聖夜のイベント【5】
《最終対決の内容はこちら!》


スクリーンに大きく表示された“お題攻略!ときめかせた者勝ち!"という内容に、美麗と幸村、そして対戦相手は首を傾げた。


《ここにいるのは立海教師軍。お二組には審査員である教師軍をときめかせていただきます。この箱の中にいくつかのお題が書かれた紙が入っていますので、順に引いてそれに書かれている内容を相方とこなして下さい。お題は優しいものから超恥ずかしいものまで多数ありますので、頑張って下さいねー!》


司会者の説明に、なるほど。と頷いた美麗達。点数制で、1から10点まで。計五回の対戦で、一番点数の高いペアが優勝。という説明を付け足したあと、対決は始まった。


《まずお題を引くのは山下、花岡ペア!》
「…や、山ちゃん引いて。」
「いや花ちゃんが引いていいよ。」
「いや山ちゃんが。」
「いや花ちゃんが。」
《さっさと引いて下さーい。失格にしますよ。》


互いに譲り合う山下、花岡ペアにしびれをきらしたのか司会者が早くしろと促す。数分渋っていたが、結局彼氏である山下が引いた。
山下、花岡ペアの最初のお題は“二人で恋の俳句を作れ"だった。二人が制限時間3分しかない中、なんとか作り上げた俳句はなんともシンプルで可愛らしく、八点という高得点を出した。


《お次は幸村、美麗様ペア!お題引いて下さい!》
「じゃあ俺が引くね。」


幸村が引いたお題は“彼女が彼氏に甘える時の言動を再現せよ"。


「『……』」
《これはちょっと恥ずかしいかな?美麗様が普段幸村さんに対してどんな風に甘えているのか…!気になります!》
『なんてもん引いてんのよ!アンタ運悪すぎ!』
「…まぁ、頼んだよ。」
『…っ(甘える時の言動って何!?彼氏に甘える時ってどんな時よ…!)』


彼氏がいたことのない美麗にとって、少し難しいお題。頭を悩ませ、ふと思いついたのは跡部と一緒に寝る時にいつも言っている言葉。これでいいか、と、美麗は幸村をじっと見つめ、口を開く。


『…精市、もっとぎゅってしてよ。』
「……っ」
《きゃああああ!美麗様可愛い可愛い何ですかその甘え方!》


優しい眼差しに、少し赤い頬で発せられた甘い声。幸村は赤くなる顔を隠しもせず、ただ固まる。一瞬の静寂のあと司会者も審査員も、観客も真っ赤になり発狂。美麗ファンにはたまらないセリフに、鼻血を出す者までいた。


《そ、それはどんな時に言うんですか!》
『え、一緒に寝る時。』
《!?》
「!?」
《い、一緒に…って幸村さんと寝てるんですか!?》
『(…精市とじゃないけど、まぁ本当のこと言えるわけないし)そうだけど。』
《……っな、なんて破廉恥な…!羨ましいです幸村さん!ていうかなんで照れてるんですか幸村さん!一緒に寝てるくせに何赤面してるんですか!》
「…いや、な、なかなか慣れなくてね。(これはヤバイ。)」
《長年一緒にいるくせに今だに慣れないだなんて…!幸村さんは意外とウブですね!》


舞台の上で盛り上がっている中、下で聞いていた立海メンバーも赤面する者が多数いた。


「せ、先輩可愛い…!ズルいっスよ幸村部長俺も言われたい!」
「…っ破壊力が凄まじいな。」
「…よくもまぁあんな言葉が咄嗟に出るよな。」
「あの言葉、いつも俺様に言う言葉だぜ。」
「「は!?」」
「何…!?」
「冬限定だけどな。一緒に寝る時はアイツ、必ずああやって甘えてくる。」
「…ま、マジかよ。」
「なんで跡部ばっかりそんないい思いしとんのや!ズルい!幼馴染みやからってズルい!」
「な、そんなバカな…!美麗は俺には一度も言ったことがないぞ!」
「はっ、それは単にお前には甘えたくねェってこった。俺様の勝ちだな真田。」
「ぐ…っ」
「…なんの勝負してたんだよ。」



下でそんな風に会話している間にも、戦いは順調に進んでいた。あれから二回目、三回目とどちらも難なくお題をクリアし、現在の点数は山下、花岡ペアが20点。美麗、幸村ペアが30点。


《続いて四回目!山下、花岡ペア引いて下さい。》


花岡が引いたお題は“喧嘩をしたあとの仲直りの仕方を再現せよ"で、「殴っちゃってごめんね」「いや俺の方こそごめん。」というシンプルな謝り方+頭なでなで。審査員は可愛らしいねぇ、と微笑みながら点数を表示。
続いて美麗がお題を引いたお題は“審査員の質問に答えよ"だった。


《おっとここで特殊なお題が出ました!お二人にはこれから審査員がいくつか質問をしますので、聞かれたことにはすべて答えていただきます!秘密はなしで。それではどうぞ!》


司会者が下がると、さっそく審査員の一人が口を開いた。


「それじゃあまずは彼氏さんに質問しようかね。彼女のどういうところを好きになったのかな?」
「……そうですね…」


幸村はチラリと、隣にいる美麗を見た。偽の恋人同士だが、美麗のいいところはいっぱい知っている。小さく笑ったあと、答える。


「全てです。」
「全て?」
「はい、ちょっと生意気なところも、自信家なところも、冷たいところも、実は照れ屋なところも本当はすっごく優しいところも。全部好きです。」
『……』
「なるほど。」


幸村に優しい視線を向けられ、美麗は視線から逃げるように俯いた。髪の隙間から覗く頬は赤く染まっている。幸村の言葉は嘘偽りのない素直な気持ちなのか、はたまたただの演技なのか。美麗にはさっぱりわからなくて、ただ戸惑うばかり。


『(ちょっともうなんで動揺してんの!?最近の私おかしいわよなんで照れてんのよバカ!)』


心の中で自分を叱咤していると、「では彼女さんに質問です。」と審査員の声。美麗は一度深呼吸をしたあと、俯いていた顔を上げた。


「なぜ彼氏を好きになったのかな?好きになったきっかけは?」
『……』


好きになったきっかけは、と聞かれても、別に幸村のことを本気で好きなわけではないのだから、どう答えればいいのか。少し迷ったあと、静かに口を開く。


『…気がついたら好きになっていたんですもの、きっかけも理由もないわよ。』


凛とした、綺麗な声が響く。


『人を好きになるのに、理由なんていらないと思うわ。彼が好き。ただそれだけでいいじゃない。』


もしも自分に好きな人がいたら。そう考えてみると、好きになる理由なんていらないんじゃないかと。気がついたら好きになっていたとか一目惚れとかもあるわけだし、と。ただ好きなだけでいいんじゃないかと。美麗はそう言っている。

彼を好きになったきっかけ、理由。そんなものはない。きっとどのカップルも。中には好きになった理由がある人もいるけれど、それは人それぞれ。


「…(…美麗ちゃんって、好きな人がいるのかな。)」


好きになるのに理由なんていらない。そう言った時の美麗の表情は優しくて、まるで誰かを思い出しているかのように慈愛に満ちた表情だったのを、幸村は見逃さなかった。少しだけ心にモヤッとしたのが広がったのを感じ、そっと、誰にも気づかれないように胸を押さえた。

その後もいくつかの質問に答え、五回目のお題も互いに終え。
ついに結果発表の時が来た。


《山下、花岡ペアの得点は35点!美麗様、幸村ペアの得点は49点!よって優勝は美麗様、幸村さんの最強カップルですおめでとうございまーす!》


わあっと沸き上がる歓声と拍手が止まない中、二人は主催者である立海の校長からクリスマスプレゼントの温泉旅行券を貰った。念願の旅行券を見つめ、美麗は幸村に笑いかけた。


『旅行券取ったどー!』
「よかったね。」
『皆で行こうね!』
「…皆?」
『私達氷帝と、立海の皆で。』
「いいの?」
『いいもなにも私と精市は恋人同士って設定でしょ?この券、恋人同士の友人なら何人でもオッケーって書いてあったじゃない。だから、ね?』
「…ふふっ…うん、皆で行こうか。」


穏やかに微笑む幸村に美麗も微笑み返す。


今だ興奮覚めぬまま、立海のクリスマスイベントは幕を下ろした。美麗は氷帝メンバーと合流すると、ファンの人に見つかると大変なことになるから、正門ではなく裏門から出ることに。


「美麗ちゃん、今日はありがとう。助かったよ。」
『いいわよ、旅行券ゲットできたから。』
「おい幸村。」
「なんだい跡部。」
「次からは勝手に美麗を持っていくなよ。」
「うん、嫌だ。」
「嫌だじゃねェ!」

『叫ばないでよ見つかっちゃうでしょ!もう、さっさと帰るわよ。』
「チッ…行くぞお前ら!」


幸村の奴なんなんだ…!と悪態つきながら裏門から出ていく跡部を、忍足達は苦笑しながら追いかけた。


『じゃあね、弦。』
「…ああ、気をつけろよ。」
『はいはい。』
「先輩!旅行の時は俺と一緒に寝て下さいね!」
『はいはい。』
「!よっしゃ!」
「美麗ちゃん。」
『何?』


裏門を出る直前、幸村は美麗を呼び止めた。


「審査員の質問に答えてる時、美麗ちゃん好きになるのに理由なんていらないって言ってたよね?」
『言ったわ。』
「その時、誰を思ってたの?」
『え?』
「あの時の美麗ちゃん、すっごく優しい表情してたから…誰を思ってたのかな、って。」
『ああ、あれはうちの飼い猫よ。』
「……猫?」


目を丸くする幸村に、美麗はふふっと、あの時と同じ優しい笑顔を浮かべ言った。


『私の猫、アメリカンショートヘアーなんだけど、ペットショップで買ったの。すっごく可愛くて一目惚れして。初めてあの子と出会った日のことを思い出してたのよね。』
「……あはっ。そっか。」
『それがどうかした?』
「いや、なんでもないよ。」
『?変なの。』


訝しげな顔をする美麗は、跡部に名前を呼ばれ、幸村に背を向けた。
去っていく美麗を見つめる幸村の表情は晴れ晴れとしていて、なんだか嬉しそうでもあった。


「部長?」
「ん?」
「どうしたんスか。なんか嬉しそうっスけど…」
「ふふ…秘密。」
「えー?」


to be continued...


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