モテる女
早いものでもう1月が終わり、2月に突入。三年生の中学生活は残り僅かとなるが、大半がそのまま高等部に上がるため普段とあまり変わらない日常を送っていた。跡部達テニス部も全員が高等部へ上がるから、毎日普通に部活に参加している。エスカレーター式の学校には卒業を間近に控えた独特の雰囲気が一切ない。卒業式とかやる意味ないよね、と生徒達の間で囁かれるほどだ。

2月になると女子生徒達は色めき立つ。交わされる彼女達の会話には必ず「今年は何作るー?」「誰にあげる?やっぱり跡部様?」「私宍戸くんにあげるんだー!」「あたし絶対美麗様!」「私もー!」が含まれ、その話を聞かない日はないくらい。
来る2月14日はバレンタイン。
女子生徒達はこのバレンタインに力を入れているのか、毎年高クオリティのチョコが跡部を始めとするテニス部レギュラー、そして美麗へと贈られる。そのクオリティは年々凄さが増している。

色めき立つのは女子生徒だけではない。今年は貰えるか、今年こそ憧れのあの子から貰いたい、など、主にモテない男がどこかソワソワと落ち着きなくやたら女子を意識していたり。


「俺一度でいいから美麗様からチョコもらいてーなぁ。」
「バッカお前、図々しいにも程があるって!」
「そうそう。あの美麗様が俺らみたいなモブ以下の男子にチョコくれるわけねーじゃん。」
「だよなー…」
「あげるとしたらやっぱり跡部だろ。あとテニス部レギュラーには普通にあげてんじゃね?」
「羨ましいー!」
「今年も逆チョコするか。」
「そうだな。」
「他のに埋もれて見向きもされなさそうだけど。」


どのクラスの男子も、皆似たような会話をしていることを知ったのはいつものように皆で昼食をするため集まった空き教室。
美麗と跡部は生徒会の引き継ぎやら次期会長と副会長になる二年生にやるべき仕事を教えたりしなければならないため不在の中、忍足達の間で先の話が繰り広げられたのだった。


「俺のクラスもそんな話してました!あと、女子が“思いきって告白してみようかな"って言ってるのも聞きましたよ。」
「…マジかよ。」
「はい…さすがに引きました。」
「それは誰だって引くって。」
「ガチで美麗に恋してんの?憧れじゃなくて?」
「本気で好きみたいです。」
「…アイツに関わる女子って大半が同性愛に目覚めるよな。」
「ある意味才能やんなぁ。」


ドン引きしつつも感心する忍足達はこれまでで印象的だった同性愛に目覚めた女子を思いだし、染々と呟いた。


「美麗くれんのかな、チョコ。」
「くれるんじゃねーの?」
「でも前に聞いたら誰がやるか!っていってたC〜。」
「跡部さんは毎年貰ってるらしいですよ。去年は手作りのチョコ貰って死にかけたって言ってましたし。」
「…手作りなら俺いらねーわ。」
「俺もー。」
「俺もちょっと…勘弁してほしいわ。」
「忍足先輩は絶対もらえないから安心していいと思いますよ!」
「笑顔で言わんといて。」



そんな風にいつも通り和気藹々と昼食時間を過ごしてから早くも1週間が経過し、ついに迎えたバレンタイン当日。美麗はテニス部レギュラーにあげるチョコを用意していた。鞄に詰め、家を出てから数分すると同じく登校中の女子生徒に次から次へとチョコを渡され、学校へ着いた頃には用意していた紙袋はすでにパンパンになっていた。
若干げんなりしつつ下駄箱を開けると、ドサドサドサ!と大量のチョコが降ってきた。


『…どうやって詰めたのよ。』


この狭い下駄箱になぜこんなにも大量のチョコが入るのか…心底不思議でならない美麗は足下に散らばったチョコを広い集める。教室に向かう途中、跡部と遭遇し、互いのチョコの山を見て苦笑い。二人並んで歩いていると、女子が黄色い悲鳴を上げて群がってきた。


「跡部様!美麗様!これもらって下さい!」
「あたしのももらって下さいー!」
「心を込めて作りましたのよ!是非お食べになって!」
「私は愛を込めて作りました!これを食べたら美麗様はもう私の虜…!」
「バカなこと言わないで!チョコ食べただけであなたの虜になるわけないでしょう!」
「ふっふーん。なるんだなそれが!なんたって媚薬入りだから!」
『「媚薬!?」』
「はああ!?ちょっとなにそれ羨ましい!ズルイわ!」
「美麗様実は私のも媚薬入りなんですよ!すべては美麗様の心を手に入れるため…きゃっ言っちゃった!」
「あ、もちろん跡部様の分にも媚薬が入ってますわ!」
『「……(怖い。)」』



二人を取り囲みながらの女子達の会話。媚薬入りだとカミングアウトする生徒に羨ましい、ズルイと嫉妬の声があちこちから上がり、しまいには二人そっちのけで喧嘩が始まってしまう有り様。跡部と美麗は目の前で繰り広げられる女子達の争いに恐怖を覚え、こっそりその輪から逃げ出した。
無事に教室に辿り着いた頃には二人の顔はやつれ、青くなっていた。深くため息をついて席に目を向けると、ピシリと固まった。二人の席には下駄箱とは比べ物にならないくらい大量のチョコが積まれていた。


『「……マジかよ。」』


去年より増えた気がする。と今手元にあるチョコと目の前のチョコを見、肩を落とした。まだ一日は始まったばかりだというのにこのチョコの量。朝の時間だけで紙袋は三つ以上。今日一日もつだろうか、と早くも不安になる跡部と美麗はもう一度、深い深いため息を溢した。
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