学園祭【4】
学園祭2日目。
今日はクラス企画がメインだ。
午前9時。校内放送により、学園祭2日目の開幕合図。
合図とともに、一般の人達が来るゲートも開放され、学校は一気に賑やかになった。
部活の出し物は昼からなため、美麗達は午前中いっぱい、クラスに専念した。

A組の教室には、ズラリと並んだ沢山の種類の服と、着替え部屋がいくつかあるだけのいたってシンプルな作りになっている。学園祭開始と共に雪崩れ込むようにして入ってきた生徒達には、さすがに驚きを隠せない。

コスプレ写真館。
自分がコスプレしてもよし、A組の誰かにコスプレしてもらうもよし、もちろん、写真もOK。
皆、美麗と跡部目当てだろう。
先程雪崩れ込んで来た生徒達は美麗と跡部に詰め寄り「跡部様!美麗様と並んでこの衣装着て下さいまし!」「その次はこれで!」「美麗様!この衣装着て私と写真撮って下さいっ!」口々にまくし立てる。


『……順番に並びなさい。』
「「はいっ!」」


キラキラに輝いた目で見つめられ、回りを囲まれ、すっかり逃げ場を失った美麗は大きくため息をついたのだった。


『ふー……疲れたぁ…』


ようやく先程の群れがいなくなり、休憩室に逃げるようにして向かうと、大きく息をつき椅子に深く腰かける美麗。その横に、跡部も同じように座った。
とりあえずしばらくは休憩しよう、とお茶を一口飲んだ時、入り口がざわざわと騒がしくなった。休憩室から顔を覗かせると、すぐさま引っ込む。


「誰が来たんだ?」
『最悪な人達。』
「……あぁ、アイツらか。」


休憩室の向こうから、「美麗先輩はー!?」と赤也の声。
やって来たのは立海メンバー。
姿を見せたら終わりだ。美麗は休憩室のさらに隅へと避難しようとした。店番をしている平居や他の生徒達が気をきかせてくれていたら避難しなくても済むのだが、一応念のために。
特に平居は、空気が全く読めないKY女。下手したら普通に呼びにくる。アイツならやりかねない。そうなる前に、逃げよう。

隅へ移動する最中、いきなり休憩室のカーテンが開けられ、「美麗ちゃんお友達が来てるよー!」平居の高い声。案の定というかまさかというか…本当にやってしまうとは。平居は筋金入りのKYだ。跡部の呆れた眼差しには気付いていない。
固まる美麗のイラだった表情なんかに気付くはずもなく、平居はテンション高く軽い足取りで傍までやって来る。


「ほら、早く行かなきゃ!待ってるよ?」
『……っアンタは本っ当!期待を裏切らないわね!』
「え?いやそれほどでもー!」
『褒めてねーよ!』



チッと舌打ちをすると、平居の頭を力いっぱい叩き休憩室をしぶしぶ出る。平居の「いったー!」という悲痛な叫びは無視して。
休憩室のカーテンを開け、一歩踏み出したまさにその時。


「美麗先輩ー!!」
『うご…!!』


毎度お馴染み、赤也の強烈タックルが炸裂した。
モロにお腹にきた衝撃に、青ざめる美麗。引き離そうと押し返すが、けっこうな力で抱きついているためなかなか離れてくれない。


『離れてよ、もう!ていうかアンタ会うたびにタックルしてくるのやめてくれない!?痛いんだけど!』
「嫌っスー!昨日は全然先輩と話せなかったから…!今日はもう絶対離れません!」


ギュウギュウ抱きついてくる赤也はさらに力を強め、そんな事を言ってきた。平たく言えば、赤也はただ寂しかっただけなのだ。昨日も会えたのに、あんまり引っ付けなかったし話せもしなかったから。

「…昨日普通に美麗に抱きついてたよなアイツ。」「あぁ…普通に話せてたよな。」ヒソヒソと交わす丸井とジャッカルの言う通り、確かに赤也は昨日、こんな風に美麗に抱きついて真田に怒られていた。普通に美麗と話せていた。それでもまだ足りないというのか…。

「切原くんは本当に美麗さんが好きなんですねぇ。」そう言いながら赤也を見つめる柳生の表情は、少し呆れたような、でも微笑ましいような…そんな微妙な顔だった。


「もうこのまま抱きしめ殺したいくらいっス!」
『っ!?た、助けてー!!』



物騒な発言に目を見開き、美麗は叫ぶ。


「ふふっ…美麗ちゃんを抱きしめ殺す前に俺が赤也をしめ殺してあげようか。」
「すいませんっしたァァァァ!!」



笑顔でとんでもない事を言い出した幸村に、赤也は顔面蒼白になりながら美麗から離れると、瞬時に土下座。冗談だろうが、幸村ならやりかねない。というか幸村は冗談ではなく本気で言っているかもしれない。
美麗はひたすら謝る赤也にちょっと哀れむような眼差しを向けたあと、改めてA組にやってきた立海メンバーを見回し、盛大にため息をついたのだった。


『で?何しに来たわけ?』


一段落ついたところで、美麗はそう訪ねた。わかりきったことだが、念のため。


「遊びに来たに決まってるじゃないか。」
「美麗先輩!写真一緒に撮って下さいよ!」
『……』
「まず手始めにこれを着てもらおうかの。」
「で、次これな!」
「ではその次にこれを。」


仁王、丸井、柳が順に見せた服に目をやると、ひくりと口元をひくつかせ乾いた笑みを溢す。


『…趣味丸だしじゃないのよ。』


仁王の手にあるのは定番のメイド服。フリルやレースをふんだんに使った黒のメイド服は、明らかにロリ系。
丸井の手には警官服。ご丁寧に拳銃付きだ。柳の手には純和風の着物。最近の着物は、派手な柄が多いし、実際にここにある着物の中にも今風な着物が多々ある。しかし柳が選んだ着物は古典的な和風柄。桜の花が控えめに散らばった、とても綺麗な着物だ。

コスプレ写真館と言う出し物をやる時から、こうなる事は予想済み。コスプレ要求だって覚悟していた。しかし実際やってみると、思っていた以上にめんどくさいし、恥ずかしい。
すでにやる気をなくしている美麗は、『もう好きにすれば。』と投げやりだ。すっかり目が据わっている。


「あ、そうそう。跡部と真田にしてもらいたいコスプレがあるんだけど…ここにあるかな…?」


ふいに幸村がそう呟きながら、衣装を物色し出した。
不安げに互いに顔を見合わせる跡部と真田は、嫌な予感を抱きつつも幸村が戻ってくるのを待った。


「あったあった!二人にコレ着てもらいたいんだけど。いいよね。」


疑問符がついていない。
これは拒否権はないということか…!?困った顔で幸村が差し出す衣装に目をやる。


瞬間、衝撃を受けた。
ピシリと固まる二人は、カタカタと震えながら後ずさる。


「ゆ、幸村!まさかそれを俺様に着せるつもりか…!?」
「え、うん。」
「絶っっっ対嫌だ!!」
「俺もそれだけは嫌だぞ!」

「いいじゃないか。減るもんじゃないし?」


にこやかに笑いながら、ほら早く、と急かす幸村の手にある二つの服。それはシンデレラの衣装と王子の衣装。幸村はこれを二人に着てもらいたかったらしい。


「幸村、なんでシンデレラなんじゃ?」
「理由なんてないよ。ただ面白いだろーなーって。ちゃんと構図も考えて来たからその通りに頼むよ。」
「「………」」


絶望的な目で固まる跡部と真田の心中は、見事にシンクロしていた。


(着たくねー!)


そんな事を思っていても、幸村はきっと着るまで言い続けるだろう。もしかしたら無理矢理着せようとするかもしれない。
百歩譲って王子の衣装は許せるが、シンデレラのドレスは何がなんでも許せない。この歳になってドレスはないだろう、ていうか男がドレスとかありえないし、気持ち悪い!
だいたい好き好んでドレスを着たがる男がどこにいるのか。
もしいるとしたら、それは正真正銘の変態だ。

ドレスなんか断固拒否したい気持ちもどうせ着るなら王子がいい…!という気持ちも一致している二人は、互いに睨み合う。


「…おい真田」
「断る!」
「チッ……仕方ねェ、ここは平等にじゃんけんで決めるぞ。お前パー出せ、俺はチョキを出す。」
「それのどこが平等なんだ!それじゃじゃんけんする意味がないだろう!」
「つべこべ言わずにドレスを着ろ!」
「ふざけるな!貴様が着ろ!」
「お前が着ろ!」
「いやお前が着ろ!」
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