ジュニア選抜【2】
合宿二日目。
各班それぞれのメニューを開始。
美麗は杏と桜乃の三人で竜崎班へ向かっていた。他愛のない話をしながら、竜崎班に近づくに連れて、何やら騒々しいのに気付く。三人は顔を見合わせ、首を傾げる。


『とにかく、行ってみましょう。』
「そうですね…」


「―――たった今この問題は俺達だけで解決しようって言ったばかりじゃないか。」
「この問題って?」
「うおっ!杏ちゃん!?」


いきなり現れた美麗達に、神尾はびっくりして飛びのく。


『何してるの?ボール持ってきたから。ここ置いとくわね。』
「あぁ、ありがとう。」
「ねぇ、この問題って何?何かあったの?」
「…い、いや…」
『さ、二人とも次行くわよー。』


美麗が話を逸らそうと、二人の背を軽く押す。その時、桜乃が赤也の様子に気付く。


「切原さん!どうしたんですか?そのケガ!」
「……ちょっと転んだだけだ。」
「転んだ…?」
『そうなのよー。赤也ったらね、階段から転げ落ちたの。バカでしょー?笑ってやってよ、このマヌケ!って。』


アハハと笑いながら毒を吐く美麗に、赤也は「…そこまで言わなくても…」と落ち込む。


『さ、二人とも行くわよ。』
「あ、はい。」
「……」
『………杏?』
「あ、は、はい!」


赤也を見ていた杏の様子が少しおかしい事に、美麗は直ぐさま気付いた。確信は出来ないけど、何かあった事はわかる。
なんでもないように笑う杏を、ただ静かに見つめた。
その後、美麗は一人で華村班に足を運んだ。華村班では忍足、天根ペア対神城、伊武ペアの試合中だった。


『華村先生、これ、ここに置いておきますね。』
「あら、ありがとう。」
『ん?…珍しい組み合わせね。』


美麗はコートを見て呟いた。
忍足、天根ペアはなかなか気が合うらしく、天根のボケに忍足がツッコむ、漫才を繰り広げている。


「よぉ美麗。サボってねーみたいだな。」
『当たり前よ。』
「ま、せいぜい頑張んな。」
『心篭ってないわ!ホントムカつく!さっさとハゲろバーカ。』
「お前がハゲろ。」
『女の子に向かってなんて事言うのよ!その髪むしり取ってやる!』
「っいだだだ!!やめろマジでハゲる!!」
『ハゲろハゲろ!』
「仲良しねぇ。」
「いや止めましょうよ。」



二人の喧嘩は数分続いたが、最後は跡部が降参して終わった。
悔しそうな跡部に対して美麗はフフン、と勝ち誇ったような笑み。そして樺地に『頑張ってね』と言い去っていった。
跡部は小さくなっていく美麗の背中を睨みつけ、「次は負けねェ!」と強く言い放った。


翌朝。
竜崎班は10時まで自主練。
華村班はトレーニングルームでトレーニング中。
榊班は練習試合を行っていた。
ボランティアチームは今日も朝から大忙し。朋香と美麗は荷物を抱え、はぁー…とため息をついた。桜乃はそんな二人に苦笑い。


『あーやだやだ。なんで朝からこんな重労働なんか…』
「全くですよねー…こんなんじゃリョーマ様応援出来ないじゃない。ねぇ桜乃?」
「……そ、そうだね…」
『まぁいいわ。さっさと終わらせましょう!じゃあ二人は榊班、お願いね。私は華村班行くから。』
「「はい!」」


二人と分かれ、美麗はトレーニングルームを目指す。
軽くノックをしてから部屋へ足を踏み入れた。たくさんのトレーニング器具があり、選手達はそれぞれ自分の好きなようにトレーニングをしていた。


『華村先生、タオルとドリンク持ってきました。』
「ありがとう。」


ドリンクとタオルの入った箱を先生の近くに置いてから、美麗は改めて周りを見渡す。


『…すごい。』
「でしょう?皆私の言う事しっかり聞いてくれて…頑張ってるの。」
『は?』
「先生とっても嬉しいわぁ。」
『いや…私は設備の事を言ったんですけど。』


華村先生は頬を軽く染め、うっとりした表情で続ける。


「これもひとえに私のカリスマ性というか、人望の厚さの賜物かしらね。ね?そう思わない?雪比奈さん!」
『………そうですね…』


ぐいぐい迫ってくる華村先生に、美麗は後ずさりしながら答えた。そしてさっさとその場を離れたのだった。

その頃、竜崎班で起こった例の事件が解決されていた。
暢気に廊下を歩いていたら、大石達がいるのを目撃した美麗。向こうも美麗に気付き、駆け寄ってくる。どうかしたのかと聞けば、犯人がわかったと教えてくれた。大石達の少し後ろには、杏もいて。
美麗を見つめ、泣きそうな顔をしている杏に優しく微笑んでみせる。


『ちゃんと謝れた?』
「…っは、い。」
『そう。』


杏の頭をポン、と優しく撫でる美麗。


「……もしかして美麗ちゃんは最初から気付いてたのかい?」
『まさか。昨日、杏が教えてくれたの。だから理由も知ってるわ。確かに、殴りたくなる気持ちわかる。赤也の言い方は酷いもの。大好きなお兄ちゃんのこと悪く言われたら、嫌よね。』
「……はい…」
『でもね、杏。赤也はちゃんと変われると思うの。』
「どうしてっスか!?あんな危ない奴…!」


杏の隣にいた神尾が眉を潜めながら美麗を見る。


『じゃあ見てみなさいよ。』
「見る…って」
『あそこにいるの、リョーマと赤也じゃない?ちょうどいいじゃない。見てみるといいわ。』


美麗が指さした先はテニスコート。そこにはラケットを持ったリョーマと赤也の姿。
大石達は慌ててテニスコートに向かった。美麗はそのあとをのんびりついていく。

テニスコートについた時には、赤也とリョーマはただ普通に打ち合いをしているだけだった。
周りは呆然と立ち尽くしている。


「嘘だろ…あの切原が…悪魔化しないなんて…」
『ほらね。言った通りでしょう?』
「…あの言葉、嘘じゃなかったんだ……私、切原くんに謝らなきゃ…」


『…もう、大丈夫みたいね。』


美麗は楽しげにテニスをしている赤也を見て、微笑む。
そして反対側のフェンスの向こうにいる真田に気付くと、『大丈夫みたいよ。』と目で伝える。それが伝わったのか、真田はフッと笑い、踵を返した。


その日の夕方。
夕飯時は久しぶりに各班全員が揃い、ワイワイと賑やかだ。
一人で座る赤也の隣に、美麗が座る。


『隣、いい?』
「美麗先輩……どうぞ。」
『ちゃんと食べてる?』
「もちろんっス!」
『…赤也、よく頑張ったわね。』
「……え?」
『悪魔化、しなかったじゃない。』
「…あぁ…まぁ…」
『偉い偉い。』


美麗はふわりと笑い、赤也の頭をワシャワシャと撫でる。
されるがままの赤也。一瞬びっくりしたようだったが、その顔はすぐに嬉しそうな表情へ変わった。


『頑張れ。』
「……?…あ、はい!」


唐突に落ちた言葉に、一瞬理解出来なかった赤也だが、その“頑張れ”が何に対してなのかわかった途端、元気に返事を返した。


「あ、先輩、椎茸あげます!」
『やった!じゃあお肉あげるわ!』
「マジっスか!ありがとうございますっ!」


to be continued...


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