マネージャー希望者
卒業までもうあと3週間。
最後のテストも終わり、結果も張り出され、三年生の授業は今日から昼までとなった。あと一限で帰れるせいか、機嫌のいい美麗の携帯がメールが届いたことを知らせた。それは美麗だけではなく、隣にいた跡部の携帯にも同じ内容のメールが届いていて、よく見ればテニス部元レギュラーの三年生全員に一斉送信されていた。差出人は新しく部長となった日吉から。珍しい人物からのメールに、跡部と美麗は顔を見合わせたあとメールを開く。

内容はシンプルにたった一行だけ。“帰る前に部室に来て下さい"
跡部は首を傾げつつも、了承の返事を送った。


『……チッ。めんどくさ。』


舌打ちをし、心底めんどくさそうな顔をしていた美麗だったが後輩の頼みだし、仕方ないといった風にため息を一つ溢し携帯を閉じた。
そうして午前の授業が全て終わり、大半の三年生が帰宅していく中、テニス部三年生だけが部室前に集まった。扉を開け、中に入るがまだ呼び出した本人は来ていないようだ。


「にしても日吉からメールなんて珍しいよなー。」
「何か問題でも発生したのかな?」


向日と滝が首を捻りながら呟く。


「若はよくやってるって長太郎が言ってたし、俺から見ても問題はなさそうだったぜ。」
「そうやなぁ…」
「じゃあなんでだろ〜。」
「さぁな。ま、俺達三年を呼び出すってことは自分では決めかねないなにかがあったってことだろ。」
『若はまだ?早く帰りたいんだけど。』


ソファーに座り、優雅に足を組む跡部と美麗。


「…あ、もう来てたんですか。待たせてすみません。」


しばらくして扉が開き、跡部達を呼び出した本人が現れた。隣には鳳と樺地もいる。


『遅い。』
「すみませんね。」
『で。何の用事?』


日吉を見もせずに本題を促す美麗はどうやら早く帰りたいらしく、鞄を肩にかけた状態でソファーに座っている。用事が済んだらさっさと帰るつもりでいるのだ。早く言えよ、との無言の訴えに、日吉は肩を竦めたあと、今日先輩らを集めた理由を話し出す。


「実は、昨日マネージャーをやりたいという人物が現れました。」
「マネージャー希望者?」
「はい。それで、一応先輩達に聞いておこうかと思って…」
「俺様は何も聞いてねーぞ。」
「今テニス部の部長は俺ですから知らないのは当然かと。」
「…チッ……どんな奴だ。言っておくが、ミーハーはお断りだぜ。」


不愉快そうに眉をしかめたのは跡部だけではなく、忍足達もだった。マネージャーを自ら希望してくる女子は皆ミーハーで、ロクに仕事もしない役立たずばかり。美麗をマネージャーにする前に何度かそういうことがあったため、皆はあまり好ましく思っていないようだ。


『どんな子なの?ちょっと連れて来なさい。私が直々に判断してやるわ。』
「本当ですか!ありがとうございます実は最初から美麗先輩に決めてもらおうと思ってたんですよー!ね、日吉。」
「…ああ。」
「つーかよ、マネージャーを取るか取らないかは部長である若が自分で判断すりゃいいのに。なんで美麗に聞くんだ?」
「確かに。いつもの日吉やったら冷たーい目つきで“マネージャー?そんなの必要ない。"って一蹴して終わりやん。」
「うんうん。」
「美麗ちゃんに答えを求めるってことは、日吉は別にそのマネージャー希望者を採用してもいいって思ってるの?」


滝の言葉に、日吉は歯切れの悪い返答をする。


「…まぁ、そうなります。」
「?」
『若がどう思おうと関係ないわ。さっさと連れてきな。』
「(…まるでマフィア界のボスみたいだね。)」
「(だな。しかも様になってるし。)」


足を組んだままそう命令をする姿がまるでマフィアのボスのようで、滝と宍戸が苦笑しながらそんな内緒話をしている内に、鳳は部室の前で待機させていたらしいマネージャー希望者を呼んだ。


「この子がマネージャー希望者です!」


鳳の影から、ひょっこり顔を覗かせたマネージャー希望者の姿に一同は目を丸くさせた。


「はっはじめまして!」


勢いよく頭を下げるマネージャー希望者は、向日よりも小さい身長の、男子生徒だった。
男子生徒は元レギュラーであり三年生の先輩達に囲まれかなり緊張しているようで、鳳の背に隠れたい衝動をなんとか押さえ前を見据えた。


「マネージャー希望者って、男だったのか。」
「なんや、また女の子かと思ったわ。男子がマネージャー希望とか珍しいなぁ。」


ジロジロと真っ正面から見られ、男子生徒はわたわたとする。
その様子を遠巻きに見ていた美麗が、ようやく動き出した。


『あなたがマネージャー希望者ね……』
「はっはい!」


美麗を前にすると、男子生徒の顔は一気に赤くなり背筋がしゃきんと伸びる。
自分より大分下にある男子生徒を見下ろし、品定めをするかのようにじっと見つめる。
男子生徒は見つめられていることに気付くとますます赤くなり、まるで石のようにカチコチに固まってしまって動かない。この男子生徒が美麗のファンであることは一目瞭然だ。


prev * 201/208 * next