温泉旅行【2】
午後3時になると、予定通りサバイバルゲームは開始された。
係員のお兄さんの説明を受けた美麗達は二チームにわかれ、それぞれに与えられた武器片手に山へ入った。本格的なサバイバルゲームに心を踊らせた一行は完全に兵隊になりきってゲームを堪能した。お宝であるキノコに同時にたどり着いた両チームのキャプテン、跡部と美麗はどちらが先についたかで言い争い、キノコの取り合いは徐々に激しさを増し、ついには手持ちの武器で戦うまでになるほど。
結局係員のお兄さんが止めに入るまで戦いは続いた。

無事にキノコをゲットし宿舎へ帰ってきたころには空は薄い藍色になっていて、キノコを料理長へ渡し絶品キノコ料理が出来るまでしばし休憩。時刻は午後5時半過ぎ。夕食の時間は6時半。それまでは各自自由に過ごすことになった。


「丸井先輩!ゲームしません!?」
「ゲーム?」
「俺Wii持って来たんスよ!」
「マジか!やろうぜぃ!」
「仁王先輩もどうですか?」
「俺温泉行ってくる。」
「ジャッカル先輩はやりますよね!」
「おう。」
「なぁ俺もゲームやりたいんだけど!」
「俺も俺もー!」
「いいっスよー!」


なんのゲームをやるかで盛り上がる赤也、丸井、向日、ジローにジャッカルは部屋へ向かい、夕食前に風呂に入ろうと、温泉へ向かう仁王、幸村、日吉、美麗。柳生と柳はこの旅館にある図書室へ。宍戸と鳳は卓球広場。跡部と真田は何をするでもなく部屋へこもっていたが途中でなぜか美麗の自慢大会が始まりそれは美麗が温泉から戻ってくるまで続いた。
6時半になると仲居さんが夕食が出来たと呼びに来てくれ、バラけていた皆が食堂に集まった。運ばれてくる料理にはどれもこれもキノコが使われており、まるで美麗のためにあるかのような料理ばかりだった。
いただきます、と声を揃え、料理に箸を伸ばす。


「うま!キノコうま!」
「ヤバイっすねこのキノコ!めっちゃうまい!」
「なかなかイケるナリ。」
「ええ、美味しいですね。」
「ほぅ…このキノコは食べられるキノコだったのか。」
「うむ、美味い。」
「…微妙。」
『おいコラ今なんつった!!微妙!?これが微妙だって言ったの!?』
「言った。」
『このキノコは世界中で愛されてるのよ!ぷりっとした肉厚、しっかりとした歯ごたえ…噛めば噛むほど広がる風味!そんな最高級のキノコを微妙!?』
「………」
『キノコの味もわかんない舌なんて存在する意味ないわ!引っこ抜いてやるぜ舌だせオラァ!!』
「落ち着けって!早まるな!」
「…ワー、キノコオイシイネー。」



皆が美味しいと絶賛するキノコ料理に、ただ一人だけ美味しさがわからない者がいた。幸村だ。幸村は正直に感想を述べただけなのだが、美麗の怒りを買ってしまった。ものすごい形相でキノコの美味しさを語り、さらには舌を引っこ抜いてやる!とどこからかペンチを取りだし幸村につかみかかろうとしたのだが、寸でのところで宍戸に止められた。暴れ狂う美麗に珍しくビビった幸村は冷や汗を流し、ほとんど棒読みでキノコが美味しい旨を伝えた。そんな棒読みで美麗が大人しくなるわけない、と。ますます怒り狂うと予想した跡部と真田、他メンバーだがその予想は覆された。


『そ、わかればいいのよ。』


え、許すの?


幸村を含め、全員がそう思った。
てっきり“棒読みとか全然心こもってねーだろ!ナメてんだろテメーマジで舌引っこ抜いてやるぁ!"なんて言ってさらに怒ると思っていたのに。美麗はニコッと可愛らしい笑顔を浮かべ、鼻歌混じりにキノコを口に運んでいた。怒りはおさまったようだ。

至極幸せそうな顔でキノコを頬張る美麗に、真田は声をかける。


「美麗。」
『んー?』
「俺のも食べるか?」
『いいの?』
「ああ。」
『じゃあ遠慮なく。』


真田が差し出したキノコを受け取る美麗は嬉しそうに笑った。


『ありがとう、弦。』


大好きないとこの幸せそうな笑顔を見られることが、真田にとっての幸せであり喜びである。
ふ、と優しく笑い、小さく頷いてみせる真田は慈しむように美麗を見つめた。


夕食のあとは皆でトランプをして遊んだり、明日の予定を立てたりしながら過ごした。
8時を過ぎた頃、一つの部屋に集まり明日の予定を粗方決め終わると美麗がのそりと立ち上がった。


「どこ行くの?トイレ〜?」
『違うわよ温泉に行くの。』


バスタオルに洗面用具一式を持つ美麗に、赤也は俺も行きます!と元気よく挙手。せっかくだから皆で行こうということになり、全員で温泉へ向かった。


「美麗ちゃん一人で淋しない?一緒に入ったろか?」
『沈めたろか。』
「すみませんでした。」
『覗いたらブッ殺すからな。』

「大丈夫だ美麗。俺様が阻止してやる。」
「いや、そんなことは俺がさせん。安心しろ美麗。」
「「……」」
「おい真田、これは俺様の役目だお前は引っ込んでろ。」
「何を言っているのだ跡部。不審者から守るのはいとこである俺の役目だ。貴様こそ引っ込んでいろ。」
「あーん?その不審者はうちの学校の者なんだぜ。美麗はうちのマネージャーだし不審者から守るのは部長である俺の役目だ。他校はしゃしゃり出てくんじゃねェよ。」
「いやあの、俺不審者ちゃうから。」
「嘘をつくな。貴様はどこからどう見ても不審者だ。」
「!?ちょお幸村!お宅の真田めっちゃ失礼!なんか言ったって!」
「真田、駄目じゃないか。忍足は不審者なんかじゃないよ。」

「おお、さすが幸村。」
「忍足は変質者だ。間違えるなんて失礼だよ。」
「いやお前が一番失礼やわ!」
「む、そうか。すまん。」
「お前は謝るなぁああ!」



変質者呼ばわりされた忍足はたまらず叫ぶ。しかし誰も言い直してはくれず、一人涙しながら跡部達の後に続いた。女湯と男湯の暖簾をくぐった彼らは、傍らに設置されている立て札の存在に気づくことはなかった…。
prev * 180/208 * next