いとこと過ごす夏
ジュニア選抜が終わってから数日。氷帝テニス部では、三日間の夏休みを貰い、今日はその二日目。
美麗は家族で神奈川県にいるいとこの真田家へとやってきた。


「お邪魔します。」
「いらっしゃい、紗夜さん。」
「久しぶりねー結稀さん。」
「元気そうね、美麗ちゃんもすっかり大きくなって……ますます可愛くなった。」
『こんにちは、おばさん。』
「おー、よく来たな理人!」
「よ、兄さん。」
「翔も元気かー?」
「元気だよー!」


真田家の家族と久しぶりに再会し、会話も弾む。靴を揃え、居間へと足を踏み入れる。
真田の母、結稀と美麗の母、紗夜は仲良く台所へ。
真田の父親、昭人は美麗の父親、理人の兄。兄弟も久しぶりに対面し、今夜酒でも飲むか!と笑い合っている。


『ねぇ叔父さん、弦は?』
「弦一郎ならまだ部活だぞ。帰ってくるのは夕方かな。」
『そう。』
「あ、ちなみに弦一郎は美麗達が来る事を知らない。」
『………叔父さんナイス!いい事思いついちゃった!翔ー!ちょっと来なさい。』


ニヤ、と笑い、弟と何やら作戦会議。楽しそう!とはしゃぐ翔と、ウヒヒらと怪しげに笑う美麗を見て、何をするのかワクワクしている真田の父、昭人。
お昼時、昼食を食べ終わった美麗がデザートにアイスを食べていると、玄関から「ただいまー。」と声がした。


「ふー…あっちーなぁ………お?」
『……竜?』
「…あ、美麗か!いやーびっくりしたー!なんだお前、ずいぶんいい女になったな!一瞬誰だかわかんなかったぜ。」


帰って来たのは真田の兄、竜太郎。結婚して、この家を出ているが、長い休みの日は必ず帰ってくる。真田と性格は真逆で、明るく、おおらかな人だ。
美麗も小さな頃から彼を慕っていた。
竜太郎は美麗の頭を撫で、優しく笑う。なんだか懐かしくて、美麗も嬉しそうに笑った。


「美麗姉だー!」
『左助!』


竜太郎の後ろから、竜太郎の息子、左助が美麗に飛び付いた。
左助が四歳の頃以来会っていなかったが、左助は美麗を覚えていたみたいで、嬉しそうに引っ付いている。


「わーい、美麗姉久しぶりー!」
『ホントね。大きくなったわね、左助。』
「うん!」
「あー!左助!姉ちゃん独り占めするなよ!離れろー!」


翔が美麗に抱き着いている左助を見て、ムッとしか顔をしながら引きはがそうとする。


「翔だけの美麗姉じゃないだろ?いいじゃんか!」
「ダーメー!」


美麗を取り合い、喧嘩する二人を見て、竜太郎は暢気に笑っている。


「モテモテだなー美麗は。」
『まぁね。』


翔と左助は会うと必ず喧嘩をする。喧嘩の内容は果てしなくくだらないものだが。だけどホントはとても仲良しな二人。
現にさっきまで言い争いをしていたはずが、もうおさまっていて仲良くお喋りをしている。


「左助!セミがいる!」
「え、どこどこ!?」
「ホラあそこ!」
「ホントだ!おとーさんー!セミ捕って!」


庭の木に、セミが一匹とまっているのを見つけた翔と左助は、目を輝かせて竜太郎に捕って!とせがむ。


「よーし、お前ら静かにしろよー…………ホイッ!」
「やったぁ!」


ジリジリと近づき、素早くセミを捕まえる竜太郎。
翔と左助は跳びはねて喜ぶ。
セミはメスらしく、鳴かなかった。


「美麗姉ー!見てみてセミー!」
ひぃ!?ち、近付かないで!!』


左助がセミを片手に美麗の元に歩み寄る。が、美麗はズササッ!と後ずさる。


「あー、美麗虫ダメなんだっけか。」
「セミ可愛いのにー。」
『どこが!?気持ち悪いだけじゃない!』
「可愛いよ?ホラ触ってみなよ美麗姉!」
『ムリムリムリムリムリムリ!!』


全力で否定するが、それでも迫ってくる左助に、美麗は悲鳴を上げて逃げていった。それはもう一瞬で、風の如くスピードで左助達の前から姿を消した。


「…あれ、美麗姉がいない。」
「…姉ちゃん忍者みたい。」
「相変わらず足速いなぁ…。」


そして夕方。
部活から帰って来た真田は玄関にある沢山の靴を見て、首を傾げた。こんなに沢山の客人とは珍しいな…と不思議に思いながらも、居間へと進む。
襖を開けた瞬間、何かが飛び付いてきて、思わず「うわっ!?」と叫ぶ真田。重さに耐え切れず、尻餅をつく。


「……な、ななな……っ!」
「ゲンイチローお帰りー!」
「お帰り弦兄!」
「…さ、左助くんと………翔?」


飛び付いて来た人物を見て、目を丸くさせる真田。


『げーん!お帰りー!』


真田の後ろから抱き着く美麗。


「み、美麗!?なぜここに…」
『ふふっ…家族皆で遊びに来たの。びっくりした?』
「…あぁ。」
『作戦大成功ね。』


嬉しそうに笑う美麗と左助、翔につられて、真田もフッと笑う。


「お帰り弦一郎。」
「兄さん…帰ってたんだな。」
「まぁな。夕飯出来てるぜ?左助も翔も、手洗ってこい。」
「「はーい!」」
『夕飯何?』
「喜べ美麗!今日の夕飯はキノコ尽くしだ!」
『ホント!?きゃー!急がなきゃ!弦、早く荷物置いてこい!五秒以内!』
「いや無理だろう。」
『いーち、にー、ごー!はい残念ー!夕飯なしの刑ー!』
「待て待て待て!三と四は!?」
『めんどいから飛ばした。』
「そんなの認めん!やり直せ!」



美麗が『わかったわよ。いーち、にーぃ……』と数えている間、真田は猛スピードで荷物を片付けた。


『ごーぉ……ギリセーフね。』
「はぁ、はぁ……(というかなぜ俺は美麗に従っているんだ?)」


真田はささいな疑問を抱きながらも、五秒で終わらせた自分を「よくやったぞ弦一郎!」と褒めたたえた。
夕飯は竜太郎が言った通り、キノコ尽くしだった。
美麗は幸せそうにキノコを頬張る。


「ホントに美麗ちゃんはキノコ大好きね。」
「いつからこんなに好きになっんだっけか?」
「……確か小学生の頃だったわ。皆でキノコ狩り行ったでしょう?あの時よ。」
「あー、キノコ狩り。そういやそうだったな。」
「その時初めてキノコを食べて、それからよね、キノコ好きになったのは。」


懐かしいなぁ、と大人組は頬を緩ませる。


『ねぇ弦。キノコちょうだい。』
「…まだ食べるのか?さっき兄さんにももらっていただろう。」
『まだ食べ足りない。ちょうだい。』
「…仕方ないな、ホラ。」
『ありがと。』

「翔、人参あげる!」
「やだよ!いらない!」
「いいからいいから。ホイ。」
「いらないって!自分で食べろ!ついでにピーマンあげる。」
「いらないよ!翔だって人の事言えないじゃんか!」


美麗の隣でぎゃーぎゃー騒ぐチビ二人は互いに嫌いな食べ物を押し付けあっている。


「翔!何度も言ってるでしょ?ちゃんと食べなさい!」
「左助もな。」
「「うー……」」


嫌そうな顔をしながら、人参とピーマンを見つめる左助と翔。


『二人とも知ってる?』
「「何を?」」
『ちゃんと食べないと、もったいないお化けが出てくるのよ。』
「…お化け?」
「俺そんなの怖くないもん。」
『ふーん、知らないわよ連れていかれても。もったいないお化けはね、食べ物を残した悪い子を連れて行っちゃうんだから。』
「…どこに?」
『暗い暗い場所。冷たくて、寂しい場所。連れて行かれたら最後、二度と戻ってこれないわ。』
「「……」」


二人は無言で人参、ピーマンを見つめ、やがて勢いよく食べた。


「俺、ちゃんと食べる。」
「…俺も。」
『うん、偉い偉い。』


美麗は満足そうに笑い、二人の頭を撫でた。
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