モテる女の苦悩
昼休み終了10分前、美麗は用意していた手作りチョコを跡部達に渡した。手作りと聞きこの世の終わりだと言わんばかりの顔でお礼を口にする中、鳳のチョコだけ他とは少し違うことに、忍足が気付いた。


「美麗ちゃん、鳳のだけなんかちょっと豪華っちゃう?なんでなん?」
「…ホントだ。鳳ずるE〜!」
「まさか本命!?」
「なんやてー!?」
「え、あ、あの美麗先輩!俺には宍戸さんがいるんで、先輩の気持ちは大変嬉しいんですけどちょっと応えられないです…!すみません!」
『違うわよ!なんで勘違いされた上フラれなきゃなんないの!?ていうか長太郎、この私をフるなんていい度胸じゃない、ええ?覚悟はできてんだろうな。』

「まぁまぁ落ち着いてよ美麗ちゃん。本当に告白したわけじゃないんだからいいじゃない。ね?」
『だから気に入らないのよ!萩だって嫌でしょ!?告白したわけじゃないのにフラれるなんて!』
「うん、嫌だ。」
『つーか誰が長太郎なんかに告白するか!自惚れんなよブァーカ!』
「やだなぁ冗談ですよ。俺はただ宍戸さんが慌てる姿が見たかっただけですから。」
「長太郎、お前いつからそんな嫌な男になったんだ。俺は悲しい。」
「えへ。」
「えへ、じゃねーよ!」

「で、結局なんで鳳のだけ豪華なわけ?」
『誕生日だから。』
「……え、先輩、俺の誕生日だって知ってたんですか?」
『たまたま聞いただけよ。』
「ありがとうございます!すっごい嬉しいです!手作りじゃなければの話ですけど。」
『あ゙あ゙ん?』
「嘘です。手作り嬉しいなぁあははは。」



ギロっと睨まれ冷や汗を流す鳳はヘラリと笑って難を逃れた。
手作りなのはどうあれ、美麗が自分達のために用意してくれたことがたまらなく嬉しい。再度揃ってお礼を言えば頬をほんのり赤く染めそっぽを向いた美麗はお返しは倍にしてよね、とつんつんした態度で告げると、逃げるように去っていった。


ようやく放課後になってもホッと一息つく暇がなく。校門には他校の美麗ファンが押し掛けていた。が、ファンクラブ会長のおかげで今朝みたいに囲まれることなく、一列に並んでの手渡し。まるでアイドルの握手会のように一人10秒間だけ。10秒経つと側に控えているファンクラブ副会長、大森が引き剥がし、なかなか離れようとしない者には会長自らが静かに諭す。斎藤柚子は列が乱れないように声を張り上げる。ファンクラブ幹部の頑張りによって、阻止された混乱。珍しく機嫌がよくなった美麗は笑顔を三人に向け、帰路についた。間近で綺麗な笑顔を見た三人が鼻血を出しながら卒倒したことは知らず。
合計10袋になった紙袋を跡部の使用人に預かってもらい、あんなにたくさんあった荷物は片手にあるだけという身軽な状態。跡部に借りた使用人と車に感謝しながら、ゆったり家路を歩く。

もう少しで家、という時、携帯が着信を知らせた。ディスプレイにはいとこの名前が表示されており、届いたメールを開けば今すぐ駅に来てくれ、との内容。なんでだよ、と思いつつも、真田に渡すチョコを郵送する手間が省けるからいいか、と開き直り了承の旨を伝えてから踵を返す。東京駅の隅に立ちいとこを待つこと30分。がやがやと騒がしくなる辺りに目を向けると、いとこの真田と赤也、柳生に仁王が紙袋を両手に抱え姿を見せた。その紙袋に嫌な予感しかせず、口元をひくつかせた美麗はくるりと背を向け人混みに紛れてさっさと逃げようとする。が、この人混みの中でも美麗の容姿は目立つため、あっさり見つかってしまった。赤也が大きな声で名前を呼び、走ってくるのを横目に逃げることを諦め、ため息をついた。


「美麗せんぱーい!お久しぶりでーす!」
『…ああそうね久しぶりね。』
「お久しぶりです美麗さん。」
「相変わらず目立つ髪色じゃな。」
『お前もな。』
「美麗、わざわざすまなかったな。」
『…嫌な予感しかしないけど一応聞いておくわ。何か用?』
「実はだな、我が立海に存在するお前のファンクラブの者からバレンタインのチョコを預かったのだ。」
『…だと思った。』
「この紙袋全部美麗先輩宛てっスよ!先輩モテモテっスね!」
「俺らより遥かに上なんて、前代未聞ぜよ。」
『ふーん。悔しいの?』
「そりゃ男の俺達よりたくさん女子に貰ってるなんて悔しいっス!でも美麗先輩だから仕方ないかなーって。」
「お前さんのことじゃから氷帝でもたくさん貰っとると思っとったんじゃが…そんだけか?」


仁王が美麗の片手にある紙袋を見て意外そうに呟いた。


『持ちきれなかったから景吾の使用人にトラックで家まで運んでもらったわ。これはその一部よ。』
「…マジか。」
「どのくらい貰ったんスか?」
『さぁ…数えられないわよあんな量。この大きさの紙袋から溢れるくらいの量が…10個以上。だった気がする。』
「……それはまた…すごい数ですね。」
『当分甘いものは食べたくなくなるし太るしで困っちゃうわ。』
「さすが俺の美麗だな。」
「真田のじゃなか。俺のじゃ。」
「何言ってんスか!俺っスよ!」
『ちげーよバカ。』

「三人とも、いい加減にしたまえ。」
『お、ガツンと言っちゃって比呂士。』
「美麗さんは誰のものでもありません。しいていうなら私のでしょうか。」
『お前もかい!!』



派手にずっこけた美麗は四人の頭を一発ずつ殴る。
痛む頭をさすりながら、四人は紙袋を美麗に渡そうとするが、さすがにこんなに持てない、ということでどうするかしばし悩む。すると美麗が携帯を取りだしどこかに電話をかけた。


『…あ、私だけど。ちょっと頼まれてくれる?……そう。またチョコが増えちゃって……場所はね東京駅。……ありがとう。じゃあ、お願いね。』


パタンと携帯を閉じた美麗に柳生がどこへ電話をかけたのか訊ねる。
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