温泉旅行【1】
クリスマスに降った雪は翌日にはすっかり溶け、あのどんよりとした雲はどこにも見当たらず、冬のわりには比較的暖かく感じる今日12月27日。美麗達氷帝テニス部レギュラーは部活が二日間休みなのを利用して、一泊二日の温泉旅行へ向かう途中だった。以前立海で行われたクリスマスイベントに参加し、見事優勝を果たした美麗と幸村が貰ったクリスマスプレゼント、温泉旅行券。今日は氷帝、立海レギュラーのみでその券を使っての旅行である。

美麗が幸村と相談した結果奇跡的に休みが被っている今日、出掛けることになった。跡部が用意したバスに乗り込み、途中神奈川に寄り立海メンバーを拾ったあと、バスは都会から離れた閑静な旅館へと到着した。周りは山で囲まれ、辺りは一面真っ白。今もちらちらと雪がチラつく中、旅館の女将が出迎えてくれた。部屋数は三つしかなかったが、それなりに大きいため不満なく部屋に備え付けである露天風呂にテンションが上がる赤也と向日、ジローだった。
だが約一名、気に入らない者がいた。


『……ありえない。』
「なにがだ。」
『なんで私一人部屋じゃないの!?普通女の子は一人部屋でしょ!なんで野郎共と同じ部屋なのよ!!ありえなーい!』
「手違いらしいよ。」
『は!?』
「間違えちゃったんだって。」


幸村の言葉に、美麗は憤慨する気力を失いがっくしと項垂れた。この中で唯一の女の子である美麗。当然一人部屋だと思っていた。しかし実際部屋は三部屋しかなくて…男子と混じることになっている。旅館の人の手違いに最悪だわ、とため息をつく。あまり幸先よくない旅行になりそうだと漠然と思った。

梅の間、桜の間、桃の間。
各部屋定員は梅五名、桜、桃は六名。公平にじゃんけんで決めた結果、梅の間には忍足、ジロー、柳、真田、日吉。桜の間には美麗、跡部、宍戸、丸井、柳生、赤也。桃の間には岳人、鳳、樺地、幸村、仁王、ジャッカル。となった。
それぞれ部屋に荷物を置いたあと再びロビーに集まり、これからどうするかを話し合う。


「俺は植物園に行きたいな。この近くにあるみたいだから。」
「俺スキーやりたいっス!せっかく山に来たんだし。」
「俺は博物館に興味があるな。」
「そんなことより腹減った。なんか食いに行きてェ。」
『ちょっとアンタ達何言ってんの!?私達は温泉旅行に来たんだから温泉に入らなきゃ意味ないじゃない!この旅館はいろんな天然温泉があるんだから。温泉巡りに決まってるわ。』
「……見事に意見がバラバラだな。」
「…そうだな。」
「なんでこんなに纏まりがねーんだよ…」


跡部、真田、宍戸がため息をつく。大人数で、しかも各々がマイペース、かつ個性的。そんな彼らが最初からまとまるはずがなく。予想通りと言えば予想通りだった。幸村や柳まで加わっていることには少し意外だったが。温泉!植物園!博物館!飯!スキー!と、ぎゃいぎゃい言い争う五人を暫し傍観したあと、跡部が声を上げた。


「お前ら譲り合うってことを知らねーのか。」
「『知ってるけどなんで俺/私が譲らなきゃならないの?」』
「ハモるんじゃねーよ自己中コンビが!」
「跡部にだけは言われたくないね。」
『ねー。』

「(柳生、なんか幸村が最近美麗に似てきた気がするぜよ…)」
「(いえ、幸村くんは元々あんな性格ですよ。ただちょっと横暴さが増しただけです。)」
「(やっぱり美麗の影響かの。)」
「(…恐らく。)」


小声で会話を交わす柳生と仁王には気付かずに、跡部は額に青筋を浮かべ今にも幸村と美麗に殴りかかりそうなほど怒っていた。そんな三人を見つめていた忍足がパンフレット片手に声をあげる。


「美麗ちゃん、ちょ、これ。」
『あ゙あ゙ん?』
「…あのこれ見てみ。いや見て下さい。」



忍足が示したヶ所を流し読みした美麗は途端に目を見開き、パンフレットを奪い取った。


『……忍足。』
「…なんでしょうか。」
『よくやった!褒めてつかわす!』
「!ははー!ありがたき幸せ!」

「なになにー?美麗ちゃんどーしたの?」


ジローがテンションの上がった美麗の手元を覗き込む。


「………」
『夕方からですって!絶対参加するわよ!』
「…俺もー?」
『当然!』
「……だよね。」
「?なんなんスか?」


がくっ、と肩を落としたジローにいったいどうしたのかと興味が湧いた赤也達が問いかけると、美麗はパンフレットを高らかに読み上げた。


『“本日夕方3時よりこの旅館ならではのイベントが行われます。旅館の側にある山はアトラクション形式になっており、忍者、兵隊、武士、山姥など様々なことを無料で体験可能!そんな山で行われるイベントはサバイバルバトル。二チームに分かれ、お宝を目指しバトルをしていただきます。お宝は厳選された国宝級キノコ盛り合わせ!皆様奮ってご参加下さい。"』
「「「……」」」


やっぱりキノコ絡みか。と、薄々勘づいていた跡部達は揃ってため息をついた。


「なるほど…キノコ鍋が食べたければ自分達で勝ち取れ、ってことか。」


柳の呟きに、美麗がそうみたい、と頷く。


「ていうか無料体験できる種類おかしくね?なんだよ山姥って。」
「なんで山姥チョイスしたんだ。」



運営側のチョイスにつっこまずにはいられない丸井と宍戸だったが、誰も気にしていないのを見てそれ以上言うのをやめた。


「俺はやりませんからね。そんなくだらないゲーム。」


突然、日吉が吐き捨てた言葉に美麗はすかさず反応。


『ダメ。全員参加よ!』
「嫌です。」
『…何?アンタ私に逆らうの?』
「…いや、逆らってるわけじゃ……」
『ふん、いいわよ。参加しないんだったら若だけ一人で山姥の体験してれば?』
「サバイバルに参加させていただきます。」



さすがに山姥の体験はしたくない。サバイバルか山姥か。日吉の頭に浮かんだ天秤は迷うことなくサバイバルに傾いた。即答する日吉を見つめ、ふふん、と満足気に笑う美麗は腕時計を確認する。時刻は午後2時。


『まだ一時間あるけど…いっか。行こう。』
「……」
『ちょっと何してんの、早く行くわよ!急いで!モタモタすんな!』
「先輩スキーは!?」
『明日!』
「えー…」
『ちゃっちゃと走らんかいオラァ!』
「っはいぃぃ!」



別に急がなくても十分間に合うのに、早くしろと急かされ走るハメになった跡部達が美麗のあとをついていったことを激しく後悔したのはわずか五分後のこと。(山に入る前に迷ってしまったのである。)

こうして、なんとか無事にイベントの集合場所にたどり着いた一行はサバイバルバトルに挑戦することになった。


to be continued...


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