このままずっと
無事に中学生活最後のテストも終わり、もう冬休みまっしぐらな学校生活。そしてその冬休みが来るまで、あとわずか。
日曜日。部活も学校もない一週間のうちの貴重な休みの日に、美麗はハチ公前で一人佇む。
そして数分もしないうちに跡部が姿を現す。突如街に現れた美男美女の存在に道行く男女はひそひそと囁き合い、好意的な視線を注ぐ。
そんな熱視線なんか慣れっこな二人は気にする様子もなく、どこに行くかを相談していた。


『私ペットショップに行きたい。』
「ペットショップ?またか。」
『いいじゃない。この先にあるペットショップね、今クリスマスフェアやってるのよ。子犬仔猫が触り放題!』
「わかったわかった。じゃあまずはペットショップに行くか。」
『そのあと猫カフェに行こうね。』
「猫、カフェ?」


聞いたことのない単語に、跡部の脳内には猫がウエイトレスの服を着てお盆片手にいらっしゃっいませニャー、と笑顔でお辞儀しているなんとも恐ろしい姿がホワワン、と浮かんだ。一気に青ざめる跡部は「そんな怖いカフェ嫌だ!」と全力で拒否。


『怖い?景吾、猫好きでしょ?』
「猫は好きだがそんな、そんな姿は見たくない!」
『どんな姿だよ。ちょっと、アンタなにか勘違いしてない?猫カフェってどんなところか知ってる?』
「…ウエイトレスの服着た猫が二足歩行でお盆片手に接客してんだろ?運ばれてくるものはすべて魚!そんなカフェ、絶対嫌だ。」
『私も嫌だわそんなカフェ!』



美麗の頭の中にも、同じような猫の姿が浮かび上がりうわぁ…とドン引きしながらも『猫カフェはそんな気持ち悪いところじゃない!』と叫ぶ。


『二足歩行なんかしないし人間の言葉喋ったりしないわよ!ただ可愛い猫がいるだけ!』
「嘘だ!」
『…とにかく、景吾がイメージしているのとは全く違うの。行けばわかるわ。』
「だから行きたくねェって…!」
『さ、ペットショップに行きますよー。』


このまま言い合っていても埒があかないと判断したのか、美麗は半ば強引に跡部の服の裾を引っ張り先を促した。こうなったら無理矢理にでも猫カフェへ連れて行ってやるぜ、と企んでいることなど露知らず、跡部は大人しく美麗の後ろを歩く。
そしてペットショップ内へと入った瞬間、二人揃って目を輝かせるのだった。

いつもはガラス越しにしか見れない仔犬、仔猫。それがクリスマスフェアの間だけどんな子でもきちんと手を消毒さえすれば触れる。抱っこも出来る。遊ぶことだって可能。動物好きにとってはまさに天国のような場所。美麗ほどではないがそれなりに動物が好きな跡部もまた然り。
真ん丸で、純粋な瞳に見つめられたらひとたまりもない。

先ほどからずっと、一匹の仔犬が跡部を見つめているのだが、その仔犬の瞳はまっすぐに跡部を映し、何かを訴えているかのようにガン見である。パタパタと小さなしっぽを懸命にふって、口元は微かに笑っているようにも見える。
跡部はそんな仔犬を見つめ、やがてふ、と表情を緩めた。やっぱり仔犬は可愛い。癒されるぜ。と笑顔を浮かべたところをこっそり美麗に激写されていたと知ったのは翌日のことだ。

思う存分仔犬仔猫と戯れたあと、二人はペットショップを後にし次なる場所へ足を向けた。


『…何?ここ。ジュエリーショップ?』
「ああ。」
『行きたかった場所ってここなの?』
「まぁな。」
『新しい宝石が欲しいの?家にあんなにあるくせにまだ欲しいわけ?ケッ、これだから金持ちはよぉ!金の無駄遣いしてんじゃねーよたわけが!』
「真田みたいな言い方するんじゃねェ!」

『弦と血繋がってるもーん。』
「…ったく。つーか俺は宝石に興味はない。」
『じゃあなんで?』
「………もうすぐ母親の誕生日なんだよ。」
『……なるほど。』


続きの言葉はないけれど、美麗にはしっかり伝わったようだ。クスリと笑いながら、跡部を見た。


『お母さん大好きね、景吾は。』
「……そんなんじゃねェ。」


照れくさいのか、頬をほんのり赤く染め美麗から目をそらし続ける跡部は女の好みがわからないから手伝ってほしいと小さく呟く。その言葉に、美麗は二つ返事で了承し、高級そうな店の扉を開けた。
品の良さそうな店員の声を受け、跡部はさっそく美麗に訊ねる。


「どれがいいと思う?」
『んー…おばさまって派手なのはあんまり好きじゃないわよね。』
「ああ、派手好きは親父の方だ。」
『景吾はとことんお父さん似ね。』
「やめろ。」
『ふふっ……あ、これなんてどう?』


小さく笑った美麗は、目に飛び込んできたアクセサリーを指さす。跡部がどれ、と手元を覗き込む。


「…ブレスレットか。」
『シンプルな色合いだし、おばさま好きそうじゃない?』
「確かに。」


跡部の母親は、派手な顔立ちはしておらず、どちらかというと控え目な顔立ちだ。清楚でおしとやか、というわけではないが、それなりにいい家柄の生まれだからか、品格は備わっている。とても明るい性格なため、品格の良さはすぐには見抜けないのが玉に瑕だ。父親は派手なものが大好きだが、母親は比較的シンプルなものを好む。美麗が示したそれは、シンプルな色合いのブレスレット。ダイヤでできているが、白一色のそれ。デザインも悪くない。
しばらく悩む素振りを見せた跡部はブレスレットを指さし店員に告げる。


「これにする。」
「かしこまりました。包装致しますか?」
「ああ、頼む。」
「少々お待ち下さい。」


包装をしてもらっている間、美麗は店内を回り色とりどりの宝石や可愛らしい指輪、ネックレスなどを綺麗だな、と時折羨ましそうに見つめていた。
そんな様子を見ていた跡部に、もう一人の店員が声をかけてきた。


「あちらの方は恋人ですか?」
「……え」
「とっても綺麗な方ですね、よくお似合いです。」
「いや、ちが」
「彼女さんにはプレゼントしないんですか?」
「いや、だからちが」
「クリスマスにプレゼントしたらきっと喜ばれますよー。」
「………」


跡部の言葉など聞いていない店員はさくさくと会話を進めていく。クリスマスプレゼントと聞き、次の否定の言葉は出なくなる。クリスマス、クリスマスか。そういえばもうすぐだったな。と考えに耽る。毎年美麗には何かしらクリスマスプレゼントをあげていた。それはテレビだったり掃除機だったり暖房器具だったりと、なぜか家電製品ばかり。思えば誕生日やクリスマスに、アクセサリーを贈ったことは一度もない。小さいころに一度だけ、玩具の指輪をあげたことはあるがあれはただの戯れ言に過ぎない。当然カウントはされない。


「(……たまにはいいか。)」


美麗を見つめたあと、店員に顔を向ける。


「アイツにはどれが似合うと思う。」
「そうですね……綺麗なお方ですから、どんなものでも似合うと思いますが……こちらのネックレスなどいかがでしょう?」


そう言い店員が見せたネックレスは、ピンクゴールドのハートのネックレス。美麗が好きそうな色合いだ。長年一緒にいるからか、##NAME1##の好みを把握している跡部。すぐ様それも同様に包装してくれと頼む。数分して出来た二つのプレゼント。美麗にあげる方をこっそりコートのポケットにしまい、母親にあげるプレゼントだけを手で持つ。


『さー!次は猫カフェよ猫カフェ!』
「さて帰るか。」
『待てやコラ。』



くるりと方向転換する跡部のコートの襟をひっつかみ、美麗は綺麗な笑みを浮かべる。


『可愛い可愛い猫ちゃんに会いに行きましょう。』
「だからそんな未確認生物がいるカフェになんか行きたくねェんだよ!行きたきゃ一人で行け!」
『アンタが思い描いているのとは全然違うから!未確認生物なんていないわよ!いいから来い!』



引きずられながら、跡部は美麗がよく訪れるという猫カフェへと連れられた。小さな店、というか普通の一軒家に近い外観に、眉をしかめる跡部の腕を引き中に入れば真っ先に出迎えてくれたのは猫。黒白模様の猫は「にゃあ」と可愛い声で泣き、美麗の足にすりよってくる。随分人懐っこいようだ。
次いで姿を見せたのは、この店のオーナーである優しそうな笑顔を浮かべたおばあさん。おばあさんは美麗を見ると、「いらっしゃい美麗ちゃん。今日は彼氏さんと一緒かい?若いっていいねぇ。」と二人を見つめながら口を開く。違う、といくら言っても通じない。ただ照れなくてもいいんだよ、と菩薩のような笑みを向けられるだけ。

美麗は跡部と顔を見合わせ、苦笑いを溢しながら中へと入る。ほどよく暖房の効いた部屋には、黒白の猫の他にも数十匹の猫が各々寛いでいた。日の当たる場所で、仲良く寄り添い眠る猫は兄弟だと聞かされる。


「……」
『景吾、猫カフェがどういうものかわかった?』
「……」
『猫カフェっていうのは単に猫と触れ合いながらお茶ができるだけの場所。』
「…俺がバカだった。」
『本当にね。弦ですら知ってるわよ。』
「くっ…」


悔しそうに唇を噛み締める跡部を見て、可笑しそうに笑う美麗は足元にすりよってきた三毛猫を抱き上げた。人懐っこい猫、怠惰な猫、クールな猫、警戒心の強い猫、ちょっと凶暴な猫、甘えん坊な猫。様々な性格をした猫達と触れ合うのは思っていた以上に楽しくて、一時間はあっという間に過ぎて行った。


『あー楽しかったー!』
「そうだな。」
『猫、可愛かったでしょ?』
「あぁ。」
『また一緒に行こうね。』
「…気が向いたらな。」


外はすっかり暗くなり、イルミネーションがあちこちで点灯され街は光り輝く。赤と緑のコントラストは幻想的で、その中を歩く二人はきっと、間違いなく恋人同士だと思われているだろう。
もうそろそろ帰ろうかと、家の方向に足を向けた時。跡部の携帯が着信を知らせる音を奏でた。美麗から少し離れ、電話に集中したのはほんの数分。ちょっと目を離した隙に、それは起こった。
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