*ホーリーロード前くらい。
*天→京
*雷が怖い天馬の話

雷門中学内、サッカー棟にて。


「うわーすっごい雨だねぇ」

どこかはしゃいでるようにも取れる西園信助の声が部室内に響いた。
窓をこれでもかと叩きつけるような雨。
その量は多く、校庭が薄鼠色に霞んで先が見えない。
上級生は全員すでに帰っている。
信助と天馬は残り、つい先刻まで自主的に始めたボール磨きに夢中になっていた。

「どうしよう信助! オレ、傘持って来るのを忘れたああああ!」
天馬は青い顔をして呆然と外を眺め、狼狽える。

「あちゃー……ボクの傘に入ってく?」
遠慮がちに差し出された緑色の折り畳み傘。
入ろうとすれば信助が濡れてしまうことが一目瞭然である。

「大丈夫!オレはもうちょっとここで雨宿りしてくよ」

「え、でもいつ止むかわからないよ?」

「なんとかなるさ!」
天馬は前向きな口癖と共にニカッと笑う。
そう言われると自然と信じてしまう不思議な言葉に信助は頷いた。

「じゃあボクは先に帰るよ。バイバーイ!」

「明日も練習、頑張ろうな! バイバイ!」
互いに手を振り合い、信助の姿が見えなくなると天馬は部室を見回す。

「そうだ。折角なんだからDVDで過去の練習試合を見て技の研究をしよう!」
キラキラとした眼差しでDVDが並ぶ本棚の前に移動した時。

自動ドアの開閉する音と共に、1人の人物が入って来る。

「……チッ まだ居たか」

ポケットに手を入れ、剣城京介は不機嫌そうに呟いた。
意外な相手の登場に少し天馬は目を見開く。
部活に参加すらしない剣城はとっくに帰ったと思い込んでいた。

「剣城もまだ学校にいたんだ」

「どこで何しようが、俺の勝手だろ」

「あー……そうだよな。変なこと聞いてごめん」
フィフスセクターから来た管理者という立場。
きっとそんな位置にいるからこそ、やらねばならないことがあるのだろう。

天馬はそれ以上、気にすることを止めて見るべきDVDを選ぶ作業に戻る。
横目でチラリと剣城を見れば、円形のソファーに腰を下ろしていた。
視線は自身の赤い携帯電話に注がれている。

「あ、三国さんたちが1年生の時の映像がある……これにしようかな」
これから映る映像に期待をしながら持ち出そうとした時、不穏な音が響く。
ゴロゴロと、まるで大きな獣が唸るそれにも似たような低い音。

「ま、まさか雷?」
窓の外に出ている濃灰色の雲の隙間から光がチカチカと漏れた次の瞬間、ピシャンと叩きつけるような雷鳴が響き渡る。

「うわぁっ」

「わ、」


その音に驚く声は2つ。
天馬がもう1つの声を出した本人を見やれば、身を強張らせている。

「もしかして剣城も雷、苦手?」

「だったらどうした」
低い声で睨みつけながら言うが、迫力に欠けているような気がした。

「ちょっと意外かなって……」
威圧感を全身から出している雰囲気の剣城には怖いものがないように見えた。
しかし、自分と同い年なのだ。
怖い物の1つや2つあって当然だろう。
そう考えると剣城に少し近づけたような感覚を覚え、天馬の口元が緩む。

「お前」
なんで笑ってやがる、と続けようとする言葉を遮るように次の雷鳴が轟いた。
学校に設置されている避雷針へと落ちたのか、先ほどとは桁違いに大きい。

「わあああっ!!!」
その音に驚いた天馬が慌てて剣城の座るソファーの方へと移動する。

「隣、いい?」
本当に怖がっていることがよくわかる。
そしてまだチカチカ光るそれに不安を拭えないのは剣城も同じなのだろう。

「好きにしろ」
短くそう答えると、また携帯に視線を戻す。

「言うなよ」

「え?」

「俺が、雷が苦手だってこと、言いふらすなよ」
携帯を見つめたままの剣城の眉が少し顰められた。

「言ったりしないよ。だって、俺も苦手なんだ」

「そうか」

「今日、傘持って来るのを忘れちゃって……剣城は?」

「似たようなモンだ」
不安を紛らわすように短い会話をぽつぽつと繋ぐ。

しかし、それを嘲笑うかのように次の雷が落ちた。
地面を貫くような轟音と、続く地響き。

「わああああ怖いっサスケー!!」
ギュッと目を閉じ、無我夢中で剣城にしがみついて飼い犬の名前を呼ぶ。


それが小さな頃から天馬が雷をやり過ごしてきた方法だった。
木枯らし荘に越してきてからは、こうして不安がる天馬の頬を舐めて慰めてくれるサスケ。
しかし、今そのサスケはここにいない。

「おい」
頼もしい鳴き声の代わりに降りかかる低めの声。
ゆっくり双眸を開けた天馬の目の前に、不機嫌そうに顔を歪めた剣城の顔があった。
普段は他の部員たちと距離を取り、高みの見物を決め込んでいる剣城。
その顔を間近で見るのは初めてだった。

いつもは鋭い眦を携えている両目が戸惑いから見開かれている。

「ごめんっその、いつもの癖で」

「抱きつき癖があるのかよ」

「抱きつき癖って……」
妙な言い方をするな、と反論出来なかった。

現に自分は剣城をガッチリ抱きしめている状態だからだ。
サスケ代わりとは言え、いつまでこうして抱きしめているのは確かに変だった。
しかし。
なかなかどうしてか、自分の中の何かが離れるのを拒否している。

「いつまでそうやってるつもりだ」
雷の音は遠のきつつあるのに未だしがみ付いている天馬を剣城が睨む。
一体何がそうさせているのだろう、と不審がる剣城を暫く見つめ、天馬は思考を巡らせ始めた。

「聞いてんのかよ、天馬クン」
呆れたように天馬の拘束から逃れた右手で剣城が髪を掻き上げた。

ふわり、と清涼感のある香りが天馬の鼻腔を擽る。

心臓が大きく跳ね上がった気がする。
その匂いを意識した途端、天馬の体温が急上昇した。
それを覚られないようゆっくり手を離し、身体を離し、ソファーから立ち退く。

「……聞いてるよ」
早鐘を打つ胸を沈めるように制服のズボンをギュウッと握りしめる。

「外、晴れてるぜ」
剣城が顎で指し示した方を見やれば先ほどの土砂降りがまるで嘘のように、分厚い雲の隙間から青空が見えている。

もう帰れる状況である。
と判断した剣城は携帯のフラップを閉じてドアの方へと歩いて行った。

「あ、あのさ、剣城」
その呼びとめに、一瞥する視線を向ける。

「その……シャンプーとか何を使ってる?」

「…………」

暫くの沈黙の後、応えること無く剣城はポケットに手を突っ込むと部室を出て行ってしまった。

取り残された天馬は少し、寂しそうにその先に視線を向ける。

「いい匂い、だったなぁ……」
微かに鼻腔に残ったその香りを、もう少しだけ覚えていたいと思いながら部室を出る準備を進めた。

***
2人とも雷が怖かったら可愛いな、という妄想と剣城はいい匂いがしそうだなという妄想をくっつけました。



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