尻軽男の災難
その日、山吹中の千石清純は全くと言っていいほどついていなかった。真冬にしてはそれなりに暖かく感じる日曜日、部活も引退しているため暇をもて余していた千石。街へ繰り出すといつものように可愛い女の子を見つけヘラリと笑いながら軽い調子で声をかける。顔だけはいいため千石に声をかけられ満更でもない顔をする女の子は普通にいるし、もちろん断られる回数の方が圧倒的に多いが一日に三回くらいは必ず応えてくれていた。それがどういうわけか今日はゼロ。めげずに声をかけ続けているが今だ応えてくれる女の子はいない。

それどころか、彼氏がいる子に声をかけたせいでイカつい風貌をした男に殴られそうになったり、さっきは変質者扱いをされ、危うく警察に捕まるところだった。いつもなら絶対にない失敗っぷりにさすがのポジティブシンキングでお気楽な千石でも落ち込んでしまう。はぁ、と浅いため息をつきながら、やっぱり今日の占い最下位だったからかなぁ。と占いのせいにする始末。毎朝欠かさず見ている朝の占い。それによると、さそり座は最下位。内容は「何をやっても失敗ばかり。今日は一日家で大人しくしてるのが吉。」というもの。最下位ということに些かショックを受けるものの、すぐにどうせ占いだし、と気にすることなく出掛けた結果がこの樣だ。見事に占いが当たってしまい今さら後悔する千石は確かラッキーアイテムは蜂蜜だったなぁと朝の占いを思い出す。

占い通り家で大人しくしてればよかったなー、なんて激しく後悔していた時。人混みの中ちらついた明るい色。それは日の光りを反射し金色に輝いていた。
千石はその色の持ち主がすぐに誰だかわかった。沈んでいた顔が一瞬で明るくなり、ラッキィー!と満面の笑みで遠ざかる後ろ姿を追いかける。近づくにつれ、ハッキリとするその姿にやっぱり彼女だと確信し、ポンポン、と肩を軽く叩く。
蜂蜜色の髪を持つ彼女の名前を呟こうと口を開いた。しかし。


「み『触るんじゃねェェェェ!!』ぶふぁ!!


振り向いた美麗は鬼の形相で千石の顔面を殴り飛ばした。油断していたため、拳が直撃した千石は奇声を発し後ろに吹っ飛ぶ。
倒れた千石などお構いなしに美麗は暴言を浴びせる。


『しつこい男ね!喋りかけるだけならまだしもボディタッチまでするなんて信じらんない!セクハラよセクハラ!警察呼んでやる!………んん?
「……いてて…」
『………あれ?』


鼻血を出しながら起き上がった千石を見て、美麗はきょとん顔になった。


「さすが美麗ちゃん。威力が半端ないね!すっごい痛い!ちょっと鼻血出てない?」
『大量に出てるわね。』
「うそぉ!!」

『ていうかなんでここにいるの。』
「たまたまだよ。」


鼻血をティッシュで拭きながら経緯を語る千石に、少しだけ申し訳なさそうな表情をしていた美麗の瞳があきれたように細められる。さっきまでナンパしていた男と間違えて殴ってしまったことを謝ろうかと思っていた気持ちが一瞬で失せ、代わりに殴ってよかった、という気持ちでいっぱいになった。


「それにしても、まさかこんなところで美麗ちゃんに会えるなんて…超ラッキー!」
『こんなところで尻軽男に会うなんて超最悪ー。』
「…ハッキリ言うね。まぁいいや。それよりさ、『いや。』……まだ何も言ってないんだけど。
『お茶しない?とか言うつもりなんでしょ?』
「……あはは。」
『絶対嫌よ。アンタとお茶するくらいなら死んでやる。』
「そんなに俺のこと嫌い?」
『嫌い。忍足と同じくらい嫌い。』
「えー……」


わかりやすく落ち込む千石をチラ見し、ふんと鼻を鳴らした美麗はさっさと退散しようと踵を返した。せっかく会えたのにこのままさよならは嫌だ、と。持ち前のしつこさを発揮させ、千石は美麗の後を追いかける。


「ちょっと待ってよ美麗ちゃん!」
『ついてこないで!』
「一杯だけでいいから!お願い!」
『嫌だったら!』
「おーねーがーいー!一杯飲みに行こうよー!」
『しつこいわね!
いい加減にしないと…「あー!千石先輩!またナンパしてるですか!?」……あ、太一!いいところに!』
「え、壇くん?」


千石を殴る体勢になった時、背後からかけられた声に、二人の動きは止まる。山吹中の一年生、壇太一は買い物袋を下げ、千石を軽く睨んでいた。


「千石先輩!美麗先輩が嫌がってるです!」
「これはね、壇くん。照れ隠しなんだよ。美麗ちゃんはツンデレだからさ。」
「あ、そうなんですか?」
『違うわ!離せこの尻軽男!!』
「ぶっ!」



頭をグーで殴られ、痛みに悶える千石をさらにヒールのあるブーツで踏みつける美麗は自分より身長の低い壇を見下ろし、声をかけた。


『久しぶりね、太一。』
「はい!お久しぶりです!」
『おつかい?』
「はい。これから行くところです。美麗先輩は?」
『散歩。』
「寒いのに散歩に出るなんて健康的ですね!すごいです!僕なら絶対無理!」
『私だって嫌だわ。』
「じゃあなんでですか?」
『お母さんに追い出されたの。家に籠ってないで外に出ろーって。』
「……ああ、なるほど。」
「……あ、あのー美麗ちゃーん。そろそろ足どけてほしいなぁ……『は?』いやなんでもないです、はい。


今だに踏まれたままの千石は鋭い眼光で睨まれ冷や汗を流す。
開放されたのはそれからわずか数分後だったが、千石には長い時間踏まれていたような感覚だった。


『じゃ、おつかい頑張ってね。』
「はい!さよーなら!」


少しだけ会話をしてから壇と別れた美麗はもう帰ろうかと足を家の方角へ向けた。


『………なんでついてきてんの?』
「え?だってまだお茶してないじゃん。」
『まだ諦めてなかったの!?嫌だって言ったじゃない!』
「諦めるわけないじゃん。こんな可愛い子とお茶が出来るチャンス、絶対諦めないよ。」


あまりのしつこさに、怒りを通り越して呆れてしまう。このしつこさ、忍足以上かもしれない。


『私、前に言ったわよね。アンタみたいな軽い男は大嫌いだって。』
「言ったっけ?」
『言ったわよ!』
「覚えてないなぁ〜。俺が覚えてるのは、美麗ちゃんが“好き"って言ってくれたことだけ。」
『そんなこと言ってないんですけど!』
「あれ?おかしいな………ああ、あれは夢だったのかな?」
『夢と現実の区別くらいつけろや!』



ヘラリと笑う千石。
先ほどからツッコミしかしていない美麗は疲れたように深くため息をついた。


「ね、一回だけでいいから、お茶しよーよ。」
『………あ、あんなところに美少女が。』
「え!?どこ!?」
『あっち。人混みの中。』
「待ってー可愛い子ー!」



目の色を変えた千石は美麗そっちのけでいるはずのない美少女を追いかけに行ってしまった。


『だから嫌いなのよ。』


一人になった美麗はそう呟き、くるりと踵を返す。
美麗が千石を嫌いな理由。それは可愛い子なら誰でもいい、という思考を持っているから。
思考なんて人それぞれだから仕方ないのかもしれないけど、
美麗は受け入れられないでいた。本当に好きなら、自分だけを見てほしい、他の女の子なんて、見ないでほしい。そんなちょっと独占欲の強い美麗にとって、千石の性格はすごく嫌いだった。
別に千石が好きなわけではないけれど、見ていていい気分ではない。


『……まだ忍足のがマシかな。』


そう考えると自分を一途に想ってくれる忍足の方がだいぶマシで、なんだか妙に忍足に会いたくなった。が、帰路につく途中バッタリ忍足に遭遇してしまい、やっぱり会いたくなかった。なぜ会いたいだなんて思ってしまったのか、少し前の自分にバカと言ってやりたくなった美麗だった。


to be continued...


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