グラウンドの端にある水道は他の部員たちも利用しているが、タイミングよく誰も今は使っていない。
すぐに蛇口を思い切り捻ると出てきた水を容赦なく顔に浴びせる。
そうすることで少しだけ心の苦しさが紛れるような気がしてきた。

顔面が十分に濡れた所で顔を上げると、目前に白いタオル。

「ありが……」
マネージャーであり自分の行動をよく知る葵が持って来てくれたのだろう、そう予測して顔をあげたつもりだった。

しかしそこにタオルを持って立っていたのは剣城だ。

「ありがとう」
タオルを受け取ると水を止めて顔を拭う。

「お前、何かあったのか」
剣城は真っ直ぐに天馬を見つめて、そう問いただした。

「なん「なんでもないって顔じゃねぇだろ」

否定しようとした言葉の上からすぐに剣城が言葉を被せてくる。
逃げ場はどうやらないようで、天馬は自分の気持ちを吐露することにした。

「剣城は……あまりかっこいい技を使わないで欲しい」

「……はぁ?」
ワンテンポ遅れて、剣城が呆れた声と共にぽかんと口を開けている。

「勿論、大会でそんなこと言っていられないってわかってるんだ。けど……今日、俺のクラスの女子が……」

「おい、ここじゃ他の部員に聞かれるぜ。こっち来い」

言葉尻がどんどん萎んでいく天馬を見兼ねて校庭傍の木陰まで連れて行く。
そこは日差しが遮られている分、少し涼しい。
それが天馬の心を少し宥めた。

「で、クラスの女子がなんだって?」

「剣城がかっこいいって……」

「それを松風は聞いてどう思ったんだ」

「なんか……凄い嫌な気分になっちゃったんだ……こう、モヤモヤするというか」
天馬がそう言いながら様子を窺うように剣城を見ると、何故か顔が赤らんでいる。
肌が白いせいか、ハッキリと見て取れた。

「え、剣城……?」
状況が掴めず数度、瞬きをする天馬を剣城は睨みつけた。

言うか言うまいか悩むように数度唇を開閉させていた剣城だったが、やや抑えた声量で指摘する。

「自惚れじゃないぞ……お前、それ……嫉妬してんじゃないのか」

あの時の状況を振り返る。
剣城が話題の中心にあがったこと、かっこいいと言われていたことに対してどうしようもなく苦しい気持ちになった。

「嫉妬……そっか、俺、クラスの女子にやきもち妬いてたんだ」

「周りの言う奴に振り回されたのか?松風らしくないな」

「だ、だって剣城がかっこいいのは事実だけどさ、それを知ってるのは俺だけでいい!」

天馬がそう言い放った後に、訪れた沈黙。
赤らんでいた剣城の顔がますます朱に染まっていく。今では首まで赤い。

「剣城、大丈夫?」
顔から湯気が出るのではないかと言うほど熟れている。

「うるさい! サラッとよくそんなこと言えるなお前はッ」

「本当のことだよ?」

「思っても口に出すな! ったく、心配して損した気分だ」

「えぇー」
そんなやり取りをしている時、暫くしても戻ってこない1年2人を心配してか神童が遠くから声を掛けた。

「天馬、剣城 そろそろ練習を再開するぞ」

「あ、はい! 今行きます」
了承の代わりに手を振って応えると、神童も頷いてグラウンドへと戻って行った。

「ありがとう剣城、俺もう気にしないよ!」

「……1つ教えておいてやるよ」

「ん?」
まだ顔に熱が残っているらしい剣城が手の甲を頬に当てて冷ます仕草をしながら続けた。

「お前も俺のクラスで話題になってるんだぜ」

「……え、」

「マッハウィンドウを決めた奴がかっこいいって、な」

「えええー 知らなかった!!」
自分の技を褒められたことで天馬は少しむず痒い感覚を覚えた。

「そいつらにちょっと俺もイラつくことがある。けどな、そんなかっこいい姿を誰よりも間近で見られるのは俺だけだと思ったら気にならなくなる」

そう返すと今度は天馬の顔に熱が集まりだし、あっという間に立場が逆転する。
いつも悠然としているイメージの強い剣城が、他人の間で自分が話題に出ることを気にかけてくれるなんて。

嬉しいと同時に先ほどまで剣城が恥ずかしがっていた理由を天馬は少し理解した。

「そっか……剣城のかっこいい技を間近で見られるのも俺だけだよな」

「気にならなくなっただろ」

「うん。やっぱり剣城は凄いや」

「凄くなんかねぇよ。行こうぜ、早く練習の続きがしたい」

「あ、そうだね 戻ろう」
熱くなった頬を軽く叩いた天馬と一度深呼吸した剣城は他の雷門メンバーがいるグラウンドへと戻って行った。



「よーしお前ら、練習を再開するぞ!」

「はい!!」

円堂の掛け声に全員が揃い、勢いよく返事をして練習が始まる。

戻って来た天馬と剣城の様子を見ていた山菜茜は、カメラ越しから覗くのをやめてポツリと嬉しそうに呟いた。

「2人とも、前よりちょっと仲良くなったみたい」

「ん?そうか?」

その呟きに水鳥も2人を見やるが特に真新しい変化は見受けられなかった。

「茜」

「なぁに?水鳥ちゃん」

「いや、今ちょっと嬉しそうじゃなかった?」

「ウフフ……」
いつも通りの和やかな笑みでそう応えると、茜はカメラを構えて練習に取り組み始めた2人にピントを合わせた。

「いくぞ 剣城!」

「来い 松風!」

そんな2人のやりとりを耳にしながら茜は1度、シャッターを切った。

「注目のルーキー2人の仲良し記念」

***
やきもちネタ美味しいです。
個人的に剣城のほうが嫉妬心強いイメージがあります。




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