聖夜のイベント【4】
《それでは、バトルスタート!》


開始の声と共に、佐藤、西山ペアは攻撃を仕掛けてきた。


「いくよハニー!」
「オッケーダーリン!」
「「ラブ・アターック!」」
「『……』」


変なかけ声と同時に突進してきたバカップルの攻撃を、美麗と幸村は冷めた眼差しで難なくかわす。


「な…っ僕達のラブ・アタックをかわした!?」
「嘘でしょ…!」
『なーにがラブ・アタックだ。そんなんで私達引き裂こうだなんて、バカじゃないの。あ、バカだったわねごめんなさい。』
「く…っならばこれならどうだ!ハニー!」
「任せてダーリン!えい!」


二人に向かって投げた小さなボールがヘナヘナと頼りなく地面に落ちた途端に辺りは白い煙に包まれ、視界が悪くなる。煙幕だと、すぐに気づいた二人だが別にどうってことないのか、平然とした様子だ。
煙の中、美麗と幸村の背後に回った佐藤、西山。そのまま一気にラブ・アタックを決めようとしたのだが、二人は鮮やかに攻撃をかわした。まるで後ろから来るのがわかっていたみたいで、煙が徐々に晴れていき互いの姿がハッキリ見えるまで回復した時、幸村と美麗は余裕の笑みを浮かべていたのだ。


「そんなバカな…!」


唖然とした表情を浮かべる佐藤、西山ペア。美麗は二人を見つめ、つまらなさそうに欠伸をもらした。


『つまらないわね。もう終わり?』
「…っ!」
『ハッ、所詮ザコはザコね。』
「美麗ちゃん、そろそろ遊ぶのやめようか。」
『そうね、さっさと終わらせましょ。』
《おお!ついに動くか幸村、美麗様ペア!一体どんなことをしてバカップルを引き離すんでしょうか!ワクワクです!》


美麗と幸村は互いに一度目配せをすると、限界まで下がり佐藤、西山から距離をとった。
何だ?と首を傾げる司会者と観客。佐藤と西山が顔を見合わせた時、二人はダッと駆け出した。


「え、え?」
「え、ちょ、なに」
『「うらぁ!!」』

戸惑う佐藤、西山を真っ直ぐに見据え、二人は同時に地面を蹴り、仲良く揃って飛び蹴り。


「「ぐほぁ!!」」


面白いくらいアッサリ離れたバカップルはそのまま吹っ飛び、離れてしまったことでかなりショックを受けたのか呆然と固まっていたが、我にかえると慌てて手を取り合った。この時点で美麗達の勝利は確定しているのだが、二人はまだ開始前のあの言葉を根に持っていた。まだまだこんなもんじゃねーぞコラ!とドスの聞いた声音で呟きその剣幕にすっかり畏縮してしまった佐藤、西山が後ずさるも二人はジリジリと確実に間合いを詰める。


『アンタ、私をそこら辺に浮いてる塵と同じだってほざいたわよね。』
「は、はい…」
『お前の目は節穴か、あ゙?私が塵だったらお前世界中の女はただのゴミ以下だぞ。失礼にもほどがあるわ。』
《…いや美麗様が一番失礼なんじゃ『お黙り司会者!』は、はいすみません!》

「美麗ちゃんが塵なら君の彼女はそこら辺に落ちてる米粒だね。」
『それから精市のことゴキブリ並みとかぬかしやがったけど精市がゴキブリならお前はミジンコだ。』
「「……」」
「俺がゴキブリなら全国の人がじゃあ自分はなんなんだろう、って自信喪失して自殺者多数出るよ。」
「「すみませんでしたぁああ!」」



二人からは静かだけど確かに感じる怒り。あまりの迫力と言葉の圧力に、佐藤と西山はビビってもうひたすら謝るしかない。足元に平伏した佐藤、西山を見てフンと冷めた目で見下ろした美麗は次はないわよ、と言い置き去っていった。サラリと髪を靡かせ歩く姿は女王の風格が漂い、一瞬静まり返ったあと割れんばかりの歓声がこだます。美麗ファンがさらに増えた瞬間だった。


「きゃあああ!美麗様素敵!」
「何あれ反則よー!」
「ああかっこいいかっこいいかっこいい!」
「抱かれたい…っ」
「好き!大好きっ!」


「ヤッベマジでかっこいい!」
「俺女王陛下に踏まれたい見下されたい。」
「俺も。」
「同じく。」



あちこちで美麗を称賛する声が聞こえ、丸井達は苦笑いしかできない。


「…今女子なんつった?」
「“抱かれたい"って言ってたっスよ…」
「同性のくせして!つーかなんで美麗はこんなに女子にモテるんだよぃ!」
「男子はなんかもう…キモい。」
「アイツに関わる女子はなぜか大半が同性愛に目覚めるぜ。」
「そして男子はMに目覚める。」
「「……」」


跡部と真田は慣れているのか、周りの歓声に動じることなく静かにそう呟いた。宍戸達もうんうんとうなずいている辺り、氷帝でも同じようなことが起こっているのだろう。丸井達はひきつった笑みを浮かべ、改めて美麗の人気っぷりを思い知らされた。


「……やだ、かっこいい。」
「だよね。実は私さっきから動悸がおさまらなくて…」
「…わ、私も…」
「……っ」
「…会長?」
「(なんで私達の幸村くんを誘惑した憎き相手にこんな…っこんな感情を抱くの…っ!)惑わされちゃダメ!あれはあの女の策略よ!騙されるもんか!」


美麗のことをよく思っていない幸村のファンクラブは何人かが心を奪われそうになっていた。ファンクラブ会長である少女もまた、奪われかけた一人。しかしこれは罠だと、いっそう気を張り舞台にいる美麗を睨みつけた。ほんのりと赤い頬で。


《さぁイベントも残すところあとわずか!4回戦はこちら!》


司会者がマイク越しに告げると、スクリーンには大きく対戦内容が映し出された。


《“料理対決"です!》


「「「りょ、料理ぃ…!?」」」


司会者の弾む声とは反対に、ひきつった声を上げたのは氷帝メンバーと真田。顔面蒼白で、冷や汗はダラダラ、中にはカタカタと震える者もいた。跡部と真田も、普段なかなか見られない蒼白な顔で小さく震えていた。


「え、ちょ、どうしたんだよぃ!」
「大丈夫っスよー美麗先輩なら料理も楽勝だしっ!」
「大丈夫じゃねェんだよ!」
「…と言いますと?」


柳生が首を傾げ、訊ねる。


「下手したら死人が出る…!」
「し、死人?」

「あ、料理が美味すぎて、っスか?そうっスよね!?」
「いや、その逆や。美麗ちゃん、料理は壊滅的に下手でな…食べたら三日間は寝込むで。」
「……そんなバカな。」
「本当だよ丸井くん!俺達がそうだったんだから!」
「あああどうしましょう宍戸さん!審査員の方が死んじゃう…!」
「お、おお落ち着け長太郎!大丈夫だ幸村がいるアイツに任せればきっとなんとかなる!」
「そ、そうですね!ちなみに幸村さん料理はできますか?」
「…さ、さぁできるんじゃねーの?つーか美麗ってそんなに料理下手なわけ?」
「「「マジでヤバい。」」」

「……意外だな。」


声を揃えて頷く向日、宍戸、忍足に、柳は感心したように呟き、ノートにペンを走らせた。


「ま、そんなとこがまた可愛ええんやけどな。俺は美麗ちゃんのそーいうアカン部分もすべてひっくるめて好きやから構わんわ。」
「じゃあ今回はちょっとヤバいんじゃなか?」
「…大丈夫でしょうか。」


忍足のうっとりとした言葉を無視して、舞台に目をやる仁王、柳生達。すっかり慣れてしまった無視という攻撃に、忍足はふ、と乾いた笑みを漏らした。
皆が舞台に視線を向けると、ちょうど対決についての説明が行われていた。


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