全国大会開幕
夏休みも終わり、9月に突入。
まだまだ厳しい残暑が残る中、跡部達三年生にとっては中学時代最後の大会が幕を開けようとしていた。

全国大会。

テニス部メンバーは皆、この日のためだけに毎日必死に練習を重ねてきた。皆が目指す先は、全国の頂点。ただそれだけを見て、ここまでやってきた。

しかし、関東大会で敗北した氷帝は全国大会への道を閉ざされた。皆が悲しみと悔しさに囚われる中、一番罪悪感を感じていたのは日吉だった。

関東大会、青学戦。
延長戦で最後の試合に望んだ日吉の対戦相手は、あのスーパールーキー、越前リョーマ。
最初は日吉がリードしていたのだが、リョーマの方が一枚上手で…結局、6−4で負けてしまったのだ。その結果、氷帝学園は関東大会まさかの一回戦敗退となった。負けが決まった時、日吉は悔しさのあまり、涙を流した。悔恨の涙を流す日吉を、レギュラー達は優しく慰めていたのだが、皆の表情には悔しさが滲んでいた。

会場を去る氷帝は、最後まで威厳を保ち、堂々としていて。
そんな跡部達の背中を、美麗は何とも言えない表情で見つめていた。やがて聞こえてきた氷帝コールを背中に受けるテニス部レギュラー。その背中は、逞しく、立派だと微かに思った。
これで終わりだと思うと、たまらなく寂しい気持ちになった美麗。なんだかんだで楽しい日々にも、終止符が打たれようとしていた。


『(…まさか私がこんな気持ちになるなんて…ね。びっくりだわ。)』


少し自嘲気味に笑う##NAME1##は、随分離れてしまった跡部達を追いかけた。
翌日から、三年生は引退という形になったが、ほとんどは高校に行ってもテニスを続けるからと、毎日練習に来ているからそんなに実感は湧かなかった。
いつもと同じ光景なのだが。


「跡部さん、日吉が……来ていません。」
「……そうか……」


鳳が、寂しそうに呟く。
跡部も珍しく困った顔をしていた。関東大会以来、日吉は部活に姿を見せなくなっていた。
皆があれほど責任を感じなくていいと言っていたのに、日吉には伝わらなかったのか…
プレッシャーがかかる中、必死に戦った日吉はすごい。皆そう言って、日吉を讃えた。だけど、日吉は悔しそうに顔を歪めるだけ。


『……』


美麗は黙ってテニスコートを後にした。向かう先は、屋上だ。
ギィ、と重たい扉を開けると、そこにはフェンスにもたれて、空を見上げる日吉がいた。


『……やっぱりここにいた…』


日吉が部活に行かず、屋上にいる事を美麗は知っていたのだ。


「………」
『若。』


名前を読んでも、日吉は反応しない。ただ無表情に、空を見上げていた。美麗は静かに、日吉の隣に立つ。


『……部活、なんで来ないの?皆心配してたわよ。』
「………俺が行っても、意味ないですから。」
『そんな事………』
「俺は…もうテニスをする資格はないんです。」


俺のせいで……


絞り出すような声で、日吉は弱音を吐いた。初めて見る日吉の姿に、美麗は最初はどうしたらいいのかわからず戸惑っていたのだがだんだんムカムカしてきた。


「もう、俺はテニスなんてしたくない…!あんな思い、したくないんです!」


バシン!と、澄んだ青空に乾いた音が響いた。美麗が、日吉を叩いたのだ。叩かれた頬を押さえ、日吉は美麗を睨む。だが美麗を見た瞬間、目を見開いた。黙ってこちらを見据える美麗は、怒っているような、悲しんでいるような。そんな複雑な表情だったから。


『負けたくらいで何メソメソしてんのよ!後悔してる暇があんなら、練習して見返してやりなさいよ!』
「……」
『…ここで諦めるんだ?ふーん、じゃああの努力はなんの為にしていたの?毎日遅くまで残ってテニスしていたのは、何で?』
「…それは………」
『負けたらそれで終わりなの?違うでしょう!負けたっていいじゃない!また次頑張ればいいんだから!まだ終わってないでしょ!?何で諦めてんの!』
「………っ」
『若、しっかりしなさい!アンタにはこの氷帝を引っ張っていってもらわなきゃ…』
「俺には無理です!試合で負けたような奴が部長なんて……!次の部長なら鳳か樺地にでもやらせればいい。俺には…跡部さんみたいには出来ない…!」


そう言って、俯く日吉を美麗はただじっと見つめた。


『そんなの、当たり前よ。』
「……え?」
『誰も景吾にはなれないわ。若は若。景吾は景吾なんだから。』
「……」
『若は若なりに頑張ればいいのよ。景吾にならなくてもいい。…ていうか若が景吾みたいに振る舞ってる姿なんて気持ち悪いし。』
「……確かに。俺も嫌です。」


日吉が氷帝コールを背に受け、指を鳴らし「勝つのは俺だ!」なんて言っている姿を想像した美麗は、ぐっと眉をしかめる。日吉自身も想像してしまい、ぞわっと鳥肌を立たせた。


『諦めないで。こんな所で諦めたら、きっと後悔するわよ。』
「……はい……」
『頑張ればいつかきっと、努力は実る。…って、私はそう思うわ。』
「……俺に、出来ますか……?跡部さんみたいに……立派に氷帝を率いる事が…」
『出来る、じゃなくてやるのよ。若、アンタの口癖はなに?』
「……下剋上……」
『それの意味、知ってるわよね?』
「……下の者が上の者を倒すこと……」


そこまで言って、日吉はハッと気がついた。それまで俯いていた顔を勢いよく上げる。


『アンタはずっと、それを目指して歩いて来たんでしょう?景吾を倒すために、ただ前だけを見てここまで来た。違う?』
「………」


それでも、まだ迷いのある日吉。美麗が声を少し張り上げる。


『しっかりしなさい!こんな所で立ち止まってたら、下剋上なんてできやしないわよ!?いつまでも景吾の下でいいの!?
上に行くために、頑張ってきたんじゃないの!そんな弱気な若なんて、若らしくない!』
「……っ!」
『アンタは一人じゃない。私達もいるし、長太郎や樺地だっている。』
「……美麗、先輩…っ俺………テニスが好きです。」
『うん。』
「先輩達と一緒に、テニス、やりたいです…っ」
『…皆待ってるわ。戻ろ?』
「…は、い…」


涙を流す日吉を、美麗は優しく抱きしめた。


(俺は、どうかしていた。
負けたくらいで落ち込むなんて……なんで気づかなかったんだろう。俺は一人じゃない。
いつだって皆がいてくれたのに…一人で泣いて、悔やんで、自信喪失して。バカだ、俺は…
美麗先輩のおかげで、やっと目が覚めた。俺は、もう逃げやしない。負けない。下剋上等!)


こうして、日吉はまたテニス部に戻ってきた。
少し気まずそうな日吉に対して、跡部達は温かく、いつも通りに迎えてくれて…日吉はやっぱりここが大好きな場所だと、実感した。

立ち止まってしまった日吉をもう一度立ち上がらせたのは、跡部でも、榊監督でも、忍足でもなく…マネージャーである美麗だった。
誰よりも部員の事を思っている、優しい美麗のおかげで、日吉はまた立ち上がる事が出来た。

あの時、屋上での出来事を影から見ていた跡部達は、さりげなく美麗にお礼を言った。
本人は何が?ととぼけた感じだったが、皆を見て少しだけ、笑ったのに跡部だけが気づいた。


そして、それから数日後。
奇跡は起きた。
氷帝も、開催地域枠としてだが全国に行けるようになったのだ。その噂は瞬く間に学園中に広がり、校舎から全校生徒の氷帝コールが響いた。


「氷帝!氷帝!」
「氷帝!氷帝!」


氷帝コールを背中に受け、跡部はふいに上着を脱ぎ捨てた。
青いジャージが宙を舞い、それと同時にスラリとした手を空高く伸ばす。

パチン、と指が鳴り、辺りはシン、と静まる。


「俺様と共に全国についてこい!」


そう言った瞬間、辺りは大歓声に包まれる。


頑張れー!
跡部様ァァ!
美麗様ァ!
皆頑張ってー!など、いろいろな声が飛び交った。


『……ふふっ…相変わらずね。』
「ですね……でも、」
『?』
「俺はまた皆とテニスできる事が嬉しいです。」
『若……』
「……絶対、勝ちます。あの時の雪辱、果たしてみせる。」
『……うん。頑張ろうね。』


力強い瞳をする日吉を見て、美麗は優しく微笑んだ。


…そうして迎えた、全国大会。
皆は持てる力すべてで、決戦の舞台に挑む。


to be continued...
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