旅先での出会い
あの温泉旅行から数日後、新年が明け、新しい年がやってきた。このお正月の三日間を利用して、美麗達雪比奈家は神奈川のとある家へとやってきていた。真田の家ではなく、美麗の母親の実家だ。大層立派な家はさすが元有名ブランド会社なだけあって跡部の家ほどではないが豪華だった。久しく実家には帰っていなかった母、紗夜の後を、美麗と翔、父、理人がついていく。この豪華で完全洋風な家にはいつ来ても慣れない理人。少し緊張した面持ちでリビングへ続く扉を開けた。


「お帰り、紗夜、理人くん。」
「ただいまお母さん、お父さん。」
「美麗、翔。久しぶりね。元気だったかい?」
「うん!」
『おばあちゃんも元気?』
「元気だよ。」


リビングには紗夜の両親が既に待っていて、久しぶりに娘と婿、そして孫の姿を見て嬉しそうに笑った。
新年の挨拶を済ませると美麗と翔、二人にお年玉を渡す。


「お母さん、ゲーム買いたい!」
「またゲーム?クリスマスにゲーム買っ……貰ったばかりじゃない。」
「今度はポケ◯ンが欲しいの!ねぇいいでしょ?」
「…ちゃんと勉強もするのよ?」
「うん!頑張る!」
「はぁ…」
「じゃあ行ってきまーす!」
「こら!待ちなさい翔!一人じゃ危ないでしょ!」
「美麗、一緒に行ってあげなさいな。」
『えー……めんどくさーい。』


祖母に言われたものの、美麗は心底めんどくさそうな顔で渋った。しかし、今日の夕飯にキノコ出さないぞ、と祖父に脅されるや否や『さぁ早く行くわよ翔!モタモタしない!』とすんなり態度を変えた。孫二人を見送ったあと、祖母と紗夜は夕飯の仕度、祖父と理人はチェス、囲碁、将棋、オセロ、など対決に没頭。比較的静かな時間となった。

その頃、美麗は弟を連れ神奈川の街へと繰り出していた。
目的であるゲームを買ったあと、お腹空いたと駄々をこねる翔にコンビニで肉まんを買ってあげた。肉まんおいしい!とニコニコ笑う翔を見つめ、美麗も穏やかに笑みを浮かべた。
さらに途中で見つけた自販機で温かい飲み物を買い、近くの公園に寄る。弟は公園にいた同い年の子達とすぐに打ち解け楽しそうに走り回っていて、美麗はベンチに座り、しばしの休憩。


『あー、寒い。』


せっかく買った温かいお茶は、あっという間に冷えてしまい、カイロの意味をなさなくなった。ふ、と吐く息は真っ白で、凍てつくような寒さに身を振るわせた時、「テメェなにしてくれんだクソガキ!」という怒鳴り声が小さな公園に響いた。なんだなんだ、と視線を声がした方に向けると、そこには三人のいかにも頭の悪そうな典型的な不良と、弟の翔、そして兄弟らしき男の子二人が向かい合っていた。あきらかによろしくない雰囲気。小さな子に声を荒げるなんて…とため息をついた美麗は兄弟らしき二人のうち兄だろう男の子の胸ぐらが掴まれたのを見て、ベンチから立ち上がる。


「冷てーんだけど。こんな真冬に水ぶっかけるとかありえねェ。どう落とし前つけてくれんだ?あ?」
「…っそ、そっちからぶつかってきたんじゃん!」
「あ゙あ゙!?」
「「ひっ…」」


震える体と声でなんとか言い返すも、鋭い眼光で睨まれすくみあがる翔と黒髪短髪の五歳くらいの少年。


「ガキが生意気言ってんじゃねーぞ!ブッ殺す!」
「っ!」


不良の一人が胸ぐらを掴んだ男の子を殴ろうと、腕を振りかざした。恐怖のあまり目をぎゅっと瞑る男の子と、泣きながら兄を呼ぶ男の子。この中で一番年上であろう翔は震える声で姉を呼んだ。

しかし、降り下ろされた不良の拳は、男の子に当たることはなく。目を開けた少年の目に映る蜂蜜色の綺麗な髪がふわり、風でなびく。寸でのところで受け止めた美麗を見た翔と少年二人にとって、彼女はまるでピンチを救うヒーローのように見えた。

美麗は不良の拳を平然と受け止め、冷ややかな眼差しで男達を見据える。綺麗な赤い瞳には確かに怒りに燃えていて、その絶対零度の冷たさに男達はビビり、畏縮しかけた。が、相手は自分たちよりも年下の、しかも女。女にビビるとかありえない、と自らを奮い立たせ、なんとか言葉を紡いだ。


「な、なんだお前。」
「邪魔すんな!俺たちはこのガキに用があんだよ。」
『いい年してなに小さい子に言い掛かりつけてんの。バッカみたい。』
「「「な…っ」」」
『この子たちがなにしたっていうのよ。』
「…っ水ぶっかけてきたんだよ!」
「違うよ!この人達がわざと俺たちにぶつかってきて、それで水がかかっちゃったんだ!」


胸ぐらを掴まれていた少年の訴えに、不良は黙れクソガキ!とまた手をあげようとしたのだが、その手はまたしても美麗によって阻まれた。ギリギリと音が聞こえるほど強い力で掴まれて、苦痛に歪む男の顔。


『ずいぶんと低レベルなことするのね。』
「…っ」


不良の腕を離し、呆れたようにため息をつく美麗はくるりと振り向くと、地面にへたりこんでいる男の子に怪我はないかと問いかける。


「だ、大丈夫…」
『そ。あなたも大丈夫?』
「うん、へーきだよ。」
『翔は?』
「だ、だだ大丈夫……」


子供たちの無事を確認すると、ふ、と柔らかく微笑む美麗。優しい笑顔に見とれていた少年の目がふいに見開かれ、「あぶな…っ」と叫ぶ。しかし瞬時に気配を察知していた美麗は戸惑うことなく、回し蹴りを決めた。ズシャア、と倒れる男を見下ろし、『消えろカス。』と吐き捨てる。すっかりビビり、畏縮してしまった不良三人は情けない声をあげながら、公園を出ていった。


「……ね、姉ちゃ…っ!」
『アンタなに泣いてんの?男でしょうが。』


ようやく恐怖から解放され、安堵した弟は美麗に抱きつき、泣いていた。泣き虫な弟の背中をポンポンと叩きながら、小さくため息をついた。ようやく泣き止んだ翔にティッシュを渡したあと、二人の少年は美麗に人なつっこい笑顔を向け感謝の言葉を告げる。


「おねーちゃん、ありがと。」
「助けてくれてありがとう!」
『どういたしまして。』
「翔のお姉ちゃん?」
「うん。」
「かっこいいね!」
「!でしょ!かっこいいんだ、俺の姉ちゃん!」
「いいなぁこんなお姉ちゃん欲しい!」
「姉ちゃんは俺の姉ちゃんだからあげないよ!ひなた達にはお兄ちゃんがいるんだろ?」
「いるけどお姉ちゃんも欲しいの。」
『なに?二人にはお兄ちゃんがいるの?』
「いるよー!とってもかっこよくてねー、やさしいの!あさひね、にいちゃんだいすき!」


どうやらこの兄弟にはもう一人兄がいるらしく、二人とも心底兄を好いているようだった。
兄のことを嬉々として語る二人を見つめ、美麗は優しい笑顔のまま相槌を打っている。
ひなたと呼ばれた少年が「俺の兄ちゃんはね、」と言いかけた時、「ひなた、あさひ!」と二人を呼ぶ声と、複数の足音。
なんか聞いたことある声だぞ?と眉をひそめながら振り向いたそこには。


「美麗先輩ー!!」
『……赤也…』


いとこの部活仲間であり何度も交流があった、立海の丸井、仁王、赤也の三人だった。美麗はスリスリと頬擦りしてくる赤也を引き剥がしながら、丸井を見やる。弟二人を抱き締めている丸井はお兄ちゃん、の顔をしていて、心配そうなその顔色でコイツらずっと前からいたな、と確信した。


「兄ちゃん、大丈夫だよ!翔のお姉ちゃんが助けてくれたから!」
「…翔?」
「誰っスか?翔って。」
「……」
『これよ。』


見知らぬ男三人にすっかりビビってしまった翔はすぐさま美麗の背中に隠れるが、引っ張り出されてしまい泣きそうな顔で必死に姉にしがみつく。丸井はじっと、興味深そうに翔を見つめ、呟く。


「もしかしてお前の弟?」
『ええ、まぁ。ほら、翔。挨拶は?』
「……怖くない?」
『この三人は私と弦の友達よ。だから怖くない。』
「……初めまして、雪比奈翔、です。」
「…先輩とは似てないっスね。」
「確かに。ちょっと内気?」
『あんなことがあったばっかりだから、三人組に過敏になってるだけよ。』
「お前さん、逞しいのぅ。」
『やっぱり見てたのね。』
「悪ぃ、出るタイミング見逃してさ。」


苦笑する丸井はでもやっぱお前仁王の言う通り逞しいわ。と賞賛の言葉を並べた。弟達が不良に絡まれているのを迎えにきた丸井が見つけ、慌てて助けようと公園に足を踏み入れたのだがそれよりも先に美麗が不良の間に割って入ったため、駆け寄るタイミングが見つからず傍観していたそうだ。


「先輩あの回し蹴り超かっこよかったっス!」
「あれはすごかったぜよ。」
「鮮やかだったよなー。」
『ふふん、そうでしょ?』
「それに比べて弟は弱虫だな。」
「…弱虫なんかじゃないもん。」
「いーや弱虫だろぃ。姉ちゃんに頼ってる時点で弱虫確定。男なら怖くても泣くな立ち向かえ。」
「うるせーブタ!」
「ブタじゃねーよ!お前年上に向かってなんだその態度!」
「バーカバーカ!ブタは森へ帰れ!」



丸井の言葉にキレた翔が毒を吐く。年上に対してあの口の聞き方。美麗そっくりなその口調と毒舌さに、赤也と仁王はやっぱりそっくりだな、と改めて認識した。


「ところで美麗先輩、なんで神奈川に?」
『お母さんの実家に新年の挨拶に来たの。』
「へー。新年早々先輩に会えて俺嬉しいっス!」
「まだ帰らんくていいんか?」
『帰りたいけど…ほら、翔とブン太が…。』
「あぁ……」


呆れたような目線の先にはまだ言い争っている丸井と翔。
辛辣な暴言にたじろぐ丸井だったが年下に負けるのがよほど悔しいのか、やけに子供地味た悪口を言うようになっていた。丸井のバカ、アホ、マヌケ、の数文字に対して翔の姉ちゃんより身長低いくせに意気がってんじゃねーブタ!お前なんかに姉ちゃんはやらないからな!という数十文字。誰がどう見ても翔の方が勝っている。


「さすが美麗の弟じゃ…怖いナリ。」
「似てないと思ってたけどめっちゃそっくりっス。特にあの辛辣な物言いが。」
『そうかしら……あ、でも確か弦や景吾が翔は昔の私にそっくりだって言ってたわ。』
「じゃあ美麗先輩も小さい頃はあんな感じだったんスか?」
『あんまり覚えてないけど、そうなんじゃない?』


ベンチに座りながらのほほんと会話する仁王と赤也、美麗。
公園内で走り回る丸井の弟、ひなたとあさひ。そして砂場でどちらが先にトンネルを掘れるか勝負している丸井と翔。

日が傾くまで、ずっと続いた二人の争いは決着がつかないまま、終わりを迎えた。


「覚えてろよ翔!次会ったら叩きのめしてやる!」
「やれるもんならやってみろブタ!」
「むっきぃぃぃぃ!!」
『おいブタ。きいきい喚くんじゃねー。近所迷惑でしょ。』
「だからブタじゃないって…!姉弟揃って失礼にも程があるだろ
!なぁ仁王からもなんか言ってくれよ!」
「…ダイエット頑張りんしゃい。」
「ファイトっス丸井先輩!」
「あ、おう、頑張る……って違う!
『「はっ…ざまぁ。」』
「黙れ毒舌姉弟ぃぃぃ!!」



丸井の叫びは夕闇へと消えていった。


to be continued...


あとがき→
prev * 183/208 * next