詐欺師のお願い事【後編】
翌日、美麗は了承してしまったことを後悔しながら神奈川駅へと向かった。彼女役って…どんな風にしたらいいのかしら。と、駅に着く間ずっと考えている。彼氏なんて今までいたことのない美麗にとって、彼女とはいったいどんなことをすればいいのか、皆目検討もつかない。疑問を抱えたまま、電車は神奈川へと到着。改札を抜け階段を登り、事前に決めていた待ち合わせ場所に行くと、そこには目立つ銀髪が風に吹かれゆらゆら揺れている。思わず眉をしかめる美麗。


『(無駄にかっこいいわよね、雅治って。)』


整った容姿を遠巻きに見つめ、小さくため息をつく。
寒そうに身を縮こませる仁王に一歩一歩近付き、こんな厄介ごとを頼んできた憎き奴の背中を、恨みを込めて殴る。


「い……っ!!」
『雅治のバーカ。』


涙目で振り返る仁王は、美麗の姿を確認すると何するんじゃ、暴力反対。と訴える。


『雅治が悪い。』
「……まぁ、そうじゃけど……」


美麗に睨まれ、何も言えなくなった仁王は困ったように笑った。


「今日はよろしく頼むぜよ。」
『仕方ないから協力してあげるけど…何したらいいの?』
「なんもせんでええ。ただ俺の恋人じゃと言ってくれれば。」
『ふーん。すんごく不愉快だけど、まぁいいわ。』


それにしても寒いわね。
体を震わせながら呟く美麗を、仁王はじっと見つめる。夏の私服は見たことあるが冬の私服は初めて見る。いつみても私服センスは抜群な美麗はモデルよりも綺麗で、可愛くて。男達の視線は先程からずっと、美麗に向けられている。隣に立っている仁王はちょっとだけ優越感を感じ、ふ、と笑う。


『何笑ってんのよ。』
「いや、相変わらず綺麗じゃな、美麗は。」
『……え』
「私服、よう似合っとるぜよ。可愛い。」
『…な……っ!』


てっきり当然でしょ、と何当たり前のこと言ってんのよ、と鼻で笑うかと思っていた仁王は、予想外の反応に僅かに目を見開く。頬をほんのり赤く染め、明らかに狼狽える美麗。もしかして照れているのだろうか。悪戯心が芽生えた仁王はニヤ、と笑い、頬の赤さを指摘してみた。


「顔、赤いぜよ。」
『…っアンタがあんなこと言うからでしょ!?』
「照れるなんてらしくないのぅ。俺はてっきり、鼻で笑われるかと思っとった。」
『……不意打ちは卑怯よ!』
「……やっぱり、美麗も女の子じゃな。」
『どういう意味?』
「いや、可愛いなって思っただけ。」
『…からかうのやめて。怒るわよ。』


クスクスと肩を震わせ笑う仁王を、キッと睨みつけたその時。


「仁王くん!!」


突然辺りに響いた、甲高い声。
仁王は声を聞いただけで、嫌そうに顔を歪めた。話で聞いただけなため、実際彼女がどれだけしつこいのか想像もつかない美麗はとりあえずしばらく様子を見ようと、傍観に徹することに。


「その彼女とやらを見せてもらう前に。どうしても言いたいことがあるわ。やっぱりあたし、仁王くんが好き。あれから考えたけど、仁王くんじゃなきゃ嫌!」
「……いやだから俺には本命が…」
「もう彼女がいたっていい!愛人でも奴隷でもセフレでもなんでもいいから…!」
「……」
(…今なんて言ったのこの子。セフレ!?な、なんて破廉恥な…!)


たくさん人がいるというのに、平然と言ってのける少女は仁王に詰め寄り、かなり必死。
仁王はどうしたらいいかわからず、お手上げ状態。そして美麗は少女の発言に赤面。意外と純粋な美麗には刺激が強すぎる発言がバンバン飛び交う。少女は美麗がいることにも気付かずに、仁王を口説き続ける。


「今まで何度も女の子と遊んでたんでしょ?あたしとも遊んだじゃん!あの夜は未遂だったけど、あたしいつでも準備万端だよ!」
「……」
「どうしてもだめなの?」
「…無理。」
「じゃあ、じゃあせめて一回だけでも!あの夜出来なかったことして!」
「………」
「抱いて、仁王くん!」
『!?』


衝撃発言に、美麗は目を見開く。呆然と少女を見つめ、冗談だろとひきつった笑みを浮かべる仁王だが、少女の顔は至って真剣。


『……ちょっとそこのアンタ!』


ここでようやく、美麗が声を上げた。少し見ただけだが彼女がいかにしつこいかを理解し、これはダメだわと、口を挟まずにはいられない。
張り上げた声に、やっと美麗の存在を認識し、振り向いた少女は美麗を見るなりこれでもかというくらい、目を見開いた。


「……え、も、もしかしてこの人が仁王くんの…?」
「彼女。」
「えええ!?なんで、なんでなの仁王くん!!」


突然、少女の態度が一変。少女は仁王の胸ぐらを掴みぐらぐらと揺する。


「なんでこんな綺麗な人が恋人なのに浮気してんの!?ありえないよ!こんな美人さんなら浮気しなくたっていいじゃない!あたしが男なら絶っ対浮気しないよ!?彼女にベタ惚れ間違いなしだよ!」
『……』
「あなたも!!」
『は?』


散々仁王を責め立てた少女は、今度は美麗に詰め寄る。揺さぶりから解放された仁王はホッと息をつきながら、ことの成り行きを見守る。


「どうして彼氏に何も言わないの!?浮気されてたのになんで怒らないの!?仁王くんが今まで何人の女の子と寝てきたか、知らないの!?」
『知らない。』
「!?」
『第一、私は雅治が浮気してたことすら知らなかったわ。今知った。』
「な、い、今までずっと隠してたの仁王くん!サイテーだよ!」
『ホント、サイテーよね。』


そう言うと、美麗は仁王を冷めた目で見つめた。視線に気づいた仁王は、すまんと謝意を込めて、見つめ返す。


「嫌いになったりしないの?浮気してたような人が、あなたは好きなの?ムカつかない?」
『ムカつくに決まってるでしょ。雅治はサイテーな男だわ。こんな男、大嫌い。今すぐにでも殴り倒してやりたいくらい、怒ってる。』
「……(あれが本心なんじゃろーなぁ…あー怖。)」
『ムカつくけど。でも好きなの。』
「!」


真剣な目で、少女を見下ろす美麗。


『どうしようもない浮気野郎だけど、好きだから。愛してるから。離れたくないのよ。』
「……っ」


演技だとはわかっている。
これは少女を諦めさせるための、演技だと。わかってはいるのだが、どうしても照れてしまう。好きだとか、愛してるなんてただのその場しのぎの言葉にすぎないけれど、どうにも恥ずかしい。珍しく赤くなる仁王は、パッと美麗から視線を反らした。


『もう二度と私以外の女の子に手を出さないって約束してくれたから、私はそれを信じるわ。雅治を信じてる。』
「……」
『だからあなたも、雅治は諦めて。彼は私のものよ。』
「(演技力半端ないのぅ…やっぱり、美麗に頼んで正解じゃった。)そういうことじゃから、悪いけど俺のことは…」
「……」
『無駄な抵抗はやめなさいよ。あんたがいくら嫌だって言っても、無理なものは無理なんだから。潔く諦めなさい。』
「……」
『あんたみたいな小物が私に勝てると思ってんの?身の程を知りなさいよ小娘が。』
「(いやそれは言い過ぎなんじゃ…)」



辛辣な言葉を浴び、少女は俯く。
仁王は聞き慣れているから、相変わらずだなと苦笑する程度で済むが、知らない人が聞いたらかなりのキツい物言いになるだろう言葉の数々に、少女が泣いてしまうのではと仁王は少し焦る。しかし、それは杞憂だった。


「……い」
「…?篠田?」
「あたし、仁王くんは諦める!ていうかもう仁王くんなんかどうでもいい。」
「どうでもいい!?それは酷いんじゃなか…!?」
「仁王くんに恋してたあたしってなんてバカだったんだろう…!あんな人どうでもいい、知らない!」
「切り替えはや!」

『……あ、そ、そう。ならいい「あなたのお名前は!?」は、え、雪比奈、美麗だけど。』


戸惑う美麗の手をがっしと掴むと、篠田と呼ばれた少女は瞳をキラキラ輝かせ、口を開く。


「好きです、美麗様!」
『「は!?」』



これには美麗も仁王もびっくりだ。開いた口が塞がらない状態で、ポカンとする二人にはお構い無しに、篠田は続ける。


「仁王くんなんかより美麗様の方が素敵です!あたしと付き合って下さい!」
『いや私女!』
「知ってます!」
『あんたも女!』
「知ってます!」
『法律上無理だから!』
「愛に性別なんて関係ありません!
好きなんです!あんな男に恋していたなんて信じられないくらい美麗様が好き!」
『……わ、私、そんな趣味ないから。だいたい私にはか、彼氏が…』
「彼氏の座くらいあたしのものにしてみせる!てことだから仁王くん!」
「……」


篠田はついさきほどまで好きだ好きだと言っていた仁王を睨みつける。


「美麗様はあたしがもらい受ける!即刻彼氏の座を譲れ!」
「絶対嫌じゃ。」
「…っ負けないわよ!」



変わり身の早さに、もはや尊敬すら抱いてしまう仁王は自分を諦めてくれたのはありがたいが、なんだか少し、虚しい気もする、複雑な心境。
そして協力してくれた美麗を見ると、ゲッソリとしていて乾いた笑みをはりつけていた。


それ以降、篠田が立海で美麗様美麗様と騒ぎ、喚き、悶える姿を仁王はほぼ毎日目撃している。そしてどこから情報を入手したのか、美麗が氷帝の三年、しかもテニス部マネージャーということを知り、最近はよくテニス部に付きまとってはやれ美麗様に会いたい、やれ美麗様に会わせろ、やれ美麗様呼んで。と騒ぐ。さらには真田といとこ同士だということも知ると、真田に付きまとい美麗様の私生活はどんな感じ!?美麗様の家ってどこ!?と詰め寄ってくる始末だ。


「……美麗にしたん、失敗じゃったかな…」


to be continued...


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