独占取材!
「…相変わらずすごい威圧感だな…この学校は。」


氷帝学園の校門前に立ち尽くし、厳粛な雰囲気を醸し出す学園を見てポツリと呟く男。
首からカメラをぶら下げ、胸元の名札には“井上”と書かれている。


「井上先輩、許可はとれました?」


井上の隣にいた、女性が訊ねる。彼女もまた首からカメラをぶら下げており、名札こそついていないが彼と同じ目的でここへ来た様子。名前を芝。


「あぁ。学園内の許可はいただいた。あとはテニス部と本人の許可をもらうだけだな。」
「許可してくれますかね?」
「どうだろう。とりあえず、テニスコートに行こう。」
「はい!」


彼ら、月刊プロテニスの記者達は氷帝学園に足を踏み入れた。




「おい!モタモタすんな!スピード上げろ!」
「は、はい!」
「次行くぜ!」
「お願いします!」


喝が飛ぶテニスコートは、活気づいていた。今日も引退した3年レギュラー達が後輩を指導するというメニューで、宍戸を始め跡部も忍足も滝も、後輩達に厳しく、かつ丁寧に指導している姿が見られる。向日やジローは休憩中なのかサボっているのかわからないが、後輩と話に夢中になっていた。

美麗もまた、後輩達のためにタオルを用意したり、ドリンクを作ったり、ボールを拾ったりと真面目に仕事をしていた。現在はタオルや汚れたシャツを洗濯中。
コートの外には、相変わらずファンが殺到している。
そのファンの後ろから現れた二人組に一番早く気がついたのは、向日だった。


「…あれ?」
「どうしたんだ?」


向日が上げた疑問の声を、タオルを取りに来た宍戸が拾った。


「今日って取材の予定入ってたっけ?」
「取材?」
「ほら、記者が来てるし。」
「…そんな予定あったか?あ、おい跡部!」


首を傾げる宍戸は、近くを通った跡部を呼びつけた。


「アーン?」
「なぁ、今日って取材あんの?」


向日の問いに、跡部は「は?」と間の抜けた声を出す。


「記者が二人来てるんだよ。」
「…そんなの聞いてねェぞ。」


呟きながらフェンス向こうに視線をやると、ファン達の後ろに見知った顔があるのを確認。
思わず眉をしかめる跡部は、めんどくさげに舌打ちをしコートから出て二人に向かった。
向日や宍戸も後に続く。


「井上さん。お久しぶりです。」
「跡部くん!久しぶりだね。」


人のいい笑みを浮かべて井上と挨拶を交わす跡部だが、その笑顔の裏と内心を知っているため苦笑するしかない向日と宍戸はとりあえず跡部に任せるか、と黙って耳を傾ける。


「今日はなぜここに?取材があるとは聞いていませんが…」
「あぁ、実は君達氷帝に協力してほしくて。」
「……協力?」


井上の話によると、三日前に会社で次の月刊プロテニスの特別企画コーナーにて各校のマネージャーを独占取材した内容を載せることに決まったらしい。
しかし各校に正式なマネージャーは数名しかおらず、困っていた時に思い出したのだ。氷帝にいる、正式マネージャーのことを。しかも彼女は選手からも、一般生徒からも人気がある。
彼女の人気っぷりは井上も知っているし、もしかしたら雑誌の売上げも伸びるかも。と考えた井上が芝を引き連れてやってきたのだ。


「……だから、マネージャーの独占取材させてもらいたいんだけど…」
「……」


顔を見合わせる跡部と宍戸、向日。自分達は別にどうってことはないが、美麗がすんなり頷くか……。


「そういうことは美麗に聞いて下さい。」
「あ、あぁ、そうだったな。」
「でも姿見えませんよー?」


芝が、辺りを見渡しながら言う。


「美麗なら今洗濯中………あ、帰ってきた。」


一際大きくなる歓声の先に、美麗はいた。大量のタオルやシャツを抱えこちらには気付かずにコートに入って行く。


「おーい美麗ー!ちょっと!」


向日が手招きをすると、あからさまにめんどくさい顔でこちらにやって来た。
芝が直ぐに歩いてくる様をカメラにおさめるが、それに目敏く気付いた美麗はギンッと芝を睨みつけた。


『ちょっと!何許可なく写真撮ってるの!?訴えるわよ!…いや、ブッ殺すぞ!!』
「なんでバイオレンスな方に言い直したのよ!?」



本気でやりかねない形相に、芝は平謝りしながら写真を削除した。


『で?何か用?』
「取材したいんだと。」
『……誰の?』
「美麗の。」
『……』


無言になった美麗に、井上が声をかける。


「はじめまして、雪比奈美麗さん。」
『…どうも。』
「今回の月刊プロテニスで、特別企画をやるんだけど、それに協力してもらいたいんだ。」
『特別企画?』
「そう!マネージャー特集を組もうと思ってね。正式マネージャーである君に、是非とも頼みたい。」
「取材の内容はそんなに難しいものじゃないわ。私達がする質問に答えるのと、選手から見たマネージャーの印象、一般生徒からみたあなたの印象など。あとは写真ね。」


お願いします!と勢いよく頭を下げる二人だが、美麗はしれっと一言。


『やだ。』
「そんな…!」
「ちょっとお話するくらいなんだから、いいでしょう?美麗ちゃん。」
『嫌。他を当たって。それと、気安く名前呼んでんじゃねーよおばさん。』
「お、おばさん!?失礼ね!私まだそんな歳じゃないわよ!」
『若作りしちゃって…見苦しいわよ、お・ば・さ・ん。』
「……っな、生意気ー!!」
「落ち着いて下さいおばさん。」
「そーそー。おばさん短気だな。」
「おばさん激ダサだぜ。」



面白がっているのか、跡部、向日、宍戸も口々に芝をおばさんと呼んだ。


「っだから私はおばさんじゃなーい!!」


なんなのこの子達!生意気すぎよー!と一人憤慨し、地団駄を踏む。
そんな芝を見て、四人はクスリと笑うのだった。


「どうしてもダメかい?」


なんとかして許可をもらいたい井上は、さっきからそれの繰り返し。しかし美麗も、頑として頷かない。


『めんどくさいから嫌だって言ってるじゃない。だいたいなんで私なの?正式マネージャーなら他にもいるでしょうが。』
「君じゃないとだめなんだ!頼むよ!」
「井上さん、美麗も嫌がってますし…あまり無理強いさせると死にますよ。」
「(なぜ死に繋がるんだ。)
……今ならこの松茸くん人形をプレゼントするんだが、これでもだめかな?」
『…!』


井上が最終手段だと言わんばかりに取り出したのは、彼らが勤める会社のマスコットキャラクター候補のぬいぐるみだった。松茸の形に、目と口、そして手足を付け足しただけの簡素なぬいぐるみは、お世辞にも可愛いとは言えなかった。


「(目つき悪!つーか全然可愛くねェ!)」


跡部、向日、宍戸の心が見事にシンクロした瞬間だった。


「井上先輩、そんなの欲しがる人がいるわけないじゃないですかぁ。ボツになったぬいぐるみ、まだ持ってたんですね。」


芝が呆れたようにため息をついた。
彼女の言う通り、この松茸くん人形は会社内でボツとなったものだ。全然可愛くないのと、目つきの悪さ、そしてキノコの形が嫌だという意見が多数で、すぐさまボツ。何がなんでもボツ。
絵に描いただけではわからないからと実際に作ってみたのが、今井上が手に持っているものだ。しかし一瞬でボツになってしまったため、どうすることも出来ずずっと鞄に忍ばせていた。


「…やっぱりダメかー……仕方ない、諦め『…それ、本当にくれるの?』え?」


諦めようとした時、美麗が井上を見上げ、問いかけてきた。


『そのぬいぐるみ、くれるの?』
「え、あ、あぁ。取材受けてくれるお礼にと思ってたんだが……」


目の前に差し出された松茸くん人形をまじまじと見つめたあと、美麗は井上の手からぬいぐるみを受け取り、仕方ないわね。と呟いた。


『取材、受けてあげてもいいわ。』
「ほ、本当かい!?」
「嘘ぉ!?」
「「「えぇええぇ!!?」」」



喜ぶ井上の後ろで、芝が。
ぬいぐるみを抱きしめ、頬を緩ませる美麗の後ろで跡部、向日、宍戸が。揃って声を上げた。


「お前単純だな!」
「そんな人形のどこが気に入ったんだよ!」
「松茸か?松茸の形だからか!?それなら俺様がもっといい人形買ってやるから!」

『かーわいー!この目がたまんないわね!』


跡部達の声を無視して、美麗はぬいぐるみをキュッと抱きしめ嬉しそうに笑った。


「……ま、まぁ許可が出たんだからよしとしよう。やりましたね井上先輩!」
「あぁ!これで確実に売上げが伸びるぞ!」


こうして、美麗の取材が開始した。始めは普通にマネージャー業をしている姿の撮影。
芝が美麗を激写している間、井上がフェンスに群がる女子や他生徒達に聞き込み。
最後に選手達からの話、美麗本人からのマネージャー業に対する感想やらいろいろ聞いて、部活が終わるちょっと前に取材は終了した。


「協力してくれてありがとう!いい記事になるよ、これは。」
「発売日は再来週の土曜日よ。よかったら買ってね!」
『おばさん、私の写真、綺麗に撮れた?』
「おばさん言うな!まったく……えぇ、美麗ちゃん可愛いから撮り甲斐あったわ!」
『ふふっ…まぁ、当然よね。』



そして雑誌発売日。
普段は青年くらいしか買わない月刊プロテニス雑誌が、飛ぶように売れた。しかも大半が氷帝の女子と男子。中には一人で数冊も買う人がいたりと、美麗の人気は凄まじかった。



月刊プロテニス〜特別企画!
氷帝学園男子テニス部正式マネージャーの独占取材!

全国的に有名な氷帝学園男子テニス部の部員やレギュラー達を支えるマネージャー。雪比奈美麗さん(15)は200人以上存在する部員を、たった一人でサポートをする。これはそんな彼女の、特集である。


そんな見出しから始まった特集ページには、美麗の写真と共に細かな説明がされてあった。
美しさを綴ってあったり、女王様体質は彼女らしいなどと綴ったり、取材したヶ所は後ろの方に小さく載っているだけで、圧倒的に写真の方が多く、もはや写真集と化していた。

だが売上げは過去最多。
美麗様様だと、雑誌製作者は泣きながら喜んだとか。
そして今回の件で、美麗のファンが氷帝だけに留まらず、全国各地に広がっていった。


to be continued...


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