ダイエットせよ!
焼き肉大食いバトルをしてから3日が過ぎたある日の放課後。
美麗達三年生は、テニス部部室へ訪れていた。全国大会が終わったので、三年生は引退となり、次の部長は日吉に決定していた。だがまだまだ一、二年生は未熟である。三年生達も教えたい事は山程あるしなにより高校に行ってもテニスを続けるから引退した後も毎日部活に来ているのだ。マネージャーもいないため、必然的にマネの仕事は美麗がする事になっている。
『ねぇ、マネージャー取らないの?』
ふと、ずっと思っていた事を聞いてみた。
『今はまだ私がいるからいいとして…来年からどうするの?』
「……確かにな…」
「けどよー、俺らが信頼できるのは美麗だけだし。」
向日の言葉に、全員が頷いた。
「絶対真面目に仕事しないぜ。ウザイし、邪魔だし。そんなんだったらマネージャーいねぇ方がいいと思う。」
「だよな。」
マネージャーを募集すれば、絶対に全校生徒の女子が立候補するだろう。マネージャー業をやらせても、真面目に仕事をしないのは目に見えている。ミーハーはお断りだ。
美麗の後を引き継げるほど有能なマネージャーは、きっとこの学校にはいない。
「なんとか頑張りますから。」
『…そう。』
日吉の言葉に、美麗は笑いながら頷いた。
「あー…疲れたー……あっついなー。もう9月だってのに…」
「せやなぁ…これはまだ夏なみの暑さやな。」
練習が終わった後は暑い。まだ日中も暑いが、練習後はさらに暑くなる。跡部達は流れる汗を拭いながら、部室へ戻る。
その頃、部室の隣の部屋で美麗が着替えを済ませていた。ここは跡部が使用人達に速攻で作らせたマネージャーである美麗専用の部屋だ。ここで着替えを済ませると、いつも跡部達がいる部室へ移動する。
制服に着替えたものの、ベタくつ体に不快感を感じ眉をひそめた美麗はシャワールームに向かい、一度着た制服をまた脱ぎ、シャワーの蛇口をひねる。
『……あら?』
だが、水は一滴も出てこない。
どれだけ回しても、出る気配がない。
『…壊れてる。最悪!』
イラッとした美麗は乱暴にシャワーを放り投げると、また制服を着て部屋を出ていく。
向かった先は跡部達のいる部室。
『景吾ー、ちょっと。』
「「うお!?」」
いきなり扉が開き、ビビる宍戸と跡部。忍足、向日、ジローはビクッと肩を跳ねさせた。
日吉と鳳に至っては固まっている。
「お、おま、ノックしろっていつも言ってんだろーが!いきなり開けるな!」
『何よ、別にいいでしょ?見られて困るものでもあるわけ?』
「美麗ちゃん、もし俺らがパンツ一丁やったらどないするん?」
『別にどうもしないわよ。』
「……少しは恥じらいを持とうや。」
『てめーらの裸体見たってなんとも思わねーよバーカ。』
「……そうですか。」
しまいには『つーかアンタ達に興味ない。』なんて言われ、少しショックを受けた。
「で、何の用だ?」
『そうそう、シャワー貸してほしいの。あの部屋、シャワー出ないのよ。壊れてる。』
「マジか。」
『マジだ。』
「わかった。すぐに業者呼ぶ。」
『お願いね。…じゃ、シャワー借りるわ。』
「あぁ……余ってるタオル使っていいからな。」
『はいよ。』
軽く返事をし、シャワールームへ。シャワーを浴びてサッパリした美麗は、ふと足元に置いてある体重計に目を向けた。
『…久しぶりに乗ってみようかしら。』
制服を着る前に、体重計に乗ってみた。だが、次の瞬間、大きな衝撃を受けた。
『きゃああああ!!』
突如響き渡る悲鳴に、待機していた跡部達は「「「「!?」」」」と飛びのく。そして慌ててシャワールームへ走った。
「ど、どうした美麗!!」
「何があった……」
「っ!!」
『ちょっと!何勝手に開けてんのよエッチ!!』
「「「……」」」
美麗にキッと睨まれ、跡部達は無言でドアを閉める。
美麗がバスタオル一枚だった姿を思いがけず見てしまい、赤くなっている彼らには少し、刺激的過ぎたようだった。
ただ忍足だけは「真っ白な肌やったなぁ…」とだらしなく顔を緩ませ、にやけている。
しばらくして、制服を着た美麗が出てきた。ずーん、と暗い影を纏いながら。
「な、なぁ。何があったんだ?」
「どうしたんだよ、悲鳴なんかあげて。虫でもいたか?」
皆が口々に問うが、美麗は返事をしない。かなりショックを受けているのか、目が死んでいた。
「…美麗先輩?」
日吉が美麗の名前を呼ぶと、ようやく返事が返ってきた。
『……嘘だ…ありえない……』
「何がだよ。」
『………体重……三キロも増えてた…』
「「「「は?」」」」
意気消沈した美麗に対して、跡部達は拍子抜けしたかのように揃ってため息をついた。
「なんだそんな事か。」
「クソクソ!驚かせんなよな!」
「体重ごときで何騒いでんだよ、激ダサだぜ。」
『体重ごときですって!?』
美麗の目が、ギラッと光る。
『てめーらは女心がわかんねーのか!最低だな!』
「お、女心?」
『女の子にとって、体重が増えるってことは一大事なのよ!太った証拠!それを“そんな事”で済ませるなんて…最低だわ!!』
熱く語る美麗に、跡部達は一歩後ずさる。
「で、でも見た感じ太った感は見られませんけど…」
「うんうん、美麗ちゃんは細いC〜。」
『そんな事言わないでよ!調子乗っちゃうでしょう!?』
「んじゃ、お前超デブ……っいだぁっ!!」
『バカヤロー!』
極端過ぎる向日の頭をグーで力いっぱい殴る。さすがにデブというほどではない。
『絶対この間の焼き肉のせいだ…!』
あの焼き肉バトルのせいで、三キロも太ってしまった、と。そう決め込む美麗は、よし!と拳を固めた。
『私、ダイエットする!』
「……」
『明日からさっそく実行よ!目指せマイナス三キロ!!』
ごぉぉおお!と燃える美麗。
あまりに熱すぎて、誰も近寄れなかった。
「……ほどほどにしとけよ。」
跡部の言葉は、きっと届いていないだろう。うっしゃああ!やるぞー!とさらに燃えている美麗を見て、全員が深いため息をついた。
そして翌日から、美麗のダイエット作戦が始まった。まずはテニス部の朝練に自ら参加。普段なら絶対しないのに進んで参加。続いてお昼。
いつもはお弁当にデザート付き(デザートはキノコ。たまにゼリー)を食べる美麗だが、今日はおにぎり二つだけ。キノコがなく、物足りなさそうだったが、ダイエットのためだと自分に言い聞かせ、我慢。
そして放課後の部活。これにも積極的に参加。ウォーミングアップとして外周三周した後、マネージャーの仕事そっちのけでトレーニングルームに籠る。
部活終了後は、いつもは跡部の車で送ってもらうのだが、今日は違う。歩いて帰ると言い張った。
『じゃ、また明日。』
「あ、あぁ…」
疲れた顔をした美麗は、小走りで家に帰って行く。
小さくなっていく美麗の背中を見つめながら、あんな美麗初めて見たぜ…。と驚いていた。ダイエットは人を変えるのだろうか、と思うくらい、真剣だったのだ。
そしてダイエットを始めて1週間が過ぎた。この1週間、同じ内容を繰り返したせいで、かなり疲労していたが、それも一端休憩。ちょっとだけ、結果を見てみる事に。これでもし減っていたら終わり、減っていなかったら続行。そう心に決め、恐る恐る体重計に乗ってみた。
『……!』
ピピッと表示された数字を見て、美麗は目を見開く。
『…っやったぁぁああ!!』
今度は前回とは違う、喜びの声が部室に響いた。待機していた跡部達は「あ、成功したんだな」とすぐにわかった。
シャワールームから出てきた美麗はルンタルンタとスキップしていた。周りには、ほわんと花が飛んでいるのが見えた。
「成功したんや?」
『そう!そうなのー!マイナス三キロ、達成ー!』
やったー!と、それはそれは嬉しそうに笑う美麗に、跡部達も口元に笑みを浮かべた。
「よかったな。」
『うん!頑張った!』
「じゃ、ダイエット成功したところでこれ頼んだ。」
『……え……?』
跡部が指さした先には、山積みになった洗濯物。茶色く汚れた洗濯物は、かなり汚い。
『…何あの山。』
「洗濯物の山だ。」
『なんであんなに溜まってんの。』
「この1週間、お前がマネの仕事をせずにダイエットに夢中になっていたからだ。」
『……あれを今からしろ、と?』
さっきまで笑顔だったのに、だんだんと険しい顔になっていく。
「あぁ。」
『……な、なんで自分達でしないのよ!!』
「サボってたお前が悪い。なぁ樺地?」
「……ウ、…ウ……、ス……」
『〜〜っ鬼!景吾の鬼ジジー!!』
「ジ、ジジイだと!?」
ジジイと言われ、額に青筋を浮かべる跡部。
『今日はやらない!疲れたもん!』
「ダメだ!今すぐやれ!」
『嫌!絶対嫌!!』
「くせーんだよあの山!早くなんとかしやがれ!」
『だから自分でやれって言ってんでしょ!?』
「あんな汚ねー山触りたくもないわ!!俺様の美しい手が汚れる!」
『私だって触りたくないわよ!つーかあの山積みの中にアンタのも入ってるだろ!』
「俺のは汚くねェからいいんだ。」
『何その考え!ナルシストっぷりもいい加減にしなさいよ!?』
「つべこべ言わずにさっさとやれ!!」
『い・や・だ!絶対やらない!しつこいんだよこのアホベ!』
「テメェ…!」
ぎゃーぎゃーと言い争いを、忍足達はのんびり聞いていた。
「平和やなぁ…」
「だなー。」
「つーかマジであの山臭ェ。」
「……俺達でやりますか?きっと後しばらくはあの喧嘩続くだろうし…」
「……そうだな……仕方ない……やるか。」
新部長、日吉が腰を上げる。
日吉が立ち上がると、鳳、樺地と続く。忍足達も洗濯物を片付けにかかった。
すべての洗濯物を片付けた頃、二人の争いは終わったか見に行ってみる。
だが……
『アンタその髪カツラのくせに、坊主野郎って言って何が悪いのよ!事実じゃない!』
「か、カツラなんかじゃ……いやカツラだけどよ!そんな言い方ねーだろが!傷つくわ!」
『ハッ!自分からしたくせに。どんな髪型でも似合うとか言っておきながら、本当は気に入らなかったんじゃない。バカめ!』
「ぐ…っ!」
「……まだやってるし。」
「……洗濯物についての言い争いじゃなくなってますよ。」
「やっぱり跡部の髪ってカツラなんだねー。」
「……激ダサだぜ。」
「……はぁ……」
騒がしい二人を見るのに、もうすっかり慣れてしまった。
すでに日常化しているこの光景。
今ではこれがなければ、平和と思えなくなるくらい、日常の一部に溶け込んでいて。
二人の喧嘩を見ていた忍足達は、やがてクスクスと笑いだした。
これがあるから、毎日が楽しいんだ。今この時間がたまらなく幸せで、楽しくて…ずっとこんな日々が続けばいいのに。
そう、思わずにはいられなかった。
to be continued...
あとがき→