記憶【前編】
「――ちゃん、ないてるの?」
「ないてない!」
「なかないで。」
「ないてないったら!」
「ぼくがいるから、こわくないよ。ね?」
「……べつにこわくないもん。」
「――ちゃんはぼくがまもるよ。」
「…ほんとに?」
「やくそく。」
「…うん。」



夢を見た。
小さい頃の俺が、誰かと話している夢。隣にいる子は誰なんだろう。顔は見えないし、名前は呼んでるはずなのに聞こえない。綺麗な金色をした髪の女の子なのはわかるけど、肝心の顔と名前が、わからない。

夢の中の俺は、たぶん六歳、かな。楽しそうに笑いながら女の子と手を繋いでいた。ねぇ、君は誰?そう問いかければ、女の子だけがゆっくりと振り向いた。あと少しで、顔が見える。あと、少し……

というところで目が覚めた。
目覚ましが控え目に鳴り響く部屋で、しばらくぼんやりと瞬きを繰り返す。まだ思考がはっきりしないままアラームを止めた。
ああ、あと少しだったのにな…。わかりそうでわからない女の子の顔。釈然としないまま、ベッドを降りカーテンを開けた。冬の朝にしては珍しく暖かい。ぐっとのびをし、制服に着替え部屋を出た。毎朝の日課である花壇の水やりの時も、家族と朝食を食べている時も、学校に向かう道のりを歩いている時も、あの夢に出てきた女の子の正体がわからないことがものすごく気になっている。このモヤモヤ感、気持ち悪い。なんだかムカついたから真田の頭を殴ってみたけど、モヤモヤが晴れることはなかった。まぁ、当然か。


「…どうしたのだ幸村…」
「いや別に?」
「機嫌が悪いのか?」
「別に悪くないよ。ていうか機嫌が悪いからって人に当たるほど俺は子供じゃない。
「(絶対嘘だ)…そうか。」
「ただね、ちょっと夢の内容が気になって……」
「夢?幸村、たかが夢に左右されるなどたるんど「うっせー黙れ。」……


真田に相談しようとした俺がバカだった。まぁ、真田が言う通りなんだけどね。たかが夢に気をとられるなんて今までに数回。でもそれはすぐに興味をなくし、まぁいいかで済ませてきた。だけど今回は、どうしてもハッキリさせたい。なんだか大事なことのような気がするから。
真田に言われるとなんかムカつくんだよなぁ。あれ、もしかしてこういうところが子供?いや俺まだ中3だし、子供でいいよねてか子供じゃなかったらなんなんだ?一つだけわかることは、真田は中3じゃないってことか。じっと真田の顔を見ていると、なんだか悲しくなってくるな。可哀想に。


「…幸村、今ものすごく失礼なことを考えていないか。」
「あはっそんなわけないだろ。ただ真田って中3には見えないよねって思ってただけ。決しておっさん顔とか思ってないから安心してね。」
「……」
「あれ、なんで泣くの?いい年して泣くなんてみっともないよ。たるんどる!」

「精市、そのくらいにしておけ。」
「あ、蓮二。おはよう。」


真田で遊んでいると蓮二が間に入ってきた。あ、あきれたような顔してる。


「残念。」
「幸村、貴様本当に美麗に似てきたな。俺は悲しいぞ。」
「ありがとう。」
「いや褒めてないんだが。」



美麗ちゃんか……元気にしてるかな。新学期が始まってからは会っていないけど、まぁ元気だろうね。今ごろ跡部と喧嘩でもしてるか、忍足を蹴り飛ばしているかもしれないな。


「あ、そうだ。真田、蓮二。」
「む、なんだ?」
「今日の放課後は空いてるかい?」
「ああ、大丈夫だ。」
「空いているが……」
「部長になった赤也が考えた練習メニューなんだけど、いろいろ考えることがありそうでね。二人にも協力してもらいたんだ。」
「ああ、わかった。」
「うむ。」
「場所なんだけど、真田の家でもいい?」
「…構わんが…なぜだ。」
「気分。」
「……そうか。」
「じゃあまた放課後に。」


いつの間にか学校に到着していて、昇降口で上靴に履き替えると二人と分かれ、自分の教室へと向かった。それから普段通りに授業を受け、皆とお昼を食べてまた授業を受け。でも昼食を食べたあとの授業は本当に眠い。俺の席は窓際で、今日は天気がいいから日差しが気持ちよくてさらに眠けを誘う。普段なら授業中は絶対に寝ないんだけど、今日だけは我慢出来ずに襲いくる眠気に従った。
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