月刊プロテニス
合同合宿が終わってから五日が過ぎた。氷帝テニス部は今日も朝から練習に専念している。
美麗は相変わらずで、あの専用パラソルの下、冷たーいオレンジジュースを飲んで寛いでいた。レギュラー達はもうすっかり慣れてしまい、特に気にする様子はない。

午前の練習が終わると美麗は直射日光防止のため着用していたサングラスを外し、跡部達に歩み寄る。


『みんなお疲れ様ー。』
「……おい。」
『なぁに?』
「何しに来てんだテメーは!ここは南国じゃねーんだよ!何だその恰好!」


美麗は自分の服装を見つめ、なんかおかしい?と首を傾げる。


「おかしすぎる!」
『どこがよ。』
「「「すべて!」」」


全員の声がハモる中、『全てェ?』と眉をひそめる美麗は改めて自分の恰好を見る。
テニス部用のジャージではなくハイビスカスが描かれた赤いアロハTシャツ。頭にはサングラス。そしてハイビスカスの花。
さらには専用パラソルセットのテーブルに置かれた涼しげなジュース。(花つき)
完璧にバカンス気分である。


「部活中にバカンスしてんじゃねェ!こっちは炎天下の中一生懸命練習してるってのに!」


跡部の台詞に皆がうんうん、と頷く。


『だって私は練習しないもの。する事全部やっちゃったし、暇だったんだもん。いいじゃない別に。』
「……」
『羨ましいの?』
「……」
『仕方ないなぁ。ジュースちょっとだけあげるわ。』


美麗はテーブルに置いてある飲みかけのオレンジジュースを持って来て、それをはい、と跡部に差し出した。跡部はそれを受け取り、躊躇う事なくストローに口をつける。


「「「…またか。」」」


周りは跡部の行動に前と同じだなとため息。二人はきょとんとした顔で振り向き、『何?』と聞いてくる。
え、えー…と。と言い淀む向日達をよそに、ジローが眠たそうに口を開いた。


「ふぁーぁ…さっきのって間接キスだよねー。前もやってたし…いーなぁ。」
「「「(直球ー!?)」」」


向日達はオイィィィィ!!と内心で叫ぶ。だが言ったところでそれがどうかしたの?普通だろ。と返ってくるかと思いさして気に止めなかった。しかし…。


「『………』」
「跡部?美麗?」
「……」
『……』


二人の顔は、今初めて知ったという顔で。
予想外の出来事に、「ええええ!?」という彼らの驚きの声がこだました。


「まさか今まで知らなかったなんてなぁ。」
「うるせーな。いいだろーが別に。騒ぐんじゃねーよ。」
『そうよ。間接キスくらいで喚かないでよね。こんなのよくやってるんだから。ねぇ?』


美麗は何かを見ながら跡部に同意を求める。跡部も、あぁ。と頷いた。前に予想していた言葉を聞き、忍足達は、はぁー…やっぱりか。と肩を落とした。


「美麗先輩、さっきから何見てるんですか?」
『んー?雑誌。』
「何の雑誌だよ?」
『月刊プロテニス。』
「…それって俺達がよく読むやつじゃん。なんで美麗が読んでんだよ。」
『置いてあったから暇つぶしに読んでるだけよ。てゆーかこれテニスの事ばっかじゃない。』
「テニス雑誌なんだから当たり前だろーが。」
『ふーん……皆頑張ってるのね。』


感心したように呟く美麗。
ふと、ページをめくる手を止めた。じーっとその場所を見つめる美麗。
何を見ているのか気になった跡部達は、後ろからひょこっと顔を覗かせ一緒になって雑誌を見る。
美麗が見ていた場所は立海大の特集だった。部長の幸村、副部長の真田が大きく載った写真。


『常勝立海、か。今年も全国制覇します、だって。でも全国制覇するのは氷帝でしょ?』


美麗麗は雑誌から目を離し、ニッと笑った。跡部達は強気に笑うとあぁ!と力強く頷いた。


『…ん?』


次のページをめくると、“モテる男、女大特集!”と大きく書かれていた。


『…これテニス雑誌じゃなかったの?何よこの特集。』
「あー…たまにそーいうのがあるんだよな。」
「そうですね…見ませんけど。」


ハハ…と苦笑する宍戸と鳳。


『何なに?…モテる男No.1は“優しい男!”…へー。』


美麗はチラリとレギュラー達を見た。


『(優しい男…ねェ。)』
「な、なんだよ。」
『別に?ただ優しい男この中にいるかなーって思って。』
「優しい男と言ったら俺しかおらへんやろ!」


でん!と胸を張る忍足だがあっさり無視。


『優しいって言ったら樺地よね。優しさが滲み出てるわ。あと長太郎もね。』
「…ありがとう、ございます…」
「え!?俺ですか!?」
『うん。長太郎優しいわよ。』
「あ、ありがとうございます。」


照れる鳳を見て、可愛いなぁと微笑む美麗。


「…美麗ちゃんは優しい男はどう思うん?」
『素敵だと思うわ。女の子はね、普段意地悪なのにときたま見せるさりげない優しさに弱いのよー。あ、でも普段から優しいってのもいいし…女の子なら誰しも憧れるのよね、優しい王子様みたいな人に!』
「…やけに具体的だな。」
『ふふん、まぁね。二位は“ツンデレ”…ツンデレと言ったら若ね。』
「違います。」
『いーえ若はツンデレよ。』
「ツンデレ男子はどう思うんだよ?」
『……うん、いいんじゃない。ツンデレはもう兵器よ。』
「……」


なんだか美麗のテンションが上がったように見えるのはきのせいだろうか。


『三位は“爽やか男子”…これは亮!』
「は!?お、俺!?」
『うん。見た目からして爽やかそうじゃない?爽やか男子もいいよねー。』


うっとりとしながらどこか遠くを見つめている美麗。
男どもは、やっぱり美麗も女の子だなと再認識。


『あ、こっちは“ありえない男特集!”だって。どれどれ…』


ありえない男、第一位。
俺様野郎。


『ぶはっ!!』
「アーン?」
『お、俺様野郎が1番ありえないんですって!残念でしたー!』
「…殴るぞテメェ!」



バカにしたような美麗の笑みに、跡部はピキッと引き攣る。


『“自分の事を俺様って言うのとかマジありえないしー。”って言う街の女の子の声。完璧アンタよね。』


跡部は雑誌を奪い取り、ざっと流し読みをする。やがて、雑誌を握りしめた手が怒りやら悔しさやらでプルプル震え出した。
美麗は跡部の肩に手を乗せ、ニヤリと嫌みったらしい笑顔を見せる。


『ま、これに懲りたら俺様態度やめる事ね。』


そう言い残し、午後からの練習の準備をするため部室を出て行った。


「「「………っ」」」
「…練習始めるぞ。」


跡部はムスッとした表情で部室を後にした。跡部が部室を出た瞬間、堪えていた笑いを開放。
ギャハハハハ!という笑い声はしばらくおさまる事はなかった。

静かに、ずーん…と落ち込む跡部は重い足取りで歩く。
意外と繊細な跡部に、美麗は小さく、相変わらず繊細ねぇ…。と呟いた。


『景吾。』
「…なんだ。」
『私は今のままの景吾が好きよ。俺様じゃない景吾なんて気持ち悪いしね。』
「…慰めてんのかけなしてんのかどっちかにしろ。」
『えー…じゃあけなす方で。』
「テメェ!」

『冗談よ。とにかく、景吾は今のままで十分、素敵だから!あんまり気にしない事!』
「………フン」


ニコッ、と笑った美麗に跡部は照れたように、だが穏やかに微笑んだ。もし今ファンクラブがいたら卒倒しかねないだろう。それくらい、優しい笑みだった。
それは美麗にしか見せない、特別な笑み。


to be continued...


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