不機嫌女帝
あのプチ記憶喪失事件から一週間。夏休みも残り四週間足らずとなった。ここ最近、部活の時間が多くなり、もう一週間休みを取っていなかった。連日の練習で、部員達にも疲れの色が見られるようになり、そして、マネージャーである美麗の機嫌は悪くなる一方だった。
今日のメニューは、まずは外周五周、その後筋トレ。筋トレが終わったら軽くラリーをし、いったん休憩を入れてから各々の苦手な所を見直す。昼休憩の後は、実践練習。

機嫌の悪い美麗は、本当に恐ろしい。怒った時程は怖くないが、普段よりいっそうスパルタで鬼。ドSさが増す。
向日はストップウォッチを片手に、スタート地点に立つ美麗をチラリと盗み見る。
バチッと、不機嫌そうな色をした瞳とかち合い向日はとりあえず笑ってみた。


『何笑ってんのよ。……さっさと走れよ。一分以内な。』
「い、いい一分!?」

「ちょ、それは無理があるんじゃ……『あ?』頑張りまーす!」


ギロッと睨まれ、宍戸はすぐさま引っ込んだ。
榊監督がいない今、美麗に全てを任せているため、文句は言えない。というか今文句を言ったら確実に消される。


『全員一分以内に一周走れ。一分オーバーしたら……どうなるかわかってんだろーな?』
「「「は、はい!」」」


スタートと同時に、全員は青ざめながら全速力で走った。
氷帝学園は全体がでかい。そのため、外周もかなりある。その外周を一分以内で走る、しかも五周。いくら体力のある人間でも、さすがに無理である。だが、走らなければならない。


(まだ死にたくない!!)


生きるため、皆は死に物狂いで走った。


『……全員一分以内、と。やればできんじゃない。』


ニコニコと笑顔の美麗の足元には、ぜー、はー、ごふっ!と荒く呼吸をする八人が転がっていた。


「が、岳人ぉ…大丈夫か……」
「げふっ…はぁ、はぁ……む、無理……俺…も、動けねェ……」


中でも1番体力のない向日は、死ぬ気で頑張った。
必死で跡部達の後をついていき、最後の方はふらふらだったくらいだ。少し休みたいと思ったが、美麗はそれを許さない。


『おい、いつまで寝てんだ。さっさと起きて、次筋トレ!』
「は、はいぃ!」



反射的に跳び起き、筋トレを始める。


「美麗先輩…口調悪くなってません?」
「機嫌悪いといつもあんな感じだ。」
「厳しーよー…眠いC〜…」
「ジロー、寝たら死ぬで。」
「美麗ちゃん俺には優しいから、大丈夫……『ジロー寝るなよ。寝たら一生目覚ませなくしてやるからな。』…じゃなかったや。」

いつもジローに甘い美麗なのに、今回ばかりは冷たい。
…相当機嫌が悪いみたいだ。


『はーい腕立て伏せ百回始め!』
「な、なんかいつも以上にキツイんだけど……っぐほ!」
『喋るなよ。真面目にやれ。』
「わ、わかったから乗るなって!せ、背骨がぁぁ!!」
『折られたくなかったらさっさと百回終わらせなさい?私を乗せたまま。』
「な…っくっそー……どらぁぁ!!」
『ほらほら、もっとスピード上げて。こんな事も出来ないのかしら?ん?』
「(なんつードSっぷり!)負けねーぞぉぉぉ!!」



続いてラリー。軽く、のはずなのに、全然軽くなかった。


『おらおらおら!もっとちゃっちゃと動かんかい!岳人!休むなよ!ジローは寝るなぁ!亮!もっとスピード出るでしょ!そんなんじゃまだまだぬるいわ!長太郎!どこ狙ってんだこのノーコン!キノコ最高!景吾はなんかムカつくから死ね!忍足は論外!』

いつにも増して毒舌な野次が飛ぶ。


「…ツッコミ所満載なんだが。」
「…ツッコんでいいですかね。」
「…せやな。俺もツッコミたいわ。」
「「「後半おかしい!」」」


跡部、日吉、忍足の声がピッタリ綺麗にハモった。


「キノコ最高って、意味がわかりません。もしかしてもしかしなくても俺の事ですよね。何回も言いますが、俺はキノコじゃない!」
「なんかムカつくってなんだオイ!死ねって何だよ!理不尽だろーが!」
「論外って何?罵倒さえしてくれやんの?悲しいんやけど。」
『うるさいうるさいうるさーい!ムカつくもんはムカつくのよ!ムカつくついでにもっかい外周行ってこい!』
「なんでだァァァァ!!」
『イライラするからよ!もう全員走れ!あ、十周ね。』
「「「お、鬼ィィィィィィ!!!」」」



美麗のスパルタから解放される、貴重な昼休み。
跡部達は神妙な顔つきで、何やら話し込んでいた。


「…見ての通り、美麗の機嫌は最高潮に悪い。」
「あれは美麗の皮を被った鬼だな。」
「見てみぃ、岳人にジロー、鳳を。」


忍足の言葉に、全員の視線が三人に向けられる。向日、ジロー、鳳は美麗のスパルタ攻撃、さらには毒舌に耐えられず、意気消沈していた。


「長太郎…大丈夫か。」
「……これが大丈夫に見えますか。」
「………見えねーな。」
「…ぐす……あんなの美麗先輩じゃない……」



啜り泣く鳳の言葉に、宍戸、跡部、日吉が同意した。忍足は対してダメージを受けていないようだ。


「俺は意外と平気やな。あんなんいつもと変わらんし…。」
「それはお前だけだ。美麗は俺達にまであんな扱いしねーから。」
「……そうやったな…」
「どうするんですか?このまま先輩の機嫌が直らなかったら、後半死人が出ますよ。
「……だよな……真っ先に死ぬのは…あの三人か…。」


チラリと今だ意気消沈している三人を見て、苦笑する。


「そこでだ。全員で美麗の機嫌を直す作戦に出ようと思う。」
「どうやって?」
「知らねーよ。」
「知らねーなら言うなよ!」

「とにかく!ありとあらゆる方法を試せ。なんとしてでも機嫌を直すんだ!じゃねーと………俺達に明日は来ない。」
「……俺やる。あんなおっかない美麗ちゃん嫌だC…」
「俺も。」
「…俺もやります。」


向日、ジロー、鳳はムクリと起き上がり、やる気を見せた。


「なんとしてでも機嫌を直せ!いいな!」
「「「「おう!」」」」


こうして、跡部達の美麗の機嫌を直す作戦が開始した。


まずは忍足。


「美麗ちゃーん。」
『………何。』
「最近疲れとるんとちゃう?マッサージしたろか?」
『そ?じゃあ……肩お願いしようかしら。』
「おやすい御用やで!」


そっと美麗の肩に手を置き、早速マッサージを始める。
細い肩は、思った以上に凝っていた。


「結構凝っとるな……気持ちええか?」
『まぁまぁね。だいぶ楽になったわ。ありがとう。』
「どーいたしまして。」


結果:ちょっとだけ成功?


続いて向日。


「美麗っ!美麗っ!」
『あら岳人…元気そうね。体力余ってるならもう一回外周行ってきなさいな。スタミナつけるにはもってこいでしょう?』
「え゙!?いや、あの…」
『さっさと行け。しっしっ!』
「う……うわああああん!!!美麗のバカァァァ!!」



結果:失敗。
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