カブトムシの魅力
「美麗ー!ちょっと!」
『はーい?』


土曜日。部活は昼までだったため、家に帰ってすぐに部屋着に着替え、夏休みの宿題に取り掛かった美麗。集中してやっている時、下から母に呼ばれ勉強を中断し、部屋を出る。


『なぁに?』


リビングに顔を出すと、母が困った顔をしていた。


『どうかしたの?』
「それがね、郵便物が届いたんだけど……宛て先が違うのよ。」
『は?宛て先が違う?』
「そう。大阪の白石さんってお宅に届くはずの荷物がなぜか東京の、雪比奈家に届いたの。」
『大阪って……バカな間違いしたのね、宅急便の人。』
「でね、さっき白石さんのところに電話したら、雪比奈家宛ての荷物が届いたんですって。」
『なるほど、間違えたわけね。』
「よっぽど慌ててたのねー。名前も確認せずに荷物だけ置いて帰っちゃって……」


つまり、雪比奈家に届くはずの荷物が、大阪の白石家に届き、白石家に届くはずの荷物が、東京の雪比奈家に届いたわけだ。
普通なら起こらない間違いが起こってしまい、白石家も雪比奈家もただ苦笑するしかなかった。


「でね、美麗にお願いがあるの。」
『……な、何?(すっごい嫌な予感…)』


その嫌な予感は的中。


「この荷物、白石さん家に持っていってあげて。代わりに私達の荷物も受け取ってね。」
『……はぁあぁぁ!?』
「聞けば白石さん家って美麗と同い年で、しかもテニス部の息子さんがいるらしいじゃない?何度か会った事あるんでしょ?」
『…やっぱりあの白石か……そりゃ会った事あるけど…なんで私が!面倒くさいから嫌よ!蔵ノ介にやらせりゃいいじゃない!』
「あら、蔵ノ介って言うの。残念ながら、今はまだ部活中らしいわ。」
『……っ最悪!』
「お願いね。」
『わかったわよ。行けばいいんでしょ!』
「気をつけてね。行ってらっしゃい。」


荷物を渡され、美麗は渋々受け取る。いったん部屋へ戻り、出かける準備をしてから家を出る。


『あっつ…』


外は灼熱。夏が終わりに近づいているとは言え、まだまだ暑い。太陽の光はギラギラと輝き、容赦なく照り付ける。
さっさと行ってさっさと帰ろう。と心に決め、駅に向かう。
駅に向かう途中、携帯が鳴った。電話の相手を確認すると、美麗はぐっと眉をひそめた。
ピッと通話ボタンを押す。


《あ、美麗ちゃ『バカヤロォォォォ!!』!?》


開口1番、怒鳴る。
電話の相手、白石は今頃あまりの大音声に耳がキーンとなっている事だろう。


《ちょ、いきなりなんやねん!》
『アンタ何部活してんの!おかげでこっちは大迷惑よ!』
《あー、さっきおかんから事情聞いたわ。すまんなぁ。で、今どこにおるん?》
『まだ東京。あ、駅着いた。』
《大阪まで来れる?》
『大丈夫。一回行った事あるし。』
《……自分方向音痴なんやろ。ホンマに大丈夫か?信用ならんわ。》
『なんで知ってるのよ。』
《財前が言うとったで。》
『……とにかく、大阪までなら行けるから。』
《わかった。大阪着いたらまた電話してくれるか?迎えに行くで。》
『…いいの?』
《ちょうど部活終わったところやし、ええよ。てか迷われたらこっちが困るし。》
『最後のが本音だろ。』

《あ、》
『…はぁ、まぁいいや。じゃ、着いたら連絡する。』
《おー。》


通話を終了させ、携帯を鞄にしまう。出かける前に母から貰ったお金で大阪行きの切符を買い、電車に乗り込んだ。
数時間後、無事に大阪に到着。
電車から降り、辺りを見渡す。


『…広いわね…どっちに行くんだろ……』


あまりに広すぎて、自分がどっちに行けばいいのかわからない。美麗は携帯を取り出し、電話をかけた。白石に今自分がいる場所を伝えるとそこまで迎えに来てくれるとの事。目印になる大きなタコ焼きの絵が描かれた看板の近くで、白石を待つ。


「おーい美麗ちゃん!」


数分で現れた白石。
美麗は少し安心したような笑顔で白石に駆け寄った。


「わざわざありがとな。」
『全くよ。疲れたわ。』
「ほな家まで案内するから、はぐれんといてな。」
『わかってる。』


大阪駅を出てから、比較的静かな、でも長い道のりを歩き白石家を目指す。


「氷帝は今日休みやったん?」
『練習は昼までだったわ。四天宝寺は一日?』
「まぁな。」
『お疲れ様。』
「おおきに。…着いたで。ここが俺ん家や。」


話しているうちに、白石家に到着。美麗は立派な家を見上げ、感嘆の声を上げた。


「ただいまー。」


白石は玄関を開け、母親を呼ぶ。だが、真っ先に現れたのは中学生くらいの女の子。


「お帰りクーちゃん!…あれ、その人どちらさん?まさかくーちゃんの彼女!?いやーめっちゃ綺麗やん!」
「友香里うるさい。おかんは?」
「今ちょっとトイレ。それより!なぁあの人クーちゃんの彼女?彼女?紹介してよー!」


元気な女の子の登場に、美麗は少し戸惑う。


『…妹さん?』
「あぁ、友香里って言うんや。中一。無駄にテンション高い奴やねん、勘忍な。」
『ふーん…(あんまり似てないわね。)』
「はじめまして!白石友香里です!」
「こっちは雪比奈美麗ちゃん。東京からわざわざ来てくれたんやで。」
『はじめまして、雪比奈美麗です。』
「うわー…名前まで素敵!美麗さんはクーちゃんの彼女さんなん?」
『まさか。ただの知り合いよ。』
「知り合い!?友達って言ってや!」
「なーんや、知り合いなだけか。」
「いや友達な。」
「お母さーん!クーちゃんがめっちゃ美人な友達連れて来たでー!東京から来たんやって!」


白石の妹、友香里が大きな声で知らせると、母親がバタバタと慌ててトイレから出てきた。


「まぁまぁアナタが雪比奈さん?いややわぁめっちゃ美人さんやん!わざわざおおきに。さ、上がってちょうだい。荷物も渡したいし。」
『あ、はい。お邪魔します。』


靴を揃え、家に上がる。
リビングに通され、ふかふかのソファーに腰かける。


「これ、雪比奈さん家の荷物。」
『ありがとうございます。じゃあこれ。』
「はい、ありがとう。」


荷物を交換し、無事ミッションクリア。


『それじゃあ、これで失礼します。』


ゆっくり腰を上げると、「えー!?もう帰るん?あたしもっと美麗ちゃんとおりたいわ!」と、友香里が美麗に抱き着いた。


「せっかく来てくれたのに何もせんと帰すのは気が引けるわ。美麗ちゃん、よかったら夕飯食べて行ってや。」
『え、いやでも迷惑なんじゃ…』
「大丈夫大丈夫!」
『で、でも親が待ってるし…』
「あぁ、お母さんにはちゃんと連絡入れといたからね。許可もろたわ。」
『………(いつの間に!?)』
「友香里も美麗ちゃんの事気にいったみたいやし、ね。」
『……じゃあ、お言葉に甘えます。』
「やったー!なぁ、夕飯までまだ時間あるし、遊ぼ!」
『何して遊ぶの?』
「人生ゲーム!この前買ってもろたんよ。一緒にやろ?」


かわいらしく首を傾げ、お願いされる。その仕草に、美麗は小さく笑って頷いた。
その後は、トランプしたり白石のアルバムを拝見したりと、まるで本当の姉妹のように仲よく遊んだ。
途中で友香里は母親に呼ばれ、キッチンへ行ってしまい、リビングには美麗と白石の二人だけに。


「騒がしくてすまんな。友香里の奴、今日はやけにテンションが高い…。」
『別に構わないわよ。友香里って可愛いわね。』
「そうか?」
『私も妹が欲しかったなぁ。』
「俺は兄貴が欲しいわ。」


そんな会話をしながら、白石は夕飯が出来るまで自分の部屋で美麗と一緒に暇を潰す事に。
白石の部屋はまぁ白石らしい部屋だった。どこにでもある光景。ベッドがあり、机があり、タンスがあって……ただ一つだけ、異様なものを覗けば普通の部屋だ。


『………何その茶色いの!まさかゴキブリ!?』
「カブトムシや!ゴキブリなんか誰が飼うか。」
『か、カブトムシィィィ!?』



そう、白石の部屋にはカブトムシが生息していた。
角があるのからして、カブトムシはオス。日当たりのいい場所に置かれ、今は日光浴中、らしい。


『あ、アンタカブトムシ飼ってるの!?部屋で!』
「そや。可愛いやろ?カブリエルっちゅー名前なんやで。」
『可愛い!?その茶色い物体が可愛い!?無理無理!気持ち悪いわ!』
「可愛いって!見てみぃこの滑らかなボディ。それでいてたくましい体…最高やん!」


カブトムシをかごから出し、指に止まらせる白石。
美麗は白石からサッと距離をとる。


「ほら、美麗ちゃん。よう見てみ。可愛いやろ?」
『ギャアア!ち、近付くなァァァ!』
「…もしかして虫苦手?」
『大っっ嫌い!!』


力強く肯定すると、白石はそうか…ならしゃーないな。と素直にカブリエルをかごに戻そうとした。


「………あ。」


だが、カブリエルは羽を広げ、ブーンと飛び、そのまま美麗の服に止まる。


『いぃやァァァァァァァァ〇×*&#☆$¥!?』


その瞬間、大絶叫。美麗の悲鳴は、白石家全体にビリビリと響いた。白石は慌ててカブリエルを引きはがし、美麗を宥める。


「美麗ちゃん!落ち着き!もう取ったから!な、な!」
『………っこ、怖かった……』
「…可愛ええのになぁ。」
『じゃあ私とカブトムシ、どっちが可愛い!?』
「は?いやそれは…」
『まさかカブトムシって言わないわよね?ないわよねー、だって、カブトムシってただの虫でしょ?私、虫になんか負けたくないわよ!』
「…たかが虫に対抗心燃やしてどないすんねん。」



一人熱くなる美麗を見て、白石は苦笑した。


「クーちゃん、夕飯できたで。ていうか美麗ちゃんどないしたん?すごい悲鳴が聞こえたけど。」
「あ、あぁ。すぐ行く。」

「美麗ちゃん!どうしたん?悲鳴が聞こえたけど。蔵ノ介になんかされたん!?」
「違うから!ちょっとカブトムシにびっくりしただけやから!」
「カブトムシ?美麗ちゃん虫苦手なん?」
『…虫嫌い。っカブトムシが、飛んで私の服に……あぁあぁ鳥肌が…!カブリエルなんて立派な名前つけやがって…もったいない!カブトムシなんてね、カブオとかで十分よ!あんなただの虫に名前なんかいらない!』
「カブリエルバカにすんなや。カブリエルはなぁ、もうホンマに可愛いんやで!」

「なぁクーちゃん、カブトムシって夏の間しか生きられへんって知っとる?」
『あら、そうなの?よかったわねー、あと少しでおさらばよ。』
「よくないわ!あかん、カブリエルはなんとしてでも守ったらな!待っとれよカブリエルゥゥゥ!」
『……キモ。』



どこまでもカブトムシに愛を注ぐ白石だった。



to be continued...

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