聖夜のイベント【2】
立海の敷地内を歩くのは初めてな美麗は、氷帝ほどではないがそれなりに大きな学校を興味深そうに見渡していた。見知らぬ場所なため、大人しく幸村の後ろをついて歩くこと数分。
テニス部部室へと案内された。
部室の扉を開けると、中にいたレギュラーは全員、ホントに連れてきやがったよコイツ。的な表情で幸村を見た。


「…美麗、幸村がすまない…」
『…アンタ達の部長ありえない。なんでこんな横暴な性格になっちゃったわけ。』
「(精市は昔から横暴だったがな。まぁ知らないのは当然か。)」


柳が心の中で呟き、苦笑をもらしているその横では赤也が瞳を輝かせ美麗を仰ぎ見ていた。かと思えば我慢ならない、とばかりに勢いよく抱きつく。


「美麗先輩ーっ!会えて嬉しいっス!」
『あーはいはい。』


いきなり抱きつかれてももう驚かない美麗はポンポンと赤也の背中を軽く叩く。


「つーか仁王の件で立海にも美麗のファンクラブ会員数がさらに増えたんだけど。」
『知るか。』


丸井の言葉をその一言で切ると、幸村に向き直る。


『優勝したらもらえるクリスマスプレゼントって何?』
「あぁ、これだよ。」


幸村がポケットから一枚の紙を取り出し、美麗に渡す。


「一泊二日の温泉旅行!いいよなぁ。冬にピッタリ!」
『…ふーん………ん、』


優勝したらもらえるというクリスマスプレゼントは、なるほどプレゼントに相応しい豪華なものだった。一泊二日の温泉旅行。しかも嬉しいことにカップルの友人なら何名でも同行可能というオプション。幸村がプレゼントにあまり興味はないけど、どうせ狙うならそれがいいよね。と笑う。その言葉をぼんやり聞いていた美麗は紙の隅に書かれた言葉にカッと目を見開いたかと思えば精市、と幸村の名を呼んだ。


「なに『絶対優勝する。』…はい?」
『このイベント、絶対優勝するわ!』
「え、」
『何がなんでも優勝よ!恋人のフリでもなんでもやってやろうじゃないの!とにかく優勝!どんな手使ってでも優勝よわかった!?』
「…いや、うん、いいけど……なんでいきなりやる気出たの?」



やる気のなさそうな目をしていた美麗の突然変異に、幸村だけでなくその場にいた皆が首を傾げた。柳が無造作に投げられた紙を広い、隅から隅まで目を通した結果、ようやく変貌した理由が判明した。


「これか。」
「どれだよぃ。」
「…“夕飯はプロの手により厳選された絶品キノコ料理!キノコパレードである"」
「「…ああ、なるほど。」」


どこまでもキノコを愛する美麗だった。
キノコのためならなんだってするわ!そう意気込む美麗の耳に、校内放送が入る。


《まもなくイベントが始まります。イベントに参加するカップルの皆さんは体育館ステージ裏にお集まり下さい。》
「お、いよいよじゃな。」
『よし、行くわよ精市!体育館まで案内しなさい!』
「はいはい。じゃ、行ってくる。」
「頑張れよ、二人とも。」


ジャッカルの言葉を背に受け、二人は部室を出た。
体育館までの道のりはそう遠くはない。しかし、二人の行く手を阻む者が多数いたためなかなか進めない。


「美麗様ぁー!」
『……あ、アンタこの前の…』
「…篠田さんだ。」


篠田は頬を染め、うっとりとした表情で美麗の手を握る。その後ろには恐らくファンクラブの会員であろう女子と男子の姿。
よくもまぁこんなに、と感心しつつもドン引きな幸村と美麗。


「美麗様、お久しぶりです!立海に来ているなんて知らなくて出向くのが遅くなってしまいましたすみません!あ、あたし立海三年の篠田由香子って言います!ぜひ由香子って呼んでください!」
『……どっから情報仕入れてくんのよ。』


ため息をついた美麗を見つめ、頬を蒸気させたまま篠田は次の言葉を紡ごうとして斜め後ろにいる幸村に気付き、首を傾げた。


「あれ…美麗様って仁王くんと恋人同士じゃなかったんですか?なんで幸村くんと…はっ!まさか仁王くんとは遊び!?幸村くんが本命ですか!?美麗様って実は魔性の女?」
『私そんな性格悪い女じゃないわよ。』
「男が他にもいるんですね!とっかえひっかえしては惑わせ貢がせ自分の手のひらで転がして弄んでるんですね美麗様!」
『話聞いてた!?最低な女じゃないそれ!アンタ私をどんな目で見てんのよ!』



全く人の話を聞かず、勝手に酷い解釈をしてしまう篠田を冷めた目で見下ろした。しかし篠田はその眼差しですら快感なのか、クラリと目眩を起こしふらついた。


「美麗様、幸村くんなんかやめて私にしませんか本当にもう、大好きです!」
『だから私そんな趣味ないから。』



それだけ言うと、美麗は篠田の後ろに控えているファンクラブ会員達を睨みつけた。


『いい加減そこどきなさい!私の前に立たないで!』
「「!は、はい!」」


美麗の一喝に、ファンクラブ一同はなぜか瞳を輝かせ、一斉に左右に分かれた。それを見て『最初からそうしてればいいのよ』と満足気に微笑みを浮かべてみせると、きゃあああ!うおおお!という黄色い悲鳴と太い悲鳴がこだます。


『さ、道はできた。行くわよ。』
「…うんそうだね。(慣れてるなぁ本当。)」


美麗にとっては見慣れた光景である。幸村達にだってファンクラブはあるが、ここまですごくはない。美麗みたいに、ファンクラブを自分でまとめてしまう人間など、きっと跡部くらいだろう。
すごいなぁ。と素直に尊敬する幸村は美麗の背を見つめ、ふ、と笑みを浮かべた。美麗がモテる理由がただ単に美しいから、というだけではないことを知った瞬間だった。

ようやく体育館裏に辿り着き、司会を務めるという立海の放送委員長の少女とイベント実行委員に予め渡しておいたエントリー用紙を元に人物確認。それが終わるといよいよ、イベントが開始する。イベントの詳しい内容はその都度説明するらしく、考える猶予や作戦会議を与えない仕組みとなっていた。ぶっつけ本番というわけだ。


体育館にはイベントを観覧しようと立海生、教師が集い今か今かと待っていた。その中には真田達の姿もある。


「もうすぐだな。」
「あの二人なら優勝間違いなしっスよ!幸村部長はうちの学校では一番イケメンって言われてるし、美麗先輩は世界一の美女だし!ねぇ副部長!」
「…赤也、お前美麗大好きだな。世界一って大袈裟……でもないか。」
「…だが幸村に美麗の相方が務まるとは思えん。」
「え」
「美麗の相方に相応しいのはやはりいとこである俺だけだ!幸村なんかに、幸村なんかに奪われてなるものか…!」
「…真田も相当美麗大好きだな。」



眉間に皺を寄せ、不機嫌そうに呟く真田を見て、丸井、仁王、柳生が苦笑いした時。


「真田、美麗の相方はこの俺様だ。」
「「!」」


彼らの後ろから聞こえた、威厳ある声。ピクリと肩を震わせた真田が眉をしかめたまま振り向けば、そこには氷帝の制服をきた跡部達。なんでここに、と思ったのは一瞬だった。幸村から美麗を一日預かるからと一方的な連絡を受け、跡部達が黙っているわけがない。幸村許すまじ!と怒り浸透で立海に乗り込んだのだ。


「お前らんとこの部長、前も美麗誘拐したよな。」
「クソクソ!俺達のマネージャー勝手に持ってくなよな!」
「…もう過ぎたことは仕方ないでしょう。」
「立海でこんなイベントやってたんですね!初めて知りました!」
「美麗と幸村が恋人同士なんてありえねェよ。アイツは俺様の隣が相応しい。」
「いや俺だ。貴様は相応しくない。」
「あーん?」


真田と跡部の睨み合いに、立海、氷帝メンバーが揃ってため息をついた時。体育館の照明が落ちる。


《皆様お待たせしました!ただ今より、第××回立海大名物イベント“聖夜のベストカップルは誰だ!?"を始めます!さぁ今年はいったいどのカップルが頂点に立つのでしょうか!それでは、イベントに参加するカップルのご登場です!》


放送委員の高らかな宣言により、今イベントが開幕した。
頂点を目指して、熱き戦いが始まった瞬間である。


to be continued...


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