辛党同盟
冬休みも残り三日となったある日の日曜日。本当は家で布団にくるまっているつもりだったのだが、母に追い出されてしまったため仕方なく寒空の下を歩く美麗。ブラブラと宛もなく街をフラついていた時、偶然にも向日と出会い、せっかくだから一緒に遊ぼうということになった。ゲーセンでリズムゲームの対戦をしたり格闘ゲームで対戦したりカーレースで対戦したりしたが全て美麗の圧勝という形で終わった。UFOキャッチャーで向日に猫のぬいぐるみを取ってもらい、上機嫌のままゲーセンを後にする。


『あ、ねぇ岳人。』
「ん?」
『寄りたい店があるんだけど、付き合ってくれない?』
「いいぜ!どこに行くんだ?」
『香辛料専門店。』
「………あ、そう。」


そんな専門店あったんだ、と。乾いた笑みを浮かべる向日は美麗についてその専門店の扉をくぐった。入った瞬間、鼻につんとくる匂い。思わずむせそうになるがなんとか我慢する。
店内には多種多様の香辛料が置いてあり、すごい色をした店だった。ここは地獄だ。と思わずにはいられない向日は激辛香辛料を手に取りうーん、と思案する美麗の姿をただ見つめた。


『迷うわね……あ、あれもよさそう。』


ふと目に止まった真っ赤な色をした香辛料に手を伸ばす美麗とほぼ同じタイミングで同じものを取ろうとした人がいて、その人の手と触れ合ってしまった。


「『あ』」


目を丸くさせる二人は小さく声をもらした。


『周助じゃない。久しぶり。』
「久しぶり、美麗ちゃん。」


そこにいたのは青学の不二周助。相変わらず穏やかで優しい笑顔を浮かべ、佇んでいた。


『そういえば周助も辛いもの好きだったっけ。』
「うん、ここは僕のお気に入りの店なんだけど…美麗ちゃんも?」
『そうなの!ここ種類豊富だから毎回楽しませてもらってるのよね。』
「僕もだよ。」


心なしか嬉しそうな声で不二と香辛料の話で盛り上がっていた時、向日と不二の付き添いで店に来ていた菊丸が痺れをきらし会話に割り込んできた。


「はいはいストーップ!その話はこの店出てからにしようよ!ね、ね?ていうかお願いします。」
「クソクソ!置いてきぼりにすんなよな!」
『ああ、ごめん忘れてたわ。』
「英二、ごめん。僕も忘れてた。」
「「!?」」


ガーン、とショックを受ける菊丸と向日にニコリ。綺麗に微笑み、不二は手に持っている香辛料を購入するためレジへと向かった。美麗も香辛料を二つほど手に取ると同じようにレジへ。この店を経営している店長とは仲がいいらしく、三人で香辛料について語り合っていた。飛び交う会話は聞いているだけで鳥肌が立つような、そんな恐ろしい言葉達を平然と、たまに笑いながら紡ぐ三人。取り残された菊丸と向日は顔を見合わせ、とりあえず二人が戻ってくるのを待つ。

10分後、不二と美麗はすっかり意気投合した様子で店から出てきた。


「そうだ。美麗ちゃん達はもうお昼食べたかな?」
『ううん、まだ。これから食べようかなって思ってるけど…』
「僕達もまだなんだ。よかったら一緒に食べない?」
『いいの?』
「もちろん。」
『岳人、どうする?』
「いいんじゃね?せっかくだし一緒に食おうぜ!」
「この近くに僕のお気に入りのカレー屋さんがあるんだ。」
『カレー屋さんなんて久しぶり。』
「俺も!」


こうして美麗と向日、菊丸は不二がお気に入りだというカレー屋さんへと足を向けた。
その店はいかにも、といった感じで、まるでインドに来たかのような雰囲気だった。四人はテーブルに着くと、さっそくメニュー表を開く。様々な種類のカレーがある中、美麗は一番安いキーマカレーの辛さレベルMaxを、向日は一番安いキーマカレーの辛さレベル1、不二はインドカレーの辛さレベルMax、菊丸はスープカレーの辛さレベル1をそれぞれ注文した。

料理が届く間、互いの学校の話や部活の話、進路の話、仲間の話などで盛り上がる。途中菊丸と向日が喧嘩を始めたが、それは美麗によって鎮められ。数分して運ばれてきたカレーが四人の前に置かれる。カレーのスパイシーな香りが鼻を擽り、食欲を倍増させた。いただきます、と声を揃え、カレーを口に運ぶ。


『ん、美味しい!』
「うん、美味い!」
「やっぱりここのカレーは美味しいにゃ!」
『でも全然辛くないわね。』
「「え゙」」
「そうなんだよね。だからいつも自前の香辛料入れてるんだ。」
『あ、それいいかも。私も入れよ。』
「「……」」


先程買った香辛料を元から赤いカレーにさらに入れる二人。丸々一本使い切ってもまだ足りないというのか、二本目に突入していた。真っ赤なカレーはもうカレーとは呼べず、血の池地獄のような、そんなグロテスクなものへと変貌している。


「ちょ、そ、その辺にしとけよ美麗…!」
『まだ足りないわ。』
「いやもう充分だろ!」
『いいじゃない別に。アンタが食べるわけじゃないんだし。』
「そうだけど…!でも見たくねーんだよそんな真っ赤なもん!はい終わり!香辛料入れんの終わり!」
『あ、ちょっと!もう…仕方ないわね。』


渋々といった様子で諦めた美麗は再度真っ赤なカレーを掬い、口へ。絶対辛いはずなのに、平然とした顔でまた一口。美味しい、と笑みすら浮かべ、まるで辛さを感じていないみたいだ。
本当に美味しそうに食べる美麗と不二を見ていると実はそんなに辛くないんじゃ、という気持ちになってくる。


「…う、美味いのか?それ。」


向日が恐る恐る問いかけると、二人は揃って頷いた。


『食べてみる?』
「……いや、いい『大丈夫よ、見た目ほど辛くないから。』……そ、そうか?」
「向日!騙されちゃダメ!」
「…え?」


菊丸が向日に小声で囁く。二人に聞かれないように注意をしているのだろうが、丸聞こえである。


「今まであの二人の辛くないが当てになったことないじゃん!」
「…そ、そうだよな!」
「そもそもあの二人の味覚はおかしい!ありえないの!」
「だよな…悪い、俺どうかしてたわ!」
「…二人とも、丸聞こえだよ。」
「「え」」
『誰が味覚おかしいって?』
「「…いや、あの…」」

「英二、僕のことそんな風に見てたんだ。悲しいな。」
「「……」」


ニコリと綺麗な笑顔を浮かべ、美麗は向日と菊丸の名前を呼んだ。優しい声音がなぜか怖くて、冷や汗が止まらない。


『優しい優しい美麗ちゃんからお裾分け。これ一口どうぞ。』
「「け、結構です。」」
『まぁまぁそんなこと言わずに。ね?食べてみなさいな。』
「「いやだから…!」」
『いいから黙って食えやァァァァ!!』



カレーのスプーンを無理矢理口に突っ込まれた向日と、同じく不二に笑顔で食べさせられた菊丸はカレーを飲み込んだ瞬間、火を吹いた。


「「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」」


まるでゾンビの雄叫びのような、そんなすごい声を発し、辛さに悶える向日と菊丸を見つめている美麗と不二。心なしか楽しそうだ。


数分してようやく辛さがおさまったらしく、ゼーハーと肩で息をしながら、まだヒリヒリする口を冷まそうと必死で水をがぶ飲みする二人の姿が見られた。


「「…(地獄の使者だ!ここに地獄からの使いが二人いる…!!)」」


あんなに辛いカレーを全く平気な顔で食している美麗と不二はやがて完食。美味しかったーとお上品に口元を拭う二人は、でもあんまり辛くなかったわね。うーん、そうだね…やっぱり香辛料足りなかったかな。次は二本使い切ろうかしら。という会話を交わしていた。

ついていけない菊丸と向日はただ黙って、この地獄に耐えた。


『ね、今度一緒に激辛料理店いかない?』
「激辛料理店?」
『私の行きつけのお店よ。すっごく美味しいの。』
「へぇ…いいね。行ってみたい。」
『じゃあまた今度、一緒に行こう!』
「うん。あ、英二も行く?」
「い、いい!行かない!(まだ死にたくない!)」
『岳人は?』
「絶っっ対行かない!!」


残念。と言いながらも笑顔な美麗と不二に、戦慄を覚えた。

こうしてついに辛党同盟が結成されたのだった。


to be continued...
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