記憶喪失!?
太陽は頭のてっぺんで、ギラギラと輝き、容赦ない陽射しがジリジリと降り注ぐ。吹く風さえ生温く、全く気持ち良くない。
炎天下の中、コートを走り回る部員達を、美麗は褒めてあげたい気持ちになった。


『私には絶対無理。焼け死んじゃう。一瞬で丸焦げになるわね。』


洗濯物が入った籠を抱え、ぶつぶつと独り言を漏らす。
「美麗ー!何サボってやがる!働けボケェ!!」遠くで跡部が怒鳴る。暑さのせいか、少し苛立っているようだ。
『はいはいはーい。』「はいは一回でいい!」『はーい!』「伸ばすんじゃねーよ!真面目にピシッと言え!」『は…ってしつこいわ!!何回“はい”言わせんのよ!』
そんなやり取りをしながら、美麗は洗濯物を干す作業に取りかかった。


『はー…まだ半分もあるのか……疲れた……』


いっこうに減らない洗濯物。
ぐーっと伸びをして、固まった体をほぐす。


『さて、やるか。』


少し休憩してから、また洗濯物を干していく。ようやくラスト一枚も干し終わり、洗濯から解放された美麗。
『終わったーっ!』と満足感と開放感を味わった。


『さーて、次はドリンク運ばなきゃね…冷えてるかしら…』


タオルやらシャツやら洗濯をする前、事前に作っておいたドリンクを部室の冷蔵庫で冷やしておいたのだ。冷蔵庫からドリンクを取り出すと、予想以上に冷えていた。ドリンクボトルを段ボールに人数分入れ、『よっ!』と気合いを入れて持ち上げる。八人分もあるからか、段ボールは結構重い。それを軽々と持ち上げ、部室を出る。
テニスコートに入り、近くのベンチ横に段ボールを下ろす。
『あー…腰にくるわ…』なんてババくさい事を呟きながら、とりあえず仕事は一段落ついた。


『さーて、私も休憩休憩〜!』


早く休みたくて、早足でパラソルの元へ急いだ。


「長太郎!ラスト一本だ!」
「はい!」


テニスコートから、そんな声が聞こえてきた。宍戸と鳳の声を背中で聞きながら、美麗は日陰を求めてパラソルへ一直線。


「一・球……入・魂!………ああああ!!」
「長太郎ォォォ!!このノーコン!」
「す、すみませェェェん!」

「なんや、鳳の奴ノーコンはまだ直ってないんかい。」
「みたいだなー………ん?…あ!ちょ、おい、美麗危なーい!!」
「わ、わ!美麗先輩ー!避けて!避けて下さーい!」
「オイ美麗っ!危な…っ」


鳳が打ったボール、時速200kmは大きく反れてしまいそのボールは、真っすぐ美麗の元へ。なんとか回避させようと、皆は口々に避けろー!と叫ぶ。自分に向かって言っているのか、とようやく気付く。しかし気づいた時にはもう遅かった。


『っぅだっ!!』


ボールは、美麗の後頭部にクリティカルヒット。
遠くで皆の慌てた声が聞こえるが、美麗の意識はそのままプツリと途切れた。



『………ん……』


しばらくして、美麗は目を覚ました。


「お、目覚めたか。」
「よかったよかった!」
「先輩、大丈夫ですか?」
『………』


皆がいろいろ声をかけるが、美麗は無反応。ボケーッとしたまま動かない。


「美麗ぜんぱいぃぃ!す、すみばぜェェん!お、俺のせいで…っ」


鳳が泣きながら美麗に抱き着いたが、それでも美麗は反応を示さない。…なんだかおかしい、と鳳以外は気付く。


「…美麗?大丈夫か?」
『………あの、どちら様?』
「「「「…………は?」」」」
『アナタ達、誰ですか?』
「「「「………………」」」」



美麗の発言に、その場が凍りつく。


「な、は、ハハ!おい美麗、何ふざけてんだよ。」


向日が冗談はやめろよなー!と笑う。それにつられて、皆がそ、そうそう!冗談キツイぜ!ハハハハ!と現実逃避するかのように笑い声をあげた。


『……』
「あ、あの、美麗先輩?」
『あなた誰なの?気安く私に触らないで下さる?』
「あ、はいすみません……って、え!?嘘ですよね?先輩、俺ですよ、鳳長太郎!」
『知らない。アナタ達の顔なんて、見た事ないわ。』
「「「「ええぇえぇ!!?」」」」


大絶叫が、部室内にこだました。
prev * 83/208 * next