夏の終わり
夏休みも残り一日となった8月31日。今日は部活はオフ。
美麗は夏休みの宿題の最終確認をしていた。


『…よし、完璧ね。』


忘れないように宿題を鞄の中にしまう。夏休み最後の日。何をして過ごそうか……


『…やっぱり部屋でダラけるのが1番!』


そう言い、ベッドにダイブした直後、携帯が着信を知らせた。
静かな部屋に、軽快な音楽が鳴り響く。携帯を手に取り、ディスプレイを見るとそこには、向日の名前が。


『もしも《美麗ーー!助けてー!ヘルプミーー!!》』


キーンと耳が痛くなるほどの大声。美麗は思わず携帯を耳から離す。


『いきなりなんなのよ!!』
《マジヤバイんだって!頼む!助けてー!!》
『落ち着きなさい。何がヤバイの?』
《し、宿題!宿題まだ全然終わってねーんだって!》
『頑張れー。バイバイ。』


さっさと切ろうとしたが、向日がそれを許さない。


《うわー!!やめてお願い切らないで!なー美麗!頼む!手伝ってくれ!》
『い・や。』
《即答すんなよ!これ一生のお願いだから!》


電話の向こうで向日が慌てふためいている姿が目に浮かんだ。


『そんなの自業自得でしょ。』
《わかってるけどよ!そこをなんとか!》
『………後でアイス奢ってよ。』
《!おう!任しとけって!》
『何が残ってるの?』
《数学、国語、日本史。あと人権作文と読書感想文。それから自由研究!》
『溜めすぎだろ。アンタ夏休み中何してたのよ。』
《えへ。》
『“えへ”じゃねーよ!』

《とにかく!まずは俺ん家来てくれよ!場所わかるだろ?》
『…はいはい。』


通話を終了させると、美麗は深いため息をつき、宿題を持ち家を出た。
徒歩20分、途中でバスに乗り、さらに歩く事10分。ようやく向日の家に到着した。
裏側に回り、チャイムを鳴らす。表は店になっているため、自宅のドアは店の裏側にあるのだ。


「やっと来た!早く早く!」


ドアが開き、現れた向日は美麗の姿を確認するなり腕を引っ張り強引に家に連れ込んだ。


『そんな引っ張らなくても…!』


されるがままの美麗は向日の慌てぶりに苦笑した。
部屋の扉を開け、入るように促され、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、ピシッと固まった。


「やっと来たか。」
『…………な、な、なんで皆いるのよっ!!』
「なんで…って、呼ばれたからに決まってんだろ。」


そう、助けを呼ばれていたのは美麗だけではない。
向日の部屋には氷帝レギュラー陣が勢揃いしていたのだ。


『岳人、こんなに助っ人がいるんなら私いらないじゃない!なんで呼んだの!』
「いや跡部達だけじゃ足りないんだって!」
『はぁ?七人もいりゃ上等でしょうが!』
「…ジローが夏休みの宿題に一切手つけてねーんだよ…」
『……あぁ……なるほど。』


宍戸のため息混じりの言葉に、すんなり納得。薄々気づいていたからなおさらだ。あのいつもいつも寝てばかりいるジローが宿題なんてやるはずがない。
案の定な結果に、美麗達はガクリと肩を落とした。


『ジロー…アンタはもう……』
「えへへー。」


ニコッと悪びれた様子なく笑うジローに、美麗達は怒る気力すら湧かない。


「とりあえず、皆で手分けして終わらせよか。くじ作ろ。」


忍足がササッとくじを作り、ジローと向日以外がそれを引いた。
その結果。

・向日担当
忍足
美麗
日吉

・ジロー担当
跡部
宍戸

樺地

となった。


時間がもったいないので、早速宿題に取りかかる。
ジロー側はまずは国語、理科、数学といったワークをひたすらやる事に。途中で何度か「ジロー、寝るなァ!」という怒鳴り声が響く。
向日側は、ワークを丸写し。
自力でやらなければ向日のためにはならないのだが、さっさと終わらせたいがため、適当。
読書感想文はさすがに丸写しはできない。どうする?と顔を見合せる三人。


「岳人、本読めや。」
「今から?無理!俺本嫌いだし。漫画でもいいなら読むけど。」
『童話集読む?私が好きな本、貸してあげる。』
「童話ぁ?」
『読みやすいし、面白いわよ?』
「…えー…」
『いいから、さっさと読め。』


美麗から本を渡され、向日は渋々読み出した。
向日が本を読んでいる間に、三人は人権作文の文章を作りにかかっていた。


「…適当でいいんじゃないですか?」
「いやそれはさすがに…なぁ美麗ちゃん?」
『…こんなもんは適当でいいのよ。とりあえず書けていればどんな文章でも構わないんだから。』


そう言い、ペンを持ち書き込んでいった。日吉と忍足は横から覗き見る。

【存在意義】
僕は、忍足くんがなぜ存在しているのか不思議でたまりません。


「…え、ちょ、何?」


忍足くんは常日頃からウザくて、一人の女の子を必要以上に追いかけまわし、セクハラまがいな行動をしています。


「………」


世の中、そんな不埒な行動をする人は必要ありません。よって、忍足くんは必要ないと思います。なのに、なぜ存在しているのかわからな「はい終了ォォォォ!!」

文章を書いている途中、忍足によって強制的に終了させられた。


『ちょっと、何すんのよ!いいところだったのに。』
「全くですね。邪魔しないでくださいよ。」
「おかしいおかしい!これ人権作文やろ!?なのになんで人権問題に関わる文章書いとんねん!」
『え?そんな事ないわ。真面目に書いただけよ。ねぇ若?』
「はい。」



さも当たり前、みたいな顔をする日吉と美麗。


「いやいやいや!俺の存在しとる意味がわからんとか!いじめやん!完璧いじめやん!人権問題で訴えるで!?」
『あーはいはい。やめるわよ。やめればいいんでしょ。』


うるさそうに眉をひそめる美麗は、文章を消した。そうしているうちに、向日は本を読み終わり、感想に移っていた。チラッと横から覗いてみる。


【童話集を読んで】
僕は、この夏休み中に童話集を読みました。最初は子供っぽくてつまらないと思っていましたが、読み進んでいくうちにすっかり童話にハマりました。
中でも、特にお気に入りは“白雪姫”です。
ロマンチックな話に、ついつい胸がときめきました。童話集、面白かったです。 終わり


「「『………』」」
「な、どう?意外とよくね?」
『……岳人、ときめいたの?白雪姫の話に。』
「……お前意外と乙女チックやな。びっくりやわ。」
「…ぷっ…」


三人の反応に、向日は顔を赤らめる。


「なっなんだよ!別にいいだろ!?つーか日吉!笑うなよ!」
『怒らないの。全く……可愛いわねアンタ。』


美麗はおかしそうに笑い、向日の頭を撫でた。

人権作文もワークも読書感想文も終わらせ、残るは自由研究のみとなった向日側。対してジロー側はもう終わらせていた。


「後は自由研究だけか…」
『んなもんテキトーでいいのよ。テキトーで。』
「うーん……美麗はどんなのにした?」
『私?私はキノコの魅力についてよ。』
「……へー。」


予想通りの返答に、向日だけでなく全員が苦笑した。


「向日先輩、」
「ん?」
「忍足先輩の存在意味みたいなのはどうですか?」
「なんで俺!?つーか俺はそんなに邪魔か!?」
「侑士についてー?やだ。なんかキモいし。」
「岳人…いい加減泣くで。」



いじけた忍足は隅で“の”の字を書いていた。
そんな忍足を無視して、皆で自由研究、何を研究するか話し合い、結局“納豆の魅力”に決まった。


皆で過ごした最後の夏。
ひぐらしが切なく声が、夏の終わりを実感させた。


to be continued...


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