スピードスターと女帝
気がつけば、もう11月が終わろうとしていた。
夏の暑さがちょっぴり恋しくなる今日この頃。部活が休みなため、家でのんびり過ごそうかと思っていた美麗は、やっぱりテスト対策のために勉強をしようと決意し、机に向かった。

12月に入れば、冬休みの前にテストがある。中学生活、残りわずかなテストで、なんとしてでも跡部に勝ちたい。次こそ勝つ!そう一人部屋で意気込むと、さっそく苦手な教科から取り掛かった。しかし、ノートを切らしていたことに気付く。


『…予備のノートもうなかったっけ…まだあった気がしたんだけどな……まぁいいや。買って来よう。』


部屋着から出掛ける用に着替え、母に一言告げてから家を出た。冷たい風が頬を撫で、ぶるっと身震いを一つ。
商店街に足を踏み入れると、休日だからか、たくさんの人で賑わっていた。とある文房具屋さんでノートを数冊買い、ついでに残り少ししかなかったシャープペンシルの芯も購入。

それから、出掛ける寸前に母に頼まれたものを買うためスーパーに向かう途中、クレープ屋さんを発見。無償に甘いものが食べたくなった美麗は、ルンルン気分で列に並びクレープを買った。たくさん種類があった中で、一番安いチョコバナナクレープを頼む。


『おいしそー!』


いただきまーす。と、クレープにかじりつこうとしたまさにその時。後ろから走ってきた誰かがぶつかってきた。けっこう大きな衝撃だったから、相手は全力疾走していたに違いない。
突然の衝撃に、完全に油断していたので受け身をとる暇もなく前にズサッ、と倒れた。


『……いった…っ!』


絶対膝擦りむいた!痛みに眉をしかめ、起き上がった美麗は無惨な姿となったクレープを見て目を見開いた。


『………』
「うわわ!す、すんません!大丈夫ですか!」


ぶつかってきたであろう相手が慌てて謝る声をどこか遠くで聞きながら、ふるふると震え出す美麗。


「ホンマすんません!怪我ないですか……『私のクレープに何してくれんじゃコノヤロー!!』ご、ごめんなさいー!」


涙目で、ぶつかってきた相手の胸ぐらを掴み揺さぶる美麗は、まだ一口も食べてなかったのに…!と、憤慨する。


「すんません……って、美麗ちゃん!?」
『謝って済むと思ってんのか!テメーのその命で償えや!』
「死ねと!?」

『あぁあぁ…私のクレープ……っ』
「ホンマごめん、ちょっとよそ見しとって……怪我してへん?」
『……あれ?謙也じゃない。』
「今頃!?」


ようやく、美麗はぶつかってきた相手が謙也だと気付いた。


『アンタだったの?ていうかそんな謝り方で許されると思ってんのか。あ?地面に這いつくばれよ。』
「……すみませんでした。」



人目も気にせず素直に土下座をする謙也を見下ろし、満足げに笑うと『お詫びにクレープ買ってこい。一番高いやつな。』と命令。それも素直に聞き入れた謙也からクレープを受けとると、ようやく許してくれたのだった。


「足大丈夫?」
『痛いわよ。』
「…ば、絆創膏買ってくるわ!」


なんとなく放っておくことができず、美麗と共にベンチに座る謙也は擦りむけた膝を見て、申し訳なさそうに眉を下げる。
慌ててベンチを立ち上がり近くの薬局へ行こうとする金髪男をひき止める。


『絆創膏なら持ってるわ。水で洗いたいから、水持ってきて。』
「水な!すぐ戻る!」


そう言うと、謙也は一瞬で目の前から姿を消し、そして一瞬で戻ってきた。


「はい水!」
『ありがとう。』


冷たい水で膝の血を洗い、鞄のポーチから絆創膏を取り出し膝に張り付けた。


「絆創膏なんてよう持っとるな。」
『弟がよく怪我するから、常に持ち歩いてるのよ。』
「へぇ、美麗ちゃん弟おるんや。」
『うん。』


それっきり沈黙。
謙也がどうしよう、とあわあわしているのを、美麗は横目で見てそういえば、と口を開いた。


『アンタなんで東京にいるの?』
「え、あぁ…侑士ん家に泊まりに来たんや。」
『なんでこんな時期に?』
「俺の学校、月曜日創立記念で休みでな、折角の三連休やし、この商店街を案内したるって前に侑士と約束したから。」
『ふーん……で、忍足は?』
「…あんまりにも広いからはぐれた。」
『ガキかお前は。』
「さっき連絡したんやけど、繋がらんくて。」
『忍足を探すために走っていたら私にぶつかった、と。』
「はいそうです。すみません。」
『連れを探すだけでなんであんな全力疾走するわけ?小走りでいいのに、バカじゃないの。』


スピード命、とか言っていそうなくらい、謙也は速さを求める。しかし美麗にはなぜそこまで速さが必要なのか全く理解できず、ただ呆れたようにため息をついた。


『もしぶつかった相手がチンピラとか、ヤクザとか、怖い人だったらどうするの。逆に小さい子やお年寄りだったら?ケガさせること間違いないわ。私みたいに膝擦りむくとかならまだ軽いけど、打ち所悪かったら病院行きよ?責任取れる?』
「う……」
『むやみに走らないこと。わかった?』
「はい…」
『よかったわね、私で。』
「……いや、全然よくな『え?』全然よかったです!ホンマ美麗ちゃんでよかったー!」


小声で不満を呟いた謙也だったが、美麗の睨みにビビり涙目で否定をしたのだった。
ヤクザや、お年寄り、子供にぶつかるより、美麗にぶつかったことのが一番質悪いんじゃ…と思わずにはいられなかったとか。
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