夏の昼下がり
ミンミンと暑苦しくセミが鳴く。
今日は一日練習の日。
皆汗みどろになりながら、一生懸命ボールを追いかけている。

夏はタオルやシャツの洗濯回数が半端なく多い。そのため、美麗は延々と洗濯をするハメに。汗が染み付いたシャツやタオルは汚く、臭い。ゴミはさみでタオルを掴み、なおかつ鼻をつまみながら洗濯機へほうり込む作業を繰り返す。ゴゥン、ゴゥンと洗濯機が回り始めると、山盛りの籠を持ち、パタパタと走る。籠の中は洗いたての綺麗になったタオル、シャツの山。
それらを物干し竿へ吊す作業に移る。

その作業をエンドレスに繰り返す事一時間。ようやく山のような洗濯物はなくなり、お昼休みに入った。


『あ゙ー……暑い…疲れた………』


部室のソファーに倒れ込む美麗。


「お前ずっと洗濯してたよな。お疲れ。」
『誰のせいだと思ってんだコラ。つーかアンタ達汗かきすぎ!臭いんだよ!汚いんだよ!そんなばっちぃもの私に触らせるな!』
「仕方ねーだろ!夏なんだし、汗かかない方がおかしい!」
『だからってあの量はないでしょ。どうやったらシャツがバケツの水被ったみたいにビショビショになるの。絞ってみたら茶色い水がボタボタ落ちてきたわよ。ちゃんとお風呂入ってるの?汚すぎ。不潔よ。


眉をしかめ、忍足を睨む。


「…え、俺?俺のシャツの事?」
『そう。』
「マジか。いやスマン。風呂は毎日入っとんのやけどなぁ…」
『あとアンタの髪ウザったい。切れ。』
「いやいやいや、なんで?髪は関係なくない?」

『なんか見てて暑い。亮みたいにバッサリ切っちゃいなさいよ!あれくらいがベストだから!』


そう言って宍戸を指さす。


「俺が宍戸みたいな髪型してみぃ。キモいだけやろ。」
『……………そうね。うん、ゴメン、私が悪かったわ。』
「……なんか複雑な気分やわ。」

「グダグタ喋ってねーでさっさと飯食え。午後から練習試合だ。」


昼食後、宣言通り練習試合が開始された。順調に進んでいく中、美麗はドリンクの用意。
それが終わると、また洗濯地獄。くっさいタオルが山盛りの籠を見て渋面。

洗濯も一通り終わると、ぐんと大きく伸びをする。パラソルで一休みしようと思ったその時、「美麗。」と跡部に呼ばれた。


『何?』
「仕事は?」
『一段落ついた所よ。』
「そうか。ならもう一つ仕事追加だ。」
『え?』
「ジローを探してこい。」
『…何、ジローまたいないの?』
「あぁ。ま、どっかで寝てんだろ。探して来てくれ。もうすぐジローの試合なんだ。」
『樺地にでも行かせれば?』
「生憎、樺地は試合中でな。」


チラリとコートに目をやると、樺地は向日と試合中だった。


『…自分で行けば?』
「部長がいなくなってどうすんだよ。いいから、行け。」
『………アイス。』
「あ?」
『部活終わったらアイス買って。』
「…わかったから。」
『絶対だからね!』
「早く行けよ!」


跡部にアイスを買ってもらう事を条件に、美麗はジローを探しにコートを後にした。


『…ジローったら、どこにいるのかしら。』


学園内を歩きながら、いろいろ推測してみる。
いつもどこかで寝ているジロー。その場所は様々だが、1番よく見かける場所は木の下。
木陰は気持ちいい。と本人も気に入っている。
春はよく日の当たる場所で寝ているが、夏は陽射しがキツイ。そんな中わざわざ日の下で眠るわけがない。となると、日陰にいる可能性が高い。


『日陰になってる場所…となると、裏庭か中庭かしら。』


そう目処ををつけ、まずは裏庭に行ってみる。


『おーい、ジロー?』


裏庭は少ししか日が当たっておらず、比較的涼しい。
美麗は裏庭のあちこちを隈なく探した。
木の上、下。草むら。地べた。もぐらが潜んでいたであろう穴。


『……こんな中にいるわけないか。いたらびっくりよね。』


穴を覗き込んでから、バカな事をしている事に気付く美麗。
だが、念のため、名前を呼んでみる。が、当然返事はない。


『…私って、バカ。』


なんだかいたたまれない気持ちになった美麗は、裏庭から離れ、中庭に移動した。
中庭は日こそ当たっているが、風通しがよく、とても心地いい。


『ジロー?おーい!』


名前を呼びながらあちこち探してみる。すると、大きな桜の木の下で気持ち良さそうに眠るジローを発見。


『みーつけた。ジロー?』


名前を呼んでみるが、反応はない。


『…ここ涼しいわね。』


ジローがいる場所は昼寝に絶好の場所だった。桜の葉は風でさわさわと優しく揺れ、生い茂る葉がちょうどいい日陰を作ってくれていた。


『ジロー。起きて。』


ユサユサと肩を揺らすと、ジローがうっすら目を開けた。


「……んー…美麗ちゃん?」
『もうすぐジローの試合よ。』
「暑いからやだ。」
『ダーメ。景吾が怒っちゃう。』
「…わかったC〜…じゃあ一緒に寝よ。」
『わかってないじゃない!起きなさいジロー!』
「ちょっとだけだから。ね?」
『うぐ……っ』


可愛らしく小首をかしげ、頼むジローの姿。美麗はそれに弱い。絶対連れて帰ると決めた心が、簡単に揺らいでしまう。


『……わかった、じゃあじゃんけんしよう。』
「じゃんけん?」
『そう。じゃんけんして、ジローが勝ったら一緒に居てあげる。そのかわり、私が勝ったら練習に戻る事。いいわね?』
「えー…俺が勝ったらひざ枕ね。」
『……それでいいわ。一回きりだからね。』
「いーよー。」
「『さいしょはグー!じゃんけんポンッ!』」


美麗はチョキ。
ジローはグー。


「やったー!俺の勝ちだC!」
『さ、三回勝負だから!まだあと二回ある!』
「あれ、一回きりじゃなかったの?」
『……ル、ルール変更。』
「仕方ないなぁ。じゃああと二回ね。」


その後、何回かじゃんけんをしたが、美麗は一回も勝つ事が出来ず、惨敗。


『なんでなのォォ!?なんで負けるのよ!私のバカ!何よこの手!役立たず!』
「……」



自分の右手に怒鳴る美麗を見て、ジローは苦笑い。


「美麗ちゃん、ひざ枕ね。」
『…わかってるわよ。』


木の下に腰を下ろすと、膝にジローが寝転んだ。


「美麗ちゃんのひざ枕、久しぶりだC。」
『そうね。』
「やっぱり気持ちいいなぁ………眠くなって来た……」


数秒後、ジローはスヤスヤと寝息を立て始めた。
美麗はジローのふわふわした金髪を撫でる手を止めた。
ふいに、空を見上げる。
緑の葉の隙間から見える空は真っ青で、白い雲がゆったり流れている。降り注ぐ陽射しは午前に比べて一層熱い。
セミの鳴き声が余計に暑さを醸し出す。

美麗は太陽の眩しさに目を細める。


『……この暑い中よく眠れるわね……』


ジローはすっかり夢の中。
気持ち良さそうに眠るジローを見ている内に、なんだか自分まで眠くなってきた。

暑い夏の昼下がり。降り注ぐ陽射しは熱く、だけど優しく。うるさいくらい鳴くセミの声。遠くから聞こえる、ボールを打つ音。野球部の元気な掛け声を聞きながら、美麗は眠りについた。



「…遅いから来てみれば…二人揃って寝てやがる。」
「気持ち良さそうですね…二人とも。」
「ひざ枕とか…羨ましいわ。」
「跡部、起こす?」
「………いや、そっとしといてやれ。」
「今日は優しいんだな、跡部。」
「アーン?俺様はいつも優しいだろ。」


to be continued...


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