詐欺師のお願い事【前編】
『うぁー、寒いっ!』


今日は北風が強いなぁ、と一人呟きながら学校までの道のりを歩く美麗はマフラーに埋まるようにしながら寒さに耐えていた。コートにヒート◯ックのタイツ、ポケットには使い捨てカイロが二つと、さらに背中にも貼るカイロと、寒さ対策は万全なのに、やっぱり寒いのにはかわりない。ガタガタ震えながら早く教室に行きたい、と自然急ぎ足になる。

教室は床暖房式だから、外とは違いとても暖かい。やっと寒さから解放された美麗はほっと一息。跡部はもう来ていたらしく、自席で本を読んでいた。『おはよ景吾。』「あぁ、おはよう。」と軽く挨拶を交わす。

暖かい学校で快適に過ごし、無事一日が終わる。今日は金曜日で、明日は土曜日、学校も休みだ。しかも嬉しいことに部活もない。ルンルン気分で跡部と共に教室を出て、跡部のリムジンで家まで送ってもらった。
帰宅するとすぐに制服を脱ぎ、暖かい部屋着に着替える。布団にくるまり、気持ちよさからうとうとしかけた時、携帯が鳴った。無視してやろうかと思ったが、着信相手を確認すると目を丸くさせた。


『……雅治?』


着信相手は立海にいる仁王からだったのだ。普段メールしかしない仁王からの電話はかなり珍しい、というか初めてだ。なんの用だろう、と首を傾げ、通話ボタンを押す。


《あー、美麗か?》
『うん、なぁに?どうかした?』
《……いや、あの……》


妙に歯切れが悪い。
なんだか話すのを少し躊躇っているみたいで、ますます疑問だ。


『何かあったの?』
《…お前さん、明日は暇か?》
『明日?明日は特に予定ないけど…………いや、やっぱりある、予定大量に入ってたわ。


なんだか嫌な予感がした美麗は咄嗟に誤魔化そうとしたが、バレバレの嘘にあの仁王が引っ掛かるはずもなく。電話口の向こうでニヤリと笑っている姿が想像できた。


《ないんじゃな。じゃあ明日、悪いが神奈川まで来てくれんか?》
『いや予定あるって!たっぷり寝るっていう予定が入ってます!』
《後で俺が寄り添って寝たるから安心しんしゃい。》
『安心できねーよ!』
《忘れられん夜にしてや『死ね変態!』…冗談じゃ。》


仁王の妙に色っぽい声音に、ぞわわっと鳥肌を立たせた美麗は電話越しに暴言を吐く。


《そんなことより、明日。神奈川に…》
『理由は?』
《……》
『何か理由があるんでしょう?え、まさかないの?理由なしに呼びつけたわけ?お前は何様だコラ。
《…理由、はあるんじゃが…》
『煮え切らねー男だな!ハッキリ言わんかい!』


優柔不断、トロくさい、おどおどしている、女々しい、なよなよしている。頼りない、変態。な男は大嫌いな美麗は、仁王の煮え切らない態度にイラッとした。


《じゃあ簡潔に言わせてもらうぜよ。》


意を決した仁王は、神奈川に来て欲しい理由を述べた。


《俺の彼女になってくれんか。》
『…………………今なんて?』
《俺の彼女になってくれんか。》
『……………』

《美麗?おーい聞い『はああああああ!!?』っ!》


仁王の言葉にたっぷり数秒固まった美麗は、理解した途端発狂した。受話器ごしの叫びに、仁王の耳はキーンと音が鳴っているのだが、そんなことに構っていられないほど、パニくっている。


『は、え、ちょっ、嘘…え?いや待って……え?いやいやいや…待って落ち着いて。』
《お前さんが落ち着け。》
『………本気?』
《もちろん。美麗以外考えられん。》

『な……っい、いきなりそんなこと言われても…!』


赤く染まった頬を片手で押さえながら、美麗は意味もなくあたふたする。かなり動揺しているようだ。


『そ、それに私、別にアンタのこと好きなんかじゃないし……彼女だなんてそんなの…ありえない…っていうか雅治は私のことす、好きなわけ?』
《?好きじゃなかったらこんなこと言ったりせん。》
『………っ』


え、嘘マジで?本気で言ってんのコイツ。雅治が私のこと、す、すす好き?え、やだなんでドキドキしてんの?嘘でしょ。なんで私が雅治ごときにドキドキしなきゃなんないわけ?ありえないって。うん、ありえない。おさまれ私の心臓ー!ていうか私雅治のこと好きじゃないし。いや友達としては好きだけど。恋愛感情は一切ないはずなのになんで赤くならなきゃいけないのなんでトキめいてんの!…落ち着いて私、ちょっと冷静になりなさい。


内心で葛藤すること数分。
心を決めた様子で口を開く。


『……雅治。』
《お、返事聞かしてくれるんか?》
『…………ごめん、無理。』
《……あー…まぁ、そんないきなり彼女のフリしてくれ、なんて言われても無理か。すまん。》
『いや、私の方こそごめ…………………んん?


ちょっと待て。今なんて言った?と、美麗は自分の耳を疑った。


『雅治、さっきのもう一回言って。』
《え?えーと、お、返事聞かしてくれるんか?》
『それのあと!』
《あと…?あぁ…まぁそんないきなり彼女のフリしてくれ、なんて言われても無理か。》
『……』
《美麗ー?》
『か、彼女のフリ!?』
《え?》
『ちょっと待って。アンタ私に何を頼みたかったの?』
《彼女役。》
『………』



またまた数秒固まった美麗は、ようやく自分が勘違いをしていたことに気づく。
仁王は美麗に、彼女のフリをして欲しいと頼んでいたのだ。決して自分の彼女になってほしいわけではない。ボッ、と一気に赤くなる顔は怒りと恥ずかしさが混じっていた。


『紛らわしい言い方をするなぁぁぁぁ!!』
《?何が?》
『…なんでもないわよバカ!』


幸いにも仁王は、美麗があらぬ勘違いをしたことに気づいていない。バレたらからかわれるのが目に見えていたから、なんでもないと誤魔化す。


『そもそもなんで彼女役が必要なわけ?劇でもやるの?』
《話せば長くなるんじゃけど………実は……》


仁王の口から語られた彼女役が必要な理由に、美麗の表情はだんだんと冷めたものへと変わっていく。


《……というわけで、急きょ彼女役が必要なんじゃ。》
『………そんなの自業自得じゃないの!バーカバーカ!雅治のたらし!マヌケ!ポンコツ!ハゲ!クソ!』
《なんて酷い暴言…!そこまで言わんくてもええじゃろ!泣くぞ!まーくん泣いちゃうぞ!》
『キモい。』



フン、と鼻を鳴らしたあと、美麗は盛大にため息をついた。

仁王からのお願い事は一日だけ彼女のフリをしてほしいということ。なぜ彼女役が必要なのか…それは仁王の日頃の行いが悪かったせい。世間一般から見て仁王はイケメンの部類に入るほど整った容姿をしている。
そのため女の子に異様なほどモテるのだ。来るもの拒まず、去るもの追わずな精神で今までいろんな女の子と遊んできた。しかし今回遊んだ女は、随分と仁王に惚れ込んでいるらしく遊ぶのに飽きた仁王が冷たく別れを切り出しても引き下がらず、自棄になった仁王はついつい、本命がいるからと嘘をついてしまった。嘘をついて別れることは多々あるから、これでこの女も諦めるだろうと、安易な考えを抱いていた仁王。だが彼女はそんなの納得いかない!と眉を吊り上げ、怒りを露にし、連れてこいと言い出したのだ。いい加減イライラしていた仁王も半ばやけくそで、了承してしまった。だから明日の土曜日、急遽彼女が必要になったというわけだ。
完全に自分が悪い、なんとも自分勝手な理由。


『だいたい、なんで私に頼むわけ?他にも女いるんなら別に私じゃなくてもいいじゃない。』
《…彼女役にするには条件があるんじゃ。》
『条件?』
《1、とびっきりの美人。2、調子に乗らない女。3、ちゃんと演じてくれる女。》
『……』
《全部に該当するんは美麗しかおらん。》
『………』


1は置いといて、2の調子に乗らない女の意味がわからず一瞬首を傾げるが、すぐに納得した。
彼女役をやったと、周りに自慢したりされる可能性があるし、何より「私は選ばれたのよ!だから雅治は私のもの」なんて言って勘違いをする女もいるだろう。そういうのをちゃんと弁えていて、尚且演技力がある人物。仁王の中では、美麗しか見当がつかなかったのだ。


《頼むぜよ美麗!》
『……ケーキ奢ってくれるなら引き受けてあげないこともない。』
《ケーキ?》
『弦が言ってたの、神奈川の駅付近で最近新しい喫茶店が出来たって。一度行ってみたくて……そこのケーキを奢ってくれる?』
《おう!任せんしゃい!》
『約束よ。破ったりしたらブッ殺すからな。』
《わ、わかっとる。じゃあ明日、10時に神奈川駅に来て。》
『了解。』
《頼んだぜよ。》


その後軽く言葉を交わし、電話を切った。
あぁ、ついつい引き受けてしまったわ。私ってなんて優しいのかしら。と、自分を褒め称えたがやっぱりめんどくせーなと、早くも後悔するのだった。



to be continued...
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