、リードもあのフワフワの毛玉も見当たらない。

『……』
京介はゆっくり気付かれないように、その後を追ってみることにした。


◆◆◆

木枯らし荘すぐ傍にある犬小屋で、昼寝をしていた天馬の耳がピクリと動く。

『秋姉ぇが買い物から帰って来た!』
足音がどんどんと近くなり、予想通り両手にたくさんの買い物袋を抱えた秋がこちらへと向かってきた。

「ただいま、天馬!」

「わんっ」

「夕ご飯まで、もうちょっと待っててね」

「わふ!」
尻尾をブンブンと振って勢いよく返事をする天馬に、秋はニコニコと頬笑みながら木枯らし荘の中へと入っていった。

『今日のご飯はなんだろう! 楽しみだなぁ……あれ?』
浮かれていた天馬が鼻をヒクヒクと動かして、気が付く。

『京介……?』
顔見知りの黒猫の名前を口に出す。

ひょんなことから出会って天馬が一目惚れをした猫なのだが、彼は散歩はしないと以前、言っていた。
しかし、このにおいは確かに京介のものである。

『オレ、疲れてるのかなぁ……気のせいかな』

『気のせいじゃねぇぜ』
にゅっと屋根から飛び出た黒い影。
驚いて天馬が上を見ると山吹色の目を持つ黒猫がにんまりとその目を細めて覗き込んでいた。

『きょ、京介!? 本当に京介だ!』
軽い身のこなしで屋根から降り立った京介を見て、天馬がまだ信じられないと言った声を出す。

『お前、ここに住んでたんだな』
ちらりと木枯らし荘の方へ目を向けると、年季の入った建物が聳え立っている。

『うん。秋姉はここの管理人っていうのをやってるんだ』

『古そう……だな』

『でも中は綺麗だよ! で、京介はお散歩?優一さんは?』

『兄さんは火曜日、病院で検査入院しているんだ……それに、』

『それに?』
素直に飼い主の恋人の話題を出そうかと迷ったが、口を噤む。
脳裏にまたあの情景が浮かんでしまい、慌てて振り払う動きをすると、天馬が不思議そうに首を傾げた。

『……たまには外の空気もいいもんだ、と思ったんだ』

『そっかー! 今日は京介に会えないと思ってたから嬉しいなぁ』

『そういやお前、今日は夕方なのに散歩しないのか?』
いつも4時ごろ天馬は飼い主の秋に連れられて散歩コースとなっているブルーハイツの前を通る。
そしてお決まりのように網戸に顔をくっつけて、京介に会いに来るのだ。

『今日は秋姉が買い物をたくさんしてリードが持てないからって、朝早くに散歩を済ませちゃったんだ』

『そうだったのか……』

『寂しかった?』

『はぁ? 言ってろ』

そんな軽いやり取りをして笑い合った。

***



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