努力の果て
9月だというのに蒸し暑く。
まだまだ残暑が残るなか、全国大会は開幕。白熱する試合に、辺りは歓声に包まれて。
跡部率いる氷帝は、順調に勝ち進んでいた。まだまだ余裕そうだが、油断は禁物。常に気を引き締めて、試合に挑む。

そして、次の対戦相手が青学だとわかった時、跡部達の目付きが変わった。挑戦的な目……あの時の雪辱を果たす時が来た、と真剣な眼差しで、青学を見つめて。


「相手はあの青学……油断は禁物だ。お前達の持てる力全てをぶつけていけ。」
「「「はい!」」」
「よし……いってよ「行くぞお前ら!!」「「おう!」」……あの、まだ決め台詞言ってない……」


榊監督のお決まりの台詞を遮り、跡部達は気合い十分で監督の元を離れた。榊監督はお前達最近冷たくないか…?とショックを受けた様子。今更気づいたのかよ、と美麗は冷めた眼差しを向けた。

そして、運命の試合が始まった。全国制覇よりも、ただ青学を倒したいという思いの方が強い跡部達。エンジンフル回転で挑む。

第一試合、S3
青学桃城vs氷帝忍足
氷帝の天才と言われるだけあって、忍足は圧倒的なテニス技を見せる。だが桃城も意地を見せた。途中ケガをしながらも、必死に忍足に食らいつく。
熱くなる試合に、忍足自身も熱くなった。普段滅多に本気を見せない忍足だが、この試合で本気でぶつかっていた。
勝負の結果は、6-4で忍足の勝利。汗だくで戻ってきた忍足に、跡部達が声をかける。


「珍しく熱くなってたじゃねーか。」
「あぁ……さすがはくせ者。一筋縄ではいかへんかったわ。」


そう言って苦笑する忍足にタオルが投げられた。突然のタオルの登場に、反応できず顔面で受ける。


「うおっ!ビックリした……タオル?」


飛んできた方向を見ると、そこには腕組みをし美麗が立っていた。


「美麗ちゃん……」
『…なかなかやるじゃない。』
「!!」
『お疲れ様。……ちょっとだけ、見直したわ。』


そう言って、優しく微笑む美麗。忍足は目を見開いた。
忍足に対してはいっつも冷たい美麗が、初めて忍足を褒めた。優しい笑顔を向けた。あまりの嬉しさに、ニッと笑う忍足。


「…おおきに。なぁ、俺かっこよかった?」
『調子に乗るなバカ!』


でもすぐにそっぽを向いて、踵を返してしまう。だけど途中で振り返り、フッと笑って言った。


『…かっこよかったわよ。一瞬だけど。』
「……!」


少しだけ、美麗との距離が縮まったように思えた忍足だった。


続いての試合はD2
青学乾&海堂vs氷帝向日&日吉
気合い十分でコートに向かう向日と日吉。


「よっしゃ、行くぜー日吉!」
「足引っ張らないで下さいよ。」
「それはこっちのセリフだ!生意気な奴め!」
『ケンカしないの。』


二人の間に割って入り、落ち着かせる。


『頑張れ。』
「おう!任せとけって!」
『……別に負けたっていいけど、どうせ負けるなら、後悔しない負け方しなさいよ。』
「「……」」
『勝ってくれるのが一番だけどね。負けたっていいわ。ただ、後悔だけはしないように…全力で行ってね。』
「……おう!」
「……はい!」


力強い返事に、美麗は笑う。
さぁ行ってこい!と二人の背中を押した。コートに入るなり、二人はいきなり得意プレイを披露した。体力はあまりない向日と日吉。二人の作戦は短期決戦。つまり、さっさと終わらせてしまおうという事だ。
だが、相手の方が一枚上手だった。結局、二人の体力は限界に達し5-7で負けてしまった。
全力を出しきった二人は汗だくになりながら、地面に寝そべっている。その顔は、少し悔しさは残るものの、やりきった感が見られた。

次の樺地と手塚の試合では手塚の勝利。宍戸&鳳と菊丸&大石の試合では宍戸達の勝利。
これで両チーム2-2となった。
次の試合で、勝敗が決定する。


「……」


跡部が、無言で立ち上がる。
その瞬間、ギャラリーがいる場所から氷帝コールが高らかに響いた。


「勝つのは氷帝!負けるの青学!」
「勝つのは氷帝!負けるの青学!」
「勝つのは……」


跡部が手を空高くあげ、パチンと指を鳴らす。その瞬間、辺りは一瞬で静まる。


「俺だ!」


大きな歓声に包まれ、試合会場は盛り上がる。


『…相変わらず派手ね。』
「ホンマやなぁ…」


いつもの光景に、苦笑を漏らすレギュラー達だった。
最後の試合。
青学越前リョーマvs氷帝跡部景吾。王子vs帝王の試合が始まろうとしていた。
コートで向かい合い、挑発し合う跡部とリョーマ。


「少しは手応えあるんだろーな、アーン?」
「そのセリフ、そのまま返す。」
「フン……勝つのは俺だ。」
「俺だって、負ける気はない。アンタこそ負けて泣かないでよ。」
「誰が泣くか!……もし俺が負けたら、坊主になってやるよ。」


その言葉に、リョーマは帽子をかぶり直すと、ニッと笑った。


「へぇ……なら俺も負けたら坊主になってあげる。」


とんでもない約束に、辺りはざわつく。美麗に至っては爆笑していた。


『あっはははは!け、景吾が坊主!写真撮らなきゃ!一生からかいに使ってやるわ!アハハハ!』
「何笑ってやがるテメェ!!つーか写真なんて撮るなよ!?」
『負けなければいいだけの話でしょう。撮られたくなかったら、負けるな。』
「……言われなくても。」


こうして、運命の試合が始まった。
リョーマは初っぱなから無我の境地を発揮。いろんな選手の強烈な技を繰り出すが、跡部はものともせず簡単に返していき、激しいラリーが続く。
試合開始からもう何時間も経過していた。辺りは夕焼けに染まっている。いつまでも続くラリー。もう二人ともすでに限界を超えているというのに、それでも動き続けている。

二人の意地とプライドが今、ぶつかり合っている。
回りが固唾を飲んで見守る中、跡部とリョーマ、二人が同時に倒れた。


「立てーっ越前!!」
「負けるなおチビー!!」

「跡部!起きろ!」
「跡部!」


両チームから声が飛び交うが、二人は動かない。もう、体力の限界なのだ。


『……っ景吾…』


美麗が何かを願うように胸の前で手を組み、跡部を見据える。赤い瞳が、苦しそうに揺れていた。と、リョーマの手が動く。このままリョーマが起き上がり、サーブを決めてしまえばおしまいだ。

美麗はいてもたってもいられず、叫んだ。


『景吾ーーっ!!起きなさいっ!いつまで寝てるのよ!起きろ!』
「美麗……」


美麗の声は、よく響いた。


『立ちなさいよ!全国制覇するんでしょう!?アンタが起きなきゃ制覇なんて出来ないわよ!景吾っ!!』


美麗の声で、跡部は動き出す。
リョーマが起き上がるのとほぼ同時に、跡部も立ち上がった。
またラリーが続くのか、と…誰もが思った。だが……リョーマの打ったサーブは、静かにコートに落ちた。

しーん…と辺りは静まる。


「………跡部よ。気を失って尚君臨するのか……」


手塚が小さく呟いた。


「ウォンバイ青学越前!」


試合終了の声が空に溶けた。


『………』


跡部は、もう意識などなかったのだ。美麗が叫んでいたあの時から、意識はなかった。
敗れたけれど、屈せぬ気高き勇姿に、どこからか拍手が沸いた。コートに立つ跡部の元へ、美麗は駆け寄った。


『…景吾…!』
「……」
「ねぇ、ちょっとどいてくんない?」


気絶した跡部に近寄るのは、リョーマ。その手には、バリカン。


『…ちょっとリョーマ。まさか本気?』
「当たり前。約束は約束だし。」
『…もういいじゃない。やめて。』
「やだ。」
『……どうしてもやるの?』
「うん。」
『……だったら……私がやりたい!』
「……いいけど……てかなんでそんなに目輝いてんの?」



やりたい!と言った美麗の目は、わくわくしたように輝いていた。思わずずっこける氷帝レギュラー陣。


『それじゃあ早速……』
「待てコラ。」


カミソリを持つ美麗の手が掴まれた。見上げれば、意識を取り戻した跡部がこちらを見下ろしていた。


「自分でやる。」


そう言うと、自ら頭を刈った。
パサパサと落ちる跡部の柔らかな髪。


「約束は約束だからな。」
『………ぶふっ!ダ、ダッサー…』
「俺様はどんな髪型でもイケてるからいいんだよ。ダサくなんてねェ!行くぜお前ら!」


コートを立ち去る跡部の後を、皆がついて行く。


『……リョーマ。』
「何?」
『この氷帝に勝ったんだから、無様な試合だけはしないでよね。何がなんでも立海に勝ちなさいよ。』
「……」
『負けたら許さないから。』
「……当然。」


ニッと笑うリョーマを見て、美麗も笑う。少し、悔しげな笑顔だった。
静かにコートから離れていく氷帝。その後ろ姿は、負けたにもかかわらず氷帝らしく、堂々と。

青学は、その後ろ姿を見ながら誓う。氷帝の分まで、頑張ろう。と。
こうして、氷帝は全国大会ベスト8という形で終わった。
その後の全国大会決勝では、青学は王者立海との試合で見事勝利をおさめた。新たな歴史が、誕生した瞬間だった。


勝利という名の栄光を求めてテニスに青春のすべてを捧げた少年達の、熱い夏は終わりを告げた。


to be continued...


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