食べ過ぎ注意報
12月に突入すると、寒さはより一層厳しくなった。まだ12月なのにこの寒さ。1月や2月はどれだけ寒くなるのだろうか、と考えただけでも恐ろしくなる。
学校から帰宅した美麗は母が入れてくれたホットココアを飲み、冷えた体を温めた。
そのあと部屋に戻り制服から楽な私服に着替えると、床暖房完備の快適な自室で勉強に励んだ。実は美麗の家はすべて床暖房だったりする。(これも跡部の祝い品)そんな快適空間で勉強をしていると、玄関の開く音が耳に届いた。

「お帰りなさいあなた。早かったのね。」「ただいま。」父と母の会話が聞こえてくる。どうやら父が帰ってきた様子。もうそんな時間?と壁にかかった時計を見る。いつも父は、9時以内に帰ってくるから。たまに残業で夜中になったり、学校の宿直当番で一日帰らなかったりするが。しかし時計は7時を差している。いつもより二時間も早い帰宅に母の声は心なしか嬉しそう。そして7時を差した時計を見たままもうそろそろ夕飯だろうと予測し美麗は勉強を中断すると、部屋を出て階段を降りた。


『お帰り、お父さん。』
「ただいま。」
「美麗、夕飯にするから手伝ってー。」
『はーい。ほら、アンタもゲームやめてテーブル片付けて。』
「わかったー。」


久しぶりに取る家族四人揃っての夕飯。賑やかな笑い声が、食卓を囲んだ。
夕食も終わり、父が買ってきてくれたケーキをデザートに食していた時のこと。
母の隣に座っていた父が、そうだ、と呟き、何かをポケットから取り出した。


「美麗、この券あげるよ。」
『え、なに?』


差し出された券を受け取った美麗は、くわっと目を見開いた。

『これテレビでやってた場所のケーキバイキング券じゃない!!しかも無料!?食べ放題!?』


いったいどこで手に入れたの!?興奮した様子で父に迫る美麗。父は笑いながら、校長先生が譲ってくれたんだ、と言った。
とある私立小学校の教師として働く父が、その学校の校長先生から譲り受けたらしい。


『なんでお父さんに?』
「他の職員にもいらないかって当たっていたみたいだけどな、皆いらないって断ったんだって。で、俺のところに回ってきたわけ。うちは美麗が甘いもの好きだろ?それに行ってみたいって言ってた場所だったし、ありがたく貰ったんだ。」
『お父さん…!』
「時間がある時にお友だちと行っておいで。」
『うん!ありがとうお父さん!大好きっ!』



数日後、美麗は一人で神奈川県にあるとあるホテルの前に立ち尽くす。前に父から貰ったバイキング券を使うため、わざわざ学校帰りに寄ったのだ。
東京ではなく神奈川に存在するこのホテルは、テレビでも何度か取り上げられているほどに有名な場所。中でも最上階にあるケーキバイキングは絶品とのことで、美麗はずっと前から来たかった場所に来れた感動と嬉しさを噛み締めていた。
父から貰った券一枚で二名まで招待できるので、親友を誘ったのだが断られ、じゃあ景吾でいいや、と幼馴染みを誘いそこは行ったことあるからと断られ、宍戸、向日、ジロー、日吉、鳳と順にテニス部レギュラーを誘ったがそれぞれ用事があるから、とすべて断られ。この際忍足でもいいか、と半ばヤケクソに誘ってみたが忍足は泣きながら用事あるんや…!ホンマごめんな!って謝ってきた。

結局誰とも予定が合わず、若干落ち込みながらも一人で神奈川までやってきたのだった。
さぁ入ろう、と意気込んだ時。
美麗は自分の真横に立った男の呟きが耳に入り、さらに聞いたことのある声にピタリと一時停止した。


「ここのケーキバイキング、旨そうだよなー……はぁ。」
『………げ…』


まさかな、と浮かんだ人物。きっと似たような声の人なんだ、と思い込み、チラリと横を見てしまったことを激しく後悔した美麗は小さく声を漏らす。


「…ん?………あー!!」


の小さな声が聞こえたのか、こちらを振り向き、そして美麗を視界に入れた途端、カッと目を見開き叫ぶ男の姿はまさに今思い浮かんでいた人物だった。見間違うはずがない。赤い髪が特徴的なその男は、テニスバッグを肩にかけ立海の制服を着、学校指定のマフラーを巻いていた。


『…ブタ…』
「だからブタじゃねーって!つーかなんで神奈川にいんの?」
『なんだっていいじゃない。ブタこそ、なんでこんな場所にいるわけ?養豚所抜け出すなんてダメな子ね。さっさと帰れよ。養豚所に。』
「だから俺ブタじゃないから!!いい加減そのネタでからかうのやめねぇ?泣けてくるから!」
『鳴けば?ブタは鳴くことしかできないでしょ。』
「いや、その“なく”じゃねぇよ!!」



もうやだコイツ!と悔しそうに顔を歪めるブタ、もとい丸井の表情に美麗はクスッと笑みを浮かべた。意地悪な笑みに、丸井の頬は引くつく。


「…お前楽しんでるだろぃ……」
『それより、アンタ今日部活は?』
「…今日は自主練。ちょっとだけ練習してから来たんだよ。」
『ふーん。アンタもここのバイキングに行くの?』


美麗の問いに、丸井はあからさまに肩を落としてみせた。


「行きたいんだけどな。普通に入れば何万もするし…第一そんな金俺持ってねーしさぁ……はぁ…」
『ふーん。』
「…つーかお前は行くのかよぃ?」
『行かなかったら神奈川まで来ないわよ。』
「いいなー。」


心底羨ましそうな顔をする丸井を見つめる美麗は、一度手元の無料券に視線を移したあと、じゃあ、と言葉を紡ぐ。


『一緒に行く?』
「え」
『この券、一枚で二人までオッケーなのよね。皆都合あわなくて一人で行こうと思ってたんだけど、よかったらど「行く行く行く行く行く!!」』


美麗の言葉を遮り、丸井は輝かんばかりの笑顔で行くを連呼。
挙げ句の果てには美麗の両手を掴み、お前マジいい奴だな!意地悪そうな顔して実はいい奴ってか!ずっとドSな鬼だと思ってたけど見直したぜぃ!と失礼極まりないことを言ってのけ、怒った美麗に脛を思いっきり蹴られていた。


ホテルの最上階に到着すると、甘い匂いが二人を迎え、店員のお姉さんがにこやかな笑顔で「いらっしゃいませ」と声をかける。美麗が無料券を差し出すと、お姉さんは丸井と美麗を見比べ、「恋人同士ですか?」と聞いてきた。


『「はい?」』


びっくりして、固まる二人は揃って声をあげた。


「恋人同士限定のメニューをご用意させていただきますが、よろしかったですか?」
『…そんなメニューあるの?』
「なぁ美麗、あれ!」


丸井が店内に張り出された紙を発見したらしく、少し興奮気味に美麗を呼んだ。広告にはでかい文字で“恋人同士限定メニューあります”と書かれていた。
どうやら、今だけ恋人と来たら特別なケーキが食べられるらしい。しかも期間限定、数に限りがあるから早い者勝ちだ、とも書かれていた。

二人は顔を見合わせたあと、声を揃えて店員のお姉さんに『「恋人同士です!」』と宣言した。真っ赤な嘘だが、限定メニューを食べたいがためだ。せっかくの男女なのだから、利用しなくてどうする!という意見が見事に一致したのである。

席に案内されたあと、限定メニューからいきますか?と聞かれた。


『どうする?先に食べちゃう?』
「だな。じゃあ先にお願いします!」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」


恭しく頭を下げ、席を離れるお姉さん。ケーキが届くまで、お互いに近況報告をしたり、進路ってどうしてるー、などと将来の話をしたりしていると、先程のお姉さんが「お待たせしました」とケーキをテーブルに置いた。


「こちら恋人同士限定ケーキとなります。」
『「……」』


二人の目の前に置かれた、1つのケーキ。ハート型で、しかもかなりの大きさ。まるでウェディングケーキみたいに豪華な装飾がされている。さらにチョコプレートには“お二人に幸あれ”と書いてある。偽の恋人なのに…これはちょっと、とひきつった笑みを浮かべる美麗と丸井。


「それから、記念に写真を撮りたいのですが、よろしいですか?」
「…どうする?」
『えー……まぁ写真くらいなら…』
「ちなみに、お写真を撮る際にはキスをお願いします。」
『「はぁ!?」』


こちらが今までに写真を撮られた方々です。と、お姉さんに見せられたアルバムにはたくさんの恋人達が、それぞれ幸せそうに写っていた。その全てが、頬や額、唇にキスをしているシーン。さっと赤くなった美麗はバン!とアルバムを閉じると、全力で否定する。


『絶対いや!!』
「…そんな全力で否定しなくて
……でも俺もこれはさすがにな…」


少し恥ずかしそうに頬をかく丸井と、真っ赤な顔でそっぽを向く美麗。可愛らしいカップルだなと思いながら、お姉さんは小さく笑い引き下がった。


『…』
「…」


一瞬だけ微妙な空気が流れるが、目の前のケーキのおかげですっかり元通りに。いただきます、とかぶりついたケーキは、とんでもなく美味しかった。


『「うっまー!」』


思わず叫び、顔を見合わせ、ニコッと笑い合う。
それからただひたすらケーキを食い尽くした。世間話をするでもなく、ただただケーキを食い漁る。

全種類食べた結果。


『……おぇ…っ』
「…っき、気持ち悪い…!」



吐きそうになってしまった。
顔面蒼白になりながら、二人は分かれる。後日。太ってしまった丸井は幸村にダイエットを強要され、そして同じく少し太ってしまった美麗もひたすらダイエットに励んだ。


ケーキをバカ食いするのはいけないな、と心の底から思ったらしい。


to be continued...


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