記憶【後編】
幸村があのビデオテープを見て昔の記憶をはっきりと思い出した日から3日が過ぎた。
土曜日の今日、本当は行くつもりがなかった部活に向かうため、憤怒しながら支度を整える美麗の携帯が震えた。イライラしていたため相手を確認することなく乱暴に通話ボタンを押す。


『なに!!』
《……なんでそんな怒ってるの?》
『……精市?』


電話の相手が幸村だとわかると、幾分か落ち着きを取り戻したようだ。


『なにか用?』
《今日って暇?もし暇ならさ、家に遊びに来ない?》
『え……』


珍しい誘いに一瞬驚き、しかし部活があるから、と断ろうとしてハタと閃く。


『行く。』
《あ、本当に?》
『うん。』
《よかった、じゃあ神奈川駅についたらまた電話してね。迎えに行くから。》
『はーい。』


通話を終了させると、一人ガッツポーズ。これで部活に行かなくてもいい理由が出来たわ!とルンルン気分で制服を脱ぎ、私服に着替える。神奈川行きの電車に乗ったところで跡部にメールを送信した。これで跡部から怒られることはない。やがて電車は神奈川駅につき、美麗は軽い足どりでホームに降り立った。改札を抜け、目印になりそうな場所に立つと幸村に電話。ちょっと待ってて、と言われ待つこと数分。私服姿で現れた幸村と合流した。


「やぁ美麗ちゃん。」
『久しぶり、でもないのかしら……いや久しぶりか。』
「そうだね、久しぶりだ。」


幸村と会うのは、あの温泉旅行以来だ。とりあえず遅めの新年の挨拶を交わしてからずっと、幸村は美麗の顔をガン見したまま。さすがに居心地が悪く感じ、なに?と問いかける美麗だが、幸村の視線は外れない。


「……美麗ちゃんってさ。」
『うん?』
「昔の記憶って、なにかある?」
『昔の記憶ぅ?』


いきなりなんなんだ、と訝しげに眉をひそめる美麗だったが、そうねぇ、と考える。


『あ、昔景吾に女の子の服着せて遊んだ!で、泣かしちゃった。あと弦にも同じことして泣かせた記憶があるわ。』
「……それは誰だって泣くよ。」



見てみたい気もするけど。と内心で思いながら、他は?と続きを促す。


『他はー……ああ、そうそう。弦がおねしょしてね、それを恥じて切腹しようとしてた。おねしょをするなど武士としてあるまじき行為!この真田弦一郎一生の不覚…!とか言って刀持ってお腹斬ろうとしてたわ。』
「あっはっはっはっは!」



真田ならありえる話だ。当時の姿が容易に想像できた幸村は大爆笑する。気が済むまで笑ったあと、「美麗ちゃん、昔に誰かと一緒に遊んだ記憶ってないの?」とさりげなく昔のことを覚えているのか探りを入れてみた。


『ない。』
「……だよね。俺も忘れてたんだし、美麗ちゃんが覚えてるわけないか。」
『?』


予想していた通りの答えに、小さく笑う幸村。美麗は話の意図がわからず、首を傾げた。


「でもあれ見たらきっと思い出すよ。」
『は?』


幸村の言っている意味がわからず、ますます謎が深まる。どういう意味か、なんの話をしているのか聞こうとしたところで、運悪く幸村の家に着いてしまった。


「ここが俺の家だよ。」
『ふーん……お庭、綺麗ね。』
「だろ?」


綺麗に手入れされた庭は冬だからか少し寂しいけれど、きっと春になれば美しくなるんだろう。花が咲き乱れる中に佇む幸村を想像すると、そこら辺の女の子より可愛いかもしれない。と美麗は幸村を疑いの眼差しで見つめていた。


「さ、どうぞ。」
『お邪魔します。』


幸村が玄関の扉を開け、美麗に入るように促す。外観通り、なかなかに広い室内を見渡していると、奥の部屋から幸村によく似た女性が姿を見せた。


「おかえり精市………あら?」
「ただいま。」
「精市、その子…」
「友達。」
『はじめまし「美麗ちゃんね!?そうでしょう!?」は、はい…そうですけど…』


女性はがしっと両手を握り、美麗の名を当てる。なんで知ってるんだ、という顔をしている美麗に、女性はさらにわけのわからない発言をする。


「やっぱり!昔の面影あるものねぇ!綺麗になっちゃってもう……!久しぶり!」
『……あの…初対面、ですよね。』
「やだ忘れちゃったの?まぁでも精市も忘れてたみたいだし、仕方ないのかしら。」
『……(わけわからん。)』


困惑した顔で、幸村に助けを求める。が、幸村も女性同様わけのわからない言葉を漏らす。


「あのビデオ、見せてもいい?」
「もちろんよ!思い出すといいんだけど。」
「そうだね。」
『……(なにこの人達。)』
「じゃ、行こうか。」
『……』


呆然と立ち尽くす美麗の手を引き、幸村は自室へと案内する。


「適当に座って。」
『……ねぇ、いい加減説明してくれない?わけがわからない。なんであの人は私のこと知ってるの昔の面影ってなにビデオってなにあの人は誰!』
「あれは俺の母親だよ。」
『…だと思った。性格がアンタにそっくり。』
「うん、よく言われる。」


笑いながら、ビデオテープをセットする幸村はやがて準備が終わったのか、美麗の隣に腰を下ろす。


『なんのビデオ?』
「ふふ……まぁ見たらわかるよ。」


意味深に笑う幸村に首を捻りながらも、始まったビデオに集中する。やがて流れ出した映像を見て、美麗は驚愕の表情を浮かべる。


『………ん!?あれ私じゃない!?』
「そうだね。」
『なんで私が……あの横にいる子誰?精市に似てない?』
「あれ俺。」
『……………はあ!?』


開いた口が塞がらない、といった状態のまま固まる美麗に、幸村は声を上げて笑った。
約30分程度のビデオが終わると、部屋には静寂が戻る。


『………私、昔精市と会ったことがあるの?』
「みたいだね。俺もこれ見るまでは忘れてたんだけど。」
『記憶にないわ。』
「一週間しか一緒にいられなかったからね…仕方ないよ。」
『……世の中って、狭い。』
「本当だね。」


今だ信じられない様子の美麗に、幸村は出会った経緯を語る。


『……全然思い出せないんだけど。』
「こじ開けろ。」
『無茶言うな!』
「俺だけ覚えてるのってなんかやだな。」
『知るかそんなこと!』
「よし、もう一回見よう。」
『見なくていい!』
「美麗ちゃんが思い出すまで見続けるから。」
『あ!思い出した思い出した!うんはっきり思い出した!だからもう見なくていいと思う!』
「そんな必死にならなくても……冗談だよ。」



あまりの必死さに苦笑を浮かべる幸村がビデオテープを片付けたところで、部屋の扉がノックされ幸村の母親がトレイにジュースとお菓子を乗せやってきた。


「ゆっくりしていってねー。」
『ありがとうございます。』
「思い出した?」
『……いや、全然。』
「そう…?あ、なら思い出すまでビデオ見続けたらいいんじゃない?」
『……』



幸村と同じ笑顔で同じ言葉を紡ぐ母親を見て、乾いた笑みを浮かべる美麗だった。
その後はまったりとした時間を過ごし、夕方になった頃に幸村家を出た。また来てね、と綺麗に笑う母親に笑みを返し、駅まで幸村に送ってもらい東京へと帰った。

それから一週間後、美麗は幸村と昔に出会った頃の記憶を鮮明に思い出したのだった。


to be continued...


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