夏祭り
『ねぇ皆!』


練習終了後、部室で着替えていると美麗がノックもなしに入ってきた。着替え中だった彼らはうお!!と慌てて服で隠す。


「クソクソッ!ノックくらいしろよ!」
『何照れてんのよ。アンタら男でしょーが。なんで乙女みたいな反応してんの。』
「つーか普通逆じゃねーか?」
『別にいいでしょ、減るもんじゃないんだから。』



見慣れてるし。と笑う美麗に、…コイツホントに女?と疑いたくなった。そんな事より!と美麗は続ける。


『今日ね、お祭りあるんだって!近くの神社で!』
「祭り?」
「へー…」
『だからさ!皆でお祭り行こうよ!ね、いいでしょ?』
「面白そうじゃん!行こうぜ!」
「楽しそうやしな…たまにはええんとちゃう?な、跡部。」
「…そうだな。行くか。」
『よし決まり!じゃあ今日の夕方6時ね!』


こうして、皆で夏祭りに行く事になった。
まずはいったん家に帰り、祭りに行く準備に取り掛かる。
美麗が浴衣を着ようか迷っていた時、携帯が着信を知らせた。通話ボタンを押し、相手を確認せずに電話に出る。


『はーい?』
《あ、美麗ちゃん?俺やけど。》


ブツッと一瞬で電話を切り、何事もなかったかのようにまた準備に取り掛かる。が、またもや着信。


《なんでいきなり切るん!?》
『オレオレ詐欺かと思ったわ。』
《ディスプレイに名前表示されるやろ!?》
『で、何か用?』
あれ、無視?…まぁいいわ。あんなぁ美麗ちゃんにお願いがあんねんけど…》
『やだ。じゃあね。』
《ちょおぉぉ!!まだ何も言うてへんやん!人の話は最後まで聞こ!な!?》
『チッ……何よお願いって。』
《…今舌打ちした?》
『してない。いいから早く言えよ。切るわよ?』

《あー待って待って!祭りにな、浴衣着てきて欲しいんや!》
『浴衣?』
《そう。皆も浴衣着て来るよう頼んだから美麗ちゃんも。》
『皆浴衣?なんで?』
《その方が祭りらしいやろ?浴衣なんて滅多に着ぃひんし。》
『ふーん……そっか。わかった。じゃあね。』
《ほなまた。》


ピッと通話を終了し、携帯をベッドに放り投げる。クローゼットの奥から浴衣を何着か取り出しどれにしようか悩む事数10分。
よし、これにきーめた!と一着の浴衣を手に早速着付けにかかった。母がいないため自分で頑張る。苦戦しながらもなんとか着付け終わり、髪をセット。全ての準備が終わった時は集合時間30分前だった。
慌てて部屋を飛び出し、集合場所へ向かった。

集合場所には二年生だけが来ており、他のメンバーはまだらしく最後じゃなかった。と一安心。


『長太郎、若、樺地!お待たせ!』
「あ、美麗せんぱ……」
「……わぁ!」


美麗を見て、日吉は固まり、鳳は感嘆の声を上げた。
可愛いですね先輩!と鳳が笑顔で言う。「な、日吉。」と日吉に同意を求め、日吉は目線を外しながら「ま、まぁ…」と頷いた。
しばらく三人で会話をしていると、徐々に集まって来て、6時前にはもう全員が揃った。
皆ちゃんと浴衣を着ていて、元がいい彼らは周りよりずば抜けて目立っていた。
美麗はやっぱり見た目だけは一流よね…。としみじみ思った。…そんな美麗も十分に目立っているが。


『うわぁ…人いっぱい。』


祭り会場は人で溢れ返っていた。人々の声と祭り独特の音楽とが交ざり合い、とても賑やか。
そして出店の数も多い。
りんご飴に綿菓子屋、タコ焼き、かき氷、キュウリの漬物…定番なものから変わったものまである種類豊富な出店を、向日とジローは興味津々に見渡し、すっげー!と大はしゃぎ。


「チョコバナナー!」
「焼きそばー!」


向日とジローはそう叫びながら人ごみの中へ消えて行った。
残されたメンバーは全く…とため息をつきながらも対して気にする事もなく。そのうち帰ってくるだろ。とわかっていたからだ。一通り出店を見て回る事になり、人で賑わう道を歩く。


『あ!綿菓子!』
「ガキかお前は。」
『いいじゃない!ね、景吾買って!』
「自分で買え………え!?


跡部は綿菓子の値段を見て目を見開いた。信じられない!とでもいうようにワナワナと震えた。


「に、二百円だと!?バカな…ありえねェ!」
『ありえないのはアンタの頭よ。』
「こんなんで儲かんのかよ。せめて二百万円にしろよ。それのが絶対儲かるぜ。」
『「「高すぎるわ!!」」』



すかさず突っ込む美麗、宍戸、忍足。日吉は付き合ってられない。とばかりにどこかに行ってしまったらしく、いない。


『綿菓子二百万て!バカかァァァ!』
「んなもん誰も買わねーよ!逆に赤字になる!!」
「庶民の祭りやで?そんな大金庶民が持っとるわけないやろ。」



忍足の言葉に美麗と宍戸はうんうん!と力強く頷いた。
そうか…と渋々納得する跡部に、心底安心した三人だった。
そして、綿菓子は跡部ではなく忍足が買ってくれた。はい。と手渡され、珍しく忍足に笑顔を向ける美麗。


『ありがと。』
「……どういたしまして。」


ニコニコと上機嫌な美麗を見つめ、忍足は「よっしゃ!株が上がったで!」と心の中でガッツポーズ。
綿菓子を完食し、次に目がいったのはキュウリの漬物。跡部は見た事がないらしく、不思議そうにキュウリを見つめていた。


『気になる?』
「あぁ…」
『じゃあ買ってあげる!おじさん、一本下さい。』
「はいよ!百円ね!」


キュウリを一本買い、跡部に渡す。跡部はじーっとキュウリを眺めた後、恐る恐るかじる。
もぐもぐと咀嚼しているうちに跡部の表情が変わった。


「どうだ跡部。」
「…う、うめェ!こんな美味い食べ物があったなんて知らなかったぜ!」


どうやら気にいったみたいで、残りもペロリと平らげた。跡部の嬉しそうな顔を見て、宍戸と美麗は顔を見合わせ笑った。
次はりんご飴。美麗が、これが1番好きなのよね!と何気なく言うと、跡部は、さっきのキュウリの御礼だ。とりんご飴を買ってくれた。
その後も、から揚げ、焼きそば、タコ焼き、ベビーカステラなど食べて回り、途中輪投げコーナーで向日、ジロー、日吉と遭遇し、そこからは全員で行動。

あっちに行きたい!こっちに行きたい!と落ち着きなく動く向日とジローを忍足が必死に止める。逃げ出してしまった時は全力で追いかけて、首根っこを引っつかみ戻ってくる。疲れ果てた顔をしている忍足に、美麗はラムネをあげると感激のあまり美麗ちゃァァァん!!と抱き着こうとしたがサッと交わされ跡部に抱き着くハメに。そして抱き着かれた跡部は鳥肌を立たせながら忍足を殴った。「俺はそんな趣味はねェ!」と怒鳴りながら。

そして、次に見つけたのが射的。面白そうだと射的をやる向日、ジロー。それを後ろから見守る美麗達。
一回も外す事なく景品をゲットするその腕前に、美麗はすごいすごい!と拍手。イェイ!とブイサインをする二人だった。
金魚すくいでは、美麗と跡部が挑戦。おじさんに時間を測ってもらい、一分間でどれだけ多く金魚がすくえるかを競った。
二人ともポイが破れる事なく高速で金魚をすくっていく。
あまりの速さに追い付けず、目が点になる出店のおじさん。

一分後には全ての金魚が跡部と美麗のお椀の中。
水槽の中に金魚は一匹もいなかった。そして二人のお椀の中にはうじゃうじゃと金魚がいた。
結果は引き分け。たくさん取った金魚を二匹だけ袋に入れてもらいその場を後にした。

それから美麗達は賑やかな場所から少し離れた静かな神社の前で一休み。皆の手には途中で買ったかき氷。


『冷たーい。でも美味し。』


キーンと冷えたかき氷は暑い夏にピッタリで、美味しいと言いながらかき氷を食べ続けた。
自分のかき氷を食べ終わった美麗はまだ食べ足らないのか、隣に座っている跡部のかき氷を素早くすくい、口に運んだ。


『美味しいわねこれ。』
「テメ!何しやがんだ!」


一口くらいいいだろうと思っていた跡部だったが、またもや取られ、怒る。いいじゃないケチ!ダメだ!ちょっとくらいいいでしょー!?頂戴!お前さっき食っただろーが!やめろバカ!


かき氷の奪い合いが始まり、ぎゃーぎゃー騒ぐ二人。
景吾のケチー!とスプーンを跡部に向かって投げようとした時、辺りがパッと明るくなったと同時に、ドーン!と大きな音が響き渡った。


『…花火…』


空を見上げると、暗い夜空に綺麗に輝く花が咲いていた。
それは一瞬で消えてしまったけど、ドーンドーン!と続けざまに咲く色とりどりの花を、跡部と美麗は言葉もなく見つめる。


「綺麗だC!」
「ホンマやなぁ…」
「夏の風物詩ですよね。花火って。」
「だな。」


皆空を見上げ、夜空に咲き続ける花火に魅入っていた。


『また皆で祭り行けたらいいな。』


唐突に落ちた言葉は誰にも聞かれる事はなく、夏の夜空に溶けていった。


to be continued...


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